↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/31

第5話ー3

一瞬、オクトは正気を失いかけていた。


(……思い切り抱きしめたいな……。じゃ、……じゃなくて!!!ちょ……なんでこんなことに……?!!!)

オクトは目をぎゅっとつぶって、彼女を両手で制した。

(彼女がこんなことをするわけがない)


ラーナと初めて出会った日のこと。それから、今日まで彼女と交わした言葉や、一緒に過ごした時間。ほかの神官たちが彼女について話していたことまで、次々と脳裏によみがえる。

そのときだった。

ラーナの両手の指先から、ほんのわずかに黒い炎が立ち上っているのが見えた。



(一ヶ月前から続く激しい痛みと腫れ……それに、指先の黒い炎……。まさか! 彼女の手足の異変は、ただの病気じゃない。もしかして、呪詛の類なのか?!)


首や頬にかじりつきそうな勢いで、ぐいぐいと迫ってくるラーナ。オクトは彼女から逃れるように、じりじりと後ずさった。


そして振り切るように、大声を張り上げる。



「ちゃんとラーナさんは無事なんだろうな?」


少し高めにうわずった言葉に、彼女の中にいた憑き物は、指先に小さな炎を揺らめかせた。そして、驚いたように目を丸くしたあと、にやりと笑う。


「お前、随分とこの女が欲しそうな目をしてるのに、手を出さなくていいのか?」

可愛らしい声はラーナのままだが、言葉遣いはもう、誤魔化すこともなく悪魔そのものだった。


「俺は彼女の炎症が気になってるだけだ!それよりも彼女の意識は無事なんだろうな!?」


焦るオクトの顔を見て、悪魔は楽しそうに笑い、彼女の手足から真っ黒な炎と煙をもうもうと立ち上げる。

それは、ただの炎ではなかった。


部屋の温度が急激に下がり、壁に掛けられた燭台の火が、ひとつ、またひとつと漆黒に染まっていく。世界を呪うような、悍ましい圧迫感。


(これは!?)

オクトは思い切り顔を顰めた。



「ははは。そう怒るなよ。今しかないぞ?お前にとっては最大のチャンスだろう?ほーら、この女の身体に自由に触らせてやるぞ」

悪魔はラーナの指先で、ミルクティーのような髪をふわりと肩の後ろへ払った。

目の前に差し出された、艶かしい肌や鎖骨があまりにも綺麗で、オクトは頭がおかしくなりそうだった。


「わああ、ちょっと、なんて格好させんだよ。隠しとけ!!」

オクトは、可愛い声で嘲笑う彼女の髪を襟元に戻して、肌を隠す。

「そんなこと言って……恥ずかしいのか?」

悪魔は可愛らしい声で嘲笑いながら、なおも艶めかしい表情で身体を寄せてくる。

(違う!ラーナさんはこんな人じゃない)

日差しの中で笑っていた彼女の笑顔が、忘れられない。



それと同時に、オクトはハッとした。


「でも、今しかないってことは、彼女の意識はまたすぐ戻ってくるってことだ!!」


そう叫ぶと、オクトは素早く立ち上がって、魔術書の手順通りに空中で腕を振り上げた。そして、彼女の顔の前にピタリと手を止めた。


「ハルウィロ--!!」


大声で呪文を唱えた瞬間、指先からまばゆい光が放たれた。その光は、数秘の計算式をなぞるような軌跡を描き、大気中の粒子が集められ、巨大な大輪の花束となって彼女を包み込んだ。それに対抗するように、悪魔は立ち上がって黒炎を上げ、光を切り裂いた。


(やられてたまるか!)


オクトはその黒炎の動きを読むと、するりと避けて、彼女の手首と腕の内側を突いた。そして、ラーナを後ろから抱き締めるような格好で、ポケットに入っていた香草を彼女の肘から腕に滑るように刷り込んだ。悪魔を指先へ押し戻し、そこに封じ込めるように。

「あああ!!!」

黒煙が、断末魔のような悲鳴を上げた。

(悪魔の正体はこれか!!)

煙はみるみるうちに小さくなり、手足の指先へと吸い込まれていく。

真っ黒だった炎が消えると、ラーナの指先には、うっすらと赤みを帯びた腫れだけが残った。そして、つい先ほどまで立ち上がっていた彼女の身体が、ふっと力を失う。


「ラーナさん!!ラーナさん?大丈夫ですか?」

腕の中の彼女はぐったりとしていて返事がない。脈拍をとろうとするが、自分の手が震えていてうまく探せなかった。慌てて胸に耳を当てると、とくん、とくん、と。小さくても、確かな心臓の音が聞こえた。



(よかった……生きてる……)


彼女の息を確認すると、オクトも一安心して、深いため息が漏れた。


(大変だ……。とんでもない悪魔に取り憑かれているようだ……)


「ラーナさん!ラーナさん!大丈夫ですか?」


腕の中にいる小さな彼女に何度も呼びかける。

こんなに美しい人が……まだ若く、本当なら元気に笑って過ごせるはずの人が。

どうしてこんな目に遭っているのだろう。


腕に伝わる温かな体温。柔らかく、きめ細かな白い頬。長く、きらきらと光るまつ毛。


オクトは、それから気を失ったままの彼女を抱きあげ、すぐ側のベッドに運んだ。


「ラーナさん?大丈夫ですか?」

何度呼びかけても、彼女は一向に目を覚まさなかった。


(ここまでとは……大変だ。悪魔との関係性も、対処法もしっかりした人に教えを乞わなければ……そうでなければ彼女の身が危ない)


すぐに布団をかけて、彼女の美しい肢体を隠し、すっかり冷たくなった手足を温めるようにくるんだ。

そして、恐る恐る布団の先から手首だけを出して確認すると、やはり腫れたままだった。白くてきめの細かい肌の先にある指が、真っ赤になって腫れていて、皮膚が悲鳴を上げているような感じがした。


(こんなに綺麗な華奢な方が、たった一人であんな魔物と対峙しているなんて)


オクトはハッとして、手の先にさらに薬草を塗り、丁寧に包帯を巻いた。そして、いくつかのポイントを押さえて数を数える。

「五、四、三、二、一」


(どうにかして、彼女が助かる方法を見つけたい)

オクトは両手足、全ての指、両膝に、ゆっくりと施術をした。それから長い間、眠っている彼女の横顔を見つめていた。


(あの夜みたいに、赤みと腫れも、だいぶ引いた気がする……)


夜が明けて、神官達が起きてきたら、なんと言って相談しよう。

どう言ったら理解してもらえるんだろう。


(さすがに、襲われそうになったなんて、言えないけれど……)


彼女が息を続けていられるかどうか、心配すぎて思わずそばから離れることができなかった。知らないうちに魔王に取り込まれて、本当に意識を失ってしまったら……。


ラーナの寝顔を見守りながら、オクトもそのまま、いつの間にか眠ってしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。