第6話ー2
ドタドタドタドタドタッ!!
突然、廊下から地鳴りのような足音が響いた。
次の瞬間――。
バァンッ!!
勢いよく扉が開き、神官たちが一斉に部屋へ雪崩れ込んできた。
「おい!!」
「今、誓約魔術の音が響いてきたけど!?」
「完全に契約成立の反応だったぞ!」
「オクト、お前何した!?」
真っ先に飛び込んできたステファンが、オクトの胸ぐらを掴んだ。
その横では、キリルがオクトの肩をつかみ、激しく揺さぶっている。
「説明しろ!」
「なぜ患者契約が成立している!?」
「ちょ、ちょっと待って……!」
オクトはされるがまま、ガクガクと揺さぶられていた。
あまりの理不尽さに、もはや抵抗する気力も湧いてこない。
(なんで!? 俺だって何が起きたのか知りたいんですけど!?)
オクトが責められているのを止めようと、ラーナは勢いよく立ち上がって叫んだ。
「見てください、神官様方!」
一斉に視線が集まった。
「この手も、この足も、オクト様の手当てでこんなに自由に動くんです!」
ラーナはその場で軽く飛び跳ね、くるりと回ってみせた。
(ああ……既視感……)
昨日までの苦しみが嘘のような、軽やかな動きだった。
彼女は両手を握ったり開いたりしながら、満面の笑みで告げる。
「今はもう全然痛くありませんよ!」
「なっ……」
神官たちが固まった。
「ほら!」
ラーナはステファンの手を取って、ぎゅっと力強く握っていた。
「こんなふうに握れるんです!」
「えええ!?」
ステファンの目が見開かれる。キリルも慌てて手首を確認した。
「腫れが……引いている……?」
「一週間、あんなに苦しんで、ほとんど動かなかったはずなのに……」
「なぜだ……?」
誰も答えられなかった。
神官たちは、目の前で起きていることを理解できず、ただ呆然とラーナを見つめていた。
そんな彼らの前に、ラーナは一歩進み出た。
そして、はっきりとした声で言い切った。
「やはり、オクト様の治療が私には効くのです。ですから、私が勝手にオクト様の患者になりました!」
その言葉に呼応するように、二人の小指に浮かんだ指輪のような痣が、淡く光った。
きらり、と。静かで、けれど確かな光だった。
それを目の当たりにした神官たちの顔色が、一斉に変わった。
「ああ……」
ステファンが額を押さえた。
「本当に結ばれてしまったのですね……」
キリルも、一瞬にして憐れむような神妙な面持ちになり、深くため息をついた。
「ラーナさん」
彼は慎重な口調で、哀れな患者に向かって告げた。
「今の発言によって、あなたはオクトと魔術契約を結んだ状態になりました」
「ええっ?」
「白魔術には誓約があります」
部屋の空気が少しだけ重くなった。
「『この人の患者になります』と双方が認識した瞬間、契約が成立するのです」
「つまり……」
ステファンが言葉を引き継ぐ。
「今後、あなたには他の医師や神官の白魔術が、効かなくなる可能性があります」
ラーナは目を丸くした。
「それって……」
「要するに」
ステファンは深いため息をついて、オクトを指差した。
「このポンコツの白魔術しか効かなくなるかもしれない、ということですが……本当に、大丈夫ですか?」
部屋が静まり返る。神官たちの表情は真剣だった。
けれど――。
その中で一番青い顔をしていたのは、他でもないオクト本人だった。
(ガーン、最悪だ……)
「なんてことを……。僕は本当にポンコツなのに……もしあなたの身体をこれ以上悪化させてしまったり、失敗したりしたらどうするんですか」
オクトは髪をかき乱し、頭を抱えて声を振るわせた。ラーナはそんな彼の前に一歩進み出た。そして全員を見渡し、胸を張って言い切る。
「私はこの一週間、神官様方のあらゆる治療を受けてきました。ここへ来るまでの一か月も、たくさんのお医者様や治療師の方に診ていただきました。でも――私の痛みや腫れに効いたのは、オクト様の魔法だけです。ですから、何も問題ありません」
はっきりとした声だった。けれど、それだけ断言されても、神官たちはなお信じられないという顔をしている。むしろ哀れむような視線さえ向けていた。
「本当に大丈夫だろうか……」
「不安しかない」
数人のため息が漏れる中、ステファンは、低い声でつぶやいた。
「……一度、やってみろ。オクト」
「……はい」
オクトは、自信なさげに小さく頷いた。
「ラーナさん。まだ痛むところはありますか?」
ラーナは肩や手首を動かして、確かめる。
「左手首だけ少し」
全員の視線が左手首へ集まった。
確かに小指の付け根が赤く腫れていた。
そこへ、オクトは真剣な眼差しで歩み寄ると、ポケットから取り出した香草を丁寧に塗り込み、手首の方のポイントを押さえた。
「五、四、三、二、一」
そうして、いつも通りに静かに呪文を唱えた。すると、瞬時に彼の指先から数秘の光が迸る。その温かな光の花びらは、優しくラーナの手首を包み込んでいく。
一週間、激しく腫れ上がり、あれほど頑固だった赤みは、みるみるうちに引いていった。
「……」
誰も、何も声を出せなかった。ラーナが自分の手を見つめながら、何度も開いたり握ったりして見せた。
「ほら。痛くありません」
「本当に効いている……」
「これは……一体どういう現象なんだ……」
キリルが呆然と呟く。ステファンも言葉を失って、ステファンも言葉をただただ腕組みをしたまま固まっていた。 神官たちは互いに顔を見合わせる。あり得ない現実を目の当たりにして、誰もが言葉を失っていた——。




