第5話ー2
ーー深夜。丑三つ時。
オクトはローブを深く被って、忍び足でラーナの部屋の方へ向かった。
ガラス瓶に水を入れ、薬を用意して、廊下を進んでいく。
するとーー。
ドッタン、ーードタン、、、ドサッ!!
彼女の部屋の中から、何度も大きな物音が響いてきた。
(いったい、何事だ?)
まるで、誰かが立ち上がろうとしては、何度も床に倒れてしまうような音だった。遠くの部屋で眠っている神官たちには、聞こえないだろうが……それでも、若い神官が言っていた物音がこのことだとすぐにわかった。
(まさか、ラーナさんがまた転んで立ち上がれずにいるとか?)
「失礼します!」
客室の扉を叩いて、開けるや否や、ベッドから離れたあたりでラーナが倒れているのが見えた。
「大丈夫ですか?歩けなかったのですか?」
柔らかそうな長い髪が、肩や腕までふわりとかかっていて、表情が見えない。
オクトはすぐに扉を閉め、駆け寄った。しゃがみ込んで、ラーナの肩を抱き起こそうとした、その時ーー。
包帯が取れてしまっていた彼女の右手の指先から、ボワッと黒炎が舞い上がった。
(これは……!?)
あまりのことに驚き、オクトは思わず仰け反った。そのまま、尻もちをついてしまう。
すると彼女は床に手をつきながら、オクトの頬のすぐ側まで顔を寄せ、にっこりと微笑んだ。
「珍しいなあ。こんな妖力。初めて見た」
彼女らしくない言葉に、驚いた。
「いい香り〜」
彼女の鼻先が、首筋のすぐそばまで近づいてくる。
(いや、どう考えても、ラーナさんの方がいい香りだよ……)
柔らかそうな肌から漂う、薔薇のような香り。生成り色の寝巻きは、以前見た厚手の服とは違い、身体の柔らかなラインをはっきりと浮かび上がらせていた。
そんな無防備な姿の彼女は、ゆっくりと床に膝と手をついて、オクトの方へ迫ってきていた。
真っ黒に燃える彼女の瞳は、こちらを何度も舐めるように見つめる。そして、左手でオクトの頬にふわりと触れたかと思うと、その首筋まで指でなぞった。思わず背筋からブルっと震えてしまう。
「なんてすべらかな肌」
愛らしいピンクの唇。
そこから漏れる、甘い吐息。
指先まで柔らかい肌。
オクトは激しい眩暈に襲われた。
(ああ、ラーナさん……かわいい……)
彼女に手を引かれると、そのままベットに倒れ込んでしまう。
(わわわ、だからって!!ちょっと待って……)
慌てて起き上がろうと身体を起こすと、白いシーツの上を、彼女の美しい手が滑るように近づいてきた。
真夜中の修道院の客室には、月明かりが差し込んでいた。
真っ白なシーツの上。
ラーナは、オクトの手に柔らかな自分の手を重ねた。
全身が心臓になったように、ドキドキし始めた。頭のてっぺんまで血が昇っているみたいに熱い。
「綺麗な唇……美味しそう」
囁きながら、ラーナはうっすらと口を開き、紅潮した頬を近づけてきた。
「ラ、ラーナさん?」
彼女の白い指先が、もう少しでオクトの唇に触れそうになる。
「キス、してみたいな」
囁きと共に、温かな吐息が頬をかすめた。
透明感のある長いまつ毛。ほんのりと紅潮した頬。
(え、かわいい……とろけそう……。なんて綺麗な肌と頬だろう……触れてみたい……)




