第11話ー2
――そして、今。
ラーナはようやく目を覚ましたのだった。
(……なんつー恐ろしい悪夢と金縛り……)
天井を見上げたまま、昨夜の光景を一気に思い出したラーナは、頭のてっぺんから火が噴き出しそうになった。
(お願い……。どうか夢であって……。夢であってください……!)
ラーナは心の中で、何度も神様に祈った。けれど、そろそろ起き上がろうと腕に力を入れたとき、ふわり、と何かが自分の腕に触れた。
柔らかな感触。髪の毛のようなものが、そっと肌を撫でている。
(……ん?)
ラーナは恐る恐る視線を下ろした。
そこには――。
オクトの髪があった。
(!!!!??? オクト様!? なんでここにいらっしゃるの!!!?)
ラーナは目を見開いた。
オクトは、彼女が眠っているベッドに突っ伏すような格好で、ぐっすりと眠っていた。頭を腕の上に預け、身動きひとつせず、相当疲れているのか、深い眠りに落ちているように見える。どうして、彼は自分のベッドで寝ていないのだろう。いったい、いつからここにいたのだろうか。
昨夜、二人で一部屋を使うことになったとき、オクトはあれほど念入りに仕切りを作っていたではないか。荷物を高く積み上げ、棚まで利用して、まるで自分とラーナの間に絶対に越えられない壁でも作るかのように、せっせと境界線を整えていたのだ。
それなのに、結局その仕切りは何の意味もなさず、オクトは今、ラーナのベッドのすぐそばで眠っている。
(まさか?)
昨夜の出来事は、実際に起きていたことなのだろうか?
ラーナは、彼を起こして問いただすこともできず、ただ困惑したまま、しばらくその寝顔を見つめ続けていた。
ラーナがベッドの上に座ったまま、どうしていいのかわからずオクトの寝顔を見つめていると、彼は突然、ビクッと身体を跳ねさせて飛び起きた。
「すみません、すみません、すみません!!!」
「?!」
オクトは勢いよく背筋を伸ばすと、腕で口元を拭って、ラーナの方へ向き直り、まるで何かとんでもない失態を犯したかのように目を見開いて、必死の形相で弁解を始めた。
「あのう、決して変なことをしていたわけではないのですよ!ラーナさんに指一本……いえ、触れましたけど、手足を治療していただけですからね?もちろん、そこだけですよ?」
そう言いながら、彼は思いっきり両手を振って潔白を訴えている。その拍子に、いつもはきちんと整っている前髪がぴょこんと跳ねているのが目に入り、ラーナは思わず口元をほころばせた。こんなに寝癖のついたオクトを見るのは初めてだ。その様子がなんだか可愛らしくて、先ほどまでの戸惑いも、ほんの少しだけ和らいだ。
「治療してくださって、ありがとうございます。おかげさまで、すっかり痛みが取れています」
ラーナが優しく微笑むと、オクトの表情にもようやく明るさが戻った。
「はあああ……っ!! よかった……!」
彼が深呼吸しながら、長い手足を豪快に伸ばしているのを見て、ラーナはふと窓の外へ視線を向けた。
「そろそろ出発いたしますか? ここから先のワイマ村へ……」
そう言いかけたものの、窓の外で遊んでいる子供たちの様子に、ラーナは少々驚いてしまった。
(あれ……? 明け方のまだ日も差していない時間から、子供たちが缶蹴りを……!?)
「あの……オクト様、もしかして、もう夕方なのですか?」
「はい……。僕が気づくのが遅くて申し訳なかったのですが、ラーナさんの昨夜のお身体が本当に辛そうでしたので……処置のあと、今日はこのまま休んでいただこうとお声がけしなかったのです」
外からは、夕暮れを告げる鳥たちの長閑な鳴き声が聞こえてくる。
「そうとは知らず、ずっと眠りこけてしまっていてすみませんでした……! 明日にはすぐに出発できます!」
ラーナがベッドから立ち上がろうと掛け布団をめくりかけた、その時——ふと、自分が身につけているのが生成りの薄い寝巻きであることに気づいた。明るい室内では身体のラインがほんのり透けてしまうのではないかと青ざめ、慌てて布団を被り直した。
(こ、こんな格好でお部屋から出られないわ……っ!)
恥ずかしさで顔を真っ赤にしてうつむいていると、オクトはこちらを優しく見つめ、ゆっくりと布団の上に大きな手を置いた。。
「明日まで、ゆっくり休みましょう。ちょっと、本当にラーナさんのお身体がきつそうでしたから。一度、ククルに乗っての移動をどうするのかも含めて、計画を立て直した方がよさそうです」
落ち着いた声でそう告げると、オクトはベッドから離れて立ち上がった。彼の表情には、先ほどまでの慌てぶりが嘘のように、いつもの穏やかさが戻っている。
「食堂へ行ってくるので、何か食べるものをお持ちしましょうか? ここで待っていていただけますか?」
優しい目で首を傾げながら尋ねられ、ラーナは思わず背筋を正した。
「私も行きたいので、一度、着替えてもいいですか?」
「はい。お身体は大丈夫ですか?」
「もう痛みもまったくありませんので」
「それならよかったです。では、僕は食堂のあたりか入り口の近くで待っていますから、ゆっくり着替えていらしてください」
「はい」




