第8話−2
「怒鳴り合って意見を交わすことは、むしろ、互いの考えを知るための大切な手段とされてきました。大きな声で自分の意見を伝えることだって、決して珍しくありません。僕はこの国に来て初めて、『ああ、大きな声を出しただけで犯罪者扱いされることもあるんだ……』と驚いたくらいです」
そう言いながら、オクトは胸に手を当て、わざと大袈裟な顔と声色で当時の驚きを再現してみせた。その様子があまりにもおかしくて、ラーナの胸の奥にあった重たいものが、ふっと軽くなる。
「ふふふふっ!」
久しぶりに、何も考えずに笑えたような気がした。オクトはそんなラーナの様子を見て、さらに勢いづいたように言葉を続ける。
「まあ、確かに、冷静さや上品さは大切ですし、『怒鳴ること』が良しとされないにしても、あなたがやってきたことは別ですよ。子供ながらに、無礼で、盗人のような親戚たちがお金を巻き上げに来たことに抵抗して、ご家族を守ったんでしょう?」
まるで自分のことのように一生懸命訴えてくれるオクト。その姿を見ているうちに、ラーナの胸の奥が、じんわりと温かくなっていった。自分がしたことを、そんなふうに言ってくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。
「ふふふ……。一応、はい。そうです」
「一応って……!そんなに控えめにならなくてもいいんですよ!」
ラーナの気が抜けたような返事に、オクトは口を尖らせて訴えかけていた。
「ふふふ。そう言っていただけると、嬉しいです。でも……それでもやはり、貴族というコミュニティの中でも、紳士淑女という枠の中でも恥ずかしいことをしてしまったのです。『悪女』と言われても、仕方のないことをしてしまったのだと思います」
オクトは、そんな彼女を見て、困ったように眉を下げた。
「そこまでご自身を卑下する必要はありません……」
優しく諭すような声を向けられても、ラーナは微笑みながら、ゆっくりと首を横に振ることしかできなかった。
「まあ、それで社交界では爪弾きにされてしまったのですが……結局、弟とルチアが結婚してくれたのです。二人は父の教えを守りながら堅実に領地を運営し、立て直してくれました。おかげで、弟が王政のお手伝いをさせていただける地位もしっかりと戻り、お家も元どおりに管理できるようになったので……私は二人に隠れて、ひっそりと手伝いをしながら暮らしていたのです」
語り終えたラーナを、オクトは切なげな目で見つめていた。彼女の話を聞けば聞くほど、これまでどれほどのものを一人で抱え込んできたのかが伝わってくる。
オクトは、首元にそっと手を当てながら、ためらいがちに口を開いた。
「そんな……。でも、と言うことは、弟さんとルチアさんは、しっかりあなたのことを守ってくれていたんですよね?」
「はい。私の望みどおり、二人は二十二歳になって、ようやく結婚して、首都と領土を行き来してくれるようになったので、私はそこから穏やかな隠遁生活を送ることができるようにいなりました」
「ラーナさんも外に出てもよかったでしょうに……」
「ふふふ。貴族社会というのは、なかなか難しいものなのです」
ラーナは、少し困ったように微笑んだ。
オクトの声は、どこまでも優しかった。まるで彼女がこれまで背負ってきたものを、少しでも軽くしてあげたいと願っているかのような、柔らかな響きだった。
その声を聞いているうちに、ラーナの胸の内に長く張り詰めていたものが、少しずつほどけていく。
彼女の表情が穏やかになったことに気づくと、オクトもまた、ほっと安堵の息をついた。
「でも、これで納得できました。あなたに不名誉なあだ名がついてしまった理由も……そして、あなたが本当は穏やかで優しい方だということも」
真っ直ぐにラーナを見つめる、切れ長の瞳。その奥に柔らかな光が浮かんでいるのを見て、ラーナは再び、胸の奥がちくりと痛むのを感じた。
オクトは、こんなにも自分を信じてくれている。
それなのに、自分はまだ、あの頃の自分を許せずにいる。
「あのう……実は、それだけではないんです」
ラーナはためらいながらも、もうひとつ、心の奥にしまっていた考えを口にした。
「悪魔が取り憑いてしまったのは、私が叫んだり、喚いたりするような悪女だったからなのかな……と、本当は自分でも思っているんです」
「どういうことですか?」
オクトが怪訝そうに尋ねると、ラーナは視線を落としたまま、言葉を探すように続けた。
「悪魔も、私と同じような気持ちを持っているから……同調して、私の身体に入り込みやすかったのではないかと」
「――……」
オクトはしばらく黙り込んだ。
やがて、深いため息をひとつつくと、大きく息を吸い込んで立ち上がり、ラーナの正面へと回り込んだ。
そして、彼女の目をまっすぐに見つめながら、静かに口を開いた。
「いいですか? ご自分を貶めてはいけません」
いつも穏やかなオクトの声に、今度ははっきりとした強さがこもっていた。
「こちらの文化では、よくないこととされているのかもしれません。でも、あなたはお家を守ったんです。周りの貴族たちの言葉に惑わされて、彼らの言うことをそのまま信じ、自分を卑下する必要なんてありません」
オクトは一度言葉を切り、彼女の反応を確かめるように視線を合わせた。
「どんなときでも、自分のことをいちばん信じてあげられるのは、自分自身だと思います」
「……」
ラーナは黙って彼の言葉を聞いていた。




