第7話ー2
◇ ◇ ◇(オクト目線)
旅人や行商人が行き来する森の小道。このあたりは歩きやすく地面が踏みならされていて、木々の間を縫うように、なだらかな道が奥へと続いていた。
木陰からこぼれ落ちる木漏れ日を見上げては、可愛らしい両手ですくおうとするラーナの背中に、オクトは思わず見惚れていた。 彼女に気づかれないようたまに視線を逸らしつつも、彼女が前を向いた瞬間、また盗み見るように追ってしまう。 これまでの焦りや不安をすべて忘れてしまえそうなほど、穏やかで愛おしい時間だった。
ふと、ラーナが振り返る。
オクトと目が合うと、にっこりと花が咲いたように微笑んだ。
自然とオクトの口角がゆるんでしまう。
「ふふふ。オクト様のおかげで、この旅は身軽で本当に楽しいです。少し前まで足が痛くて必死に引きずっていたなんて、嘘みたいですわ」
真っ直ぐに向けられる、眩しいほどの言葉と笑顔。
「三白眼で怖い」とか、「目つきが鋭い」とよく言われてきた自分の顔が、自分でも抑えようがないほどデレデレと、ふやけたようになってしまっているのが分かった。
「よかったです」
そう返すのがやっとで、オクトは一度そっぽを向いて、冷静を装う。
それでも、オクトの視線は磁石のようにラーナへ吸い寄せられてしまう。彼女の可憐な笑顔や軽やかに動く手足が、まるで自分の手で生み出した最高の成果のように思えて、嬉しくて仕方がなかった。何度も触れて、本当かどうか確かめてしまいたくなる。
軽快に歩む足取り、伸びやかな腕の動きのすべてが、愛おしくてたまらない。
(彼女が“狂乱の悪女”だなんて噂は、絶対に嘘だ)
オクトは心の中で、自分に強く言い聞かせた。 彼女は侯爵家の令嬢だ。嫉妬や社交界の醜い噂話の犠牲になってきたに違いない。
——けれど、もしも。 彼女が自分の知らないところで悪魔に身体を乗っ取られ、街の人々を驚かせたり……他の男性に妖艶に迫ったりしていたのだとしたら……? そのせいで恐ろしい噂が立っていたのだとしたら——?
(ラーナさんのあんな姿を、自分以外の誰かに見られたかもしれないなんて……)
想像するだけでも身の毛がよだつ。彼女の知らないところで、そんなことが繰り返されるなんて、絶対に許せなかった。
(俺がそばにいる間は、もうそんなことはさせない)
オクトは、音楽に合わせて踊っているかのように軽やかに歩くラーナの背中を見つめながら、固く心に誓っていた。
夕陽が赤く傾き、森が薄紫色の暗闇に包まれようとする頃。静まり返った木立から、夜行性の虫や鳥の声が響き始めた。
「もう間もなく、このあたりも完全に真っ暗になってしまいますね」
オクトが懐から蝋燭を取り出そうとすると、ラーナも手提げ袋から小さなランプを取り出していた。
「私、野宿の準備はできていますわ!」
そう意気込む可憐な唇があまりにも可愛らしくて見つめていると、ラーナは小さな拳を握りしめてキリッと凛々しい表情を作っていた。
「ふふふ、大丈夫ですよ。そろそろ今夜泊まれる場所が見えてくるはずです」
「本当ですか?」
「ええ。三軒ほどの家が建ってるはずですが……」
緊張でラーナの華奢な肩にぎゅっと力が入っているのを見て、オクトは愛おしさのあまり、その肩を抱き寄せて撫でてあげたい衝動に駆られた。 暗くなった森の奥を見渡すと、やがて遠くに仄暗い松明の灯りが見えてきた。
「ほら、あそこに」




