第11話:ラーナの覚醒 (ラーナ目線)
暗い室内に、カーテンの隙間から、うっすらと太陽の光が差し込んでいた。ふと目を開けたラーナは、天井を見つめたまま、しばらく身動きが取れずにいた。
頭の中には、あまりにも破廉恥で、信じがたい光景が鮮明に残っている。
(嘘でしょ……? 夢だよね? お願い、夢であってほしい……。そんな、まさか……ね?)
昨夜、オクトが食堂へ向かったあと、ラーナはどうしようもない眠気に襲われていた。初めての二人乗りで馬に揺られ、慣れない旅を続けた疲れが、思っていた以上に身体にたまっていたのだろう。
彼女は一度洗った身体を、もう一度、水を入れた桶を運んできて、部屋の奥で髪の先からつま先まで、丁寧に拭き直した。そして、柔らかな寝巻きに着替えたところまでは覚えている。そこでどうやら、力尽きるように眠りに落ちてしまったらしい。
問題は、そこからだった。突然、身体が動かなくなったのだ。目は覚めているような気がするのに、指一本、動かすことができない。声を出そうとしても、喉から音が出ない。まるで、激しい金縛りにでも遭っているようだった。それなのに、自分の身体だけが、自分の意思とは無関係に動いていく。
目の前で起こることは、夢のように奇妙なのに、触れられる感覚も、声も、周囲の様子も、まるで本当にそこにいるかのように生々しかった。
『もう、大丈夫です……。ちょっと疲れちゃって……』
(あれ……!? 私、今声を出していないのに、どうして……!?)
慌てて部屋の奥へ駆け込んできたオクトに抱き上げられた状態に驚き、恥ずかしさで胸が破裂しそうになる。
(ま、待って!?ちょっと待ってください、オクト様!!)
頭が真っ白になった。自分の身体を起こして、何か言わなければと思い、必死に声を出そうとしても、身体はまったく動かない。
『ラーナさん! 今日は無理をさせてしまって申し訳ありません……! 今、お体は痛みますか!? 大丈夫ですか……!?』
心配そうに顔を覗き込んでくるオクト。いつもの穏やかな声が、今は焦りで震えていた。彼の必死な問いかけに答えようと声を張り上げ、固まった身体を起き上がらせようとするのに、指一本動かない。 それなのに、自分の腕が勝手に動き、オクトの身体へと伸びていった。ぞくり、と背筋が冷える。
(ち、違います! オクト様、私、そんなことをしたいわけじゃ……!)
『ええ。もう大丈夫……』
ラーナ自身は声を出していないのに、誰かが自分の身体と声を使って、妖艶に返事をしたのだ。
(ええええっ!? 一体……誰の声なの!?)
すると、心配そうに抱きしめてくれていたオクトが、ハッとしたようにこちらを冷ややかに見据えてきた。
『……ああ。悪魔だったのか……? ラーナさんは、ちゃんと中にいるんだろうな?』
(ええ?今、オクト様なんて……?)
その言葉を理解するより先に、ラーナの唇が、自分のものではない笑みでゆっくりと弧を描いた。
『ははは……。すぐに気づいたんだな』
自分の身体から恐ろしい低い声が漏れ出ると同時に、手足へ激しい痛みの波が押し寄せる。
(苦しい……っ!!)
それからしばらく意識が遠のいていたが、ふと我に返ると——あろうことか、自分の両腕がオクトのたくましい腕や、美しい首筋にすがりつくように絡みついていた。オクトの逞しい腕や、肩が大きく、温かくて、どこか艶かしい。
(おーーーっと!!! 何てこと……!? 何て破廉恥なっ!!!! きゃーーーっ!!!)
オクトはらーなの鼻先のすぐ側にあった彼の目を細め、頭をクラリと揺らしながら、なんとも苦しげで不思議な表情を浮かべていた。
(わーー!!オクト様が……困っていらっしゃるわ!!!)
オクトは左腕で、ラーナの頭が冷たい石の床にぶつからないようしっかりと守ってくれながらも、右手でラーナから怪しく伸びる指先を何度も必死に振り払っていた。
(嘘でしょ……!? 嘘だと言って神様!! オクト様が、私の身体から妖艶に迫られて大変困ってらっしゃるわ……ッ涙!!!)
『ねえ……キスしたら、どれだけ気持ちいいと思う……?』
(いああああ!!!何を言っているの!?誰がそんなことを言ったの!?私!?)
自分の唇が、そんな恐ろしい台詞を囁いていることに、ラーナは驚愕と羞恥で気が狂いそうだった。
(私の口ですけど、私じゃありませんからね!?)
頭の中では必死に否定しているのに、身体はまったく言うことを聞いてくれない。何とか止めなければという気持ちが浮かび上がってくるものの、苦痛と金縛りのような感覚に邪魔されて、意識が遠のきそうになる。
(やめてーーーっ!!! 嘘でしょ!? 無理無理無理!!!!)
「ラーナさんのことを冒涜するなっ……!!!」
思い切り拒絶し、怒りを露わにするオクトに向かって、ラーナの身体はなおも縋りついて妖艶に迫っていた。
『ねえ……ほら、大丈夫だよ。思いっきりキスしよう……?』
(ひ、ひどい!! 悪の魔王のバカバカバカ!!! なんて恐ろしい真似をするのよーーーっ!!!)
頭の中で必死に制しようとしたものの、抗いきれず、ラーナはそのまま完全に意識を失ってしまった。
——という。自分の身体があられもない姿で、何度も何度もオクトに迫りまくるという、最低で最悪な地獄の夢を見てしまっていた。
それなのに、ラーナの身体は、彼に縋りつくようにして迫っていく。
「ねえ……ほら。大丈夫だよ。思いっきりキスしよう……?」
(ひ、ひどい!!!! 悪の魔王のバカバカバカ!!! 何てことをするのよおおおお!!!)
心の中でどれほど叫んでも、身体は止まらない。お願いだから、やめてほしい。オクト様に、そんな顔をさせないでほしい。自分の身体を勝手に使うだけでも許せないのに、よりによって彼を困らせ、傷つけようとするなんて。
ラーナは何とか意識を保とうとしたが、再び激しい苦痛に襲われ、とうとう何も考えられなくなってしまった。




