第8話ー3
けれど、その意味を本当に理解できているかといえば、正直なところ、よくわからなかった。
自分を信じる。
そんなことをしてもいいのだろうか。
周囲から悪女だと呼ばれ、社交界からも遠ざけられ、自分自身でさえ、あの頃の行いを恥じてきたのに。
「はあ……」
ラーナは戸惑いながらも、ひとまず頷いた。
その様子を見たオクトは、彼女がまだ完全には納得できていないことに、ほんの少し不安を覚えた。けれど、まったく理解していないわけではないだろうと考え、改めて話を続ける。
「あなたが何を基準に物事を判断しているのか、僕にはまだわかりません。でも、あなたは僕の白魔術が効くと、認めてくれましたよね?」
「はい。本当に効いているので」
そこだけは、ラーナも迷わなかった。
オクトの治療が自分の身体に効いていることは、ほかの誰に何を言われても、彼女自身が知っている事実だったからだ。
ラーナが即座に頷くと、オクトは少しだけ表情を和らげた。
「ほかの誰も信じてくれなかった僕の技術を、あなたは認めてくれました。だから僕も、あなたが悪女なんかではなく、穏やかで優しい人だと、確信を持って言えるんです」
すぐ近くから聞こえる、柔らかな声。
オクトが言葉を紡ぐたびに、彼の吐息がかすかにラーナへ届く。蝋燭の灯りに照らされた唇は、サーモンピンクの血色を帯びていて、不思議なほど温かく見えた。
その声も、言葉も、まるで魔力を持っているかのように、ラーナの身体の奥へと染み込んでいく。
「いいですか? 僕は、あなたを信じています。だから、あなたも自分のことを信じてあげてください。まずは、そこからです」
「……はあ」
ラーナは、もう一度、小さく頷いた。
まだ、すべてを理解できたわけではない。
それでも、オクトが自分を信じてくれていることだけは、はっきりと伝わっていた。
そして、そのことが、どうしようもなく嬉しかった。
「それにそもそもの話ですが、公爵家のご令嬢なのに、ラーナ様とお呼びすべきでした!きちんとした敬語も使うことができておらず、大変申し訳ありませんでした!」
オクトが胸に手を当てて、ラーナの方へお辞儀をした。
「いいえ、オクト様の患者なので、もちろん今まで通りの言葉と呼び名でお願いしたいです!」
「そうですか?」
「はい!せっかく、かなり仲良くもなれたと思いますし……」
「ありがとうございます…では、ラーナさんで……」
二人は少しだけ顔を赤く染めたまま、互い違いの方を見て頭を書いた。
「今日はもう遅いので、そろそろ休みましょう。明日の朝いちばんにここを出て、次の村へ向かいましょうか」
オクトは、いつもの穏やかな声に戻って話しかけた。
「次の村は、シアール村ですね?」
「はい。馬で順調に進めば、一日で到着できるはずです」
「どうか、うまくいきますように!」
「ええ。そのためにも、今日も一応、治療をしてから休みましょうか」
「ありがとうございます」
ラーナが手足を差し出すと、オクトはいつものように、丁寧に治療を始めた。
静まり返った小さな部屋に、オクトが数を数える声が響く。
「五、四、三、二、一」
そして、暗がりの中で、真っ白な光の粒が幾度も花の形を描きながら、ラーナの手足へと優しく染み込んでいった。
その夜。ラーナの名を恐れていた他の者たちが、何か危害を加えてくることは無かった。施術を受けたラーナの体調も落ち着いていて、二人は小さなベッドで、健やかに、穏やかに、ゆっくりと休むことができた。




