第5話:急激な暗転と妖艶な夜(オクト目線)
ラーナがこの修道院へやってきて、一週間以上が経過した。
オクトは、彼女の姿をその後、一度も拝見することができなくなってしまっていた。
はじめのうち、オクトはラーナの病気が治って、すぐに村を出てしまったのかと思ったほどだった。
(旅立たれたのであれば、ご挨拶くらいすればよかった……)
そんな後悔を抱えたまま過ごしていた頃。
彼女を担当していない神官達から、とても信じられないような噂話が聞こえてきた。
「マールの『狂乱の悪女』って噂、やっぱり本当だったんだな……」
「ああ、本当に恐ろしい声が聞こえてくるよな……」
「ええ?」
思わず耳を疑った。
(いったい、何が起こっているんだ?……)
「なんだそれ?本当か?ラーナさん、まだ客室にいるのか?」
彼らを呼び止めて、話を聞いてみた。
「ああ。毎日、悪魔みたいな唸り声が聞こえてくるんだよ」
「うめき声だけじゃなくて、何かを叩くような音もするし、怖いよ……」
話を聞いたオクトは、時間が許す限り、彼女の部屋の近くをうろうろしてみた。けれど、何も聞こえない。何が起こっているのかも、さっぱりわからなかった。
それでも神官たちは、毎日のようにラーナについてひそひそと話していた。
「あの声、ラーナさんだろ?かなり容態が悪いらしいぞ」
「手足の腫れも痛みもひどいらしいが、高熱も重なって、ベッドから動くこともできないらしい……」
「えー!あれが激しい痛みで苦しんでる声なんて……怖すぎる……」
(まさか?容態が悪化するなんて……)
「何か、知ってたら教えてくれ!」
オクトが神官を呼び止めると、彼らは困ったように首を振った。
「俺も詳しくはわからないんだ」
「毎回、食事を持っていくけれど、部屋の中にはステファン先輩とキリル先輩しか入れないんだ」
「二人は、そろそろ強い薬のある病院へ入院させたほうがいいと話していたぞ」
(あんなに元気だったのに……どうして?……何があったんだ)
オクトは心配で、いてもたってもいられなかった。
毎日、ラーナが滞在している部屋の前を、悶々としながら行ったり来たりする。
一目でいいから、彼女の様子を見たかった。
(どうにかして助けてあげたいけれど、ポンコツな俺ができることって何だ?)
部屋の前に立っていると、決まってキリルかステファンに見つかった。
「お前何してるんだ?」
「ラーナさんが心配で……」
「ああ、ちょっと状態が悪くてな……」
ステファンが伏し目がちに答えるのを見て、オクトの不安はますます募った。
「俺に何かできることはないでしょうか?」
「お前にできることなど何もないだろう」
「でも……」
「今週いっぱい様子を見て、無理そうなら病院に入院してもらうことも考えている」
「そんな!こちらの治療では難しいということですか?」
「ああ。……って、お前には関係ないだろう。向こうで自分の仕事してろ」
「……」
結局、いつも追い払われて終わりだった。
(こんなに側にいるのに、何もできない……)
ステファンやキリル、ほかの神官たちの目があるうちは、ラーナに会うことさえできなかった。
(どうしよう……)
初めて見た日。あんなに可憐で華奢な女性が、一人で汚れた大きな荷物を肩に下げ、丈夫そうな生地の服がボロボロの状態で倒れていた。ひと目で、旅の過酷さがわかった。しかも、手足も激痛なはずなのに、それでも足を引きずりながら、一ヶ月もかけて助けを求めにやってきたことを知って胸が痛くなった。
それだけでも、どうにかして助けてあげたいと思ったのに、彼女が家族を守るために病気と戦いたいという意志を感じて、オクトの方はますます気持ちが強くなった。
柔らかく、真っ白な肌。
ミルクティーのようなの長い髪。
丸みのある顔に、大きく輝く瞳。
華奢で、小柄で、物腰の柔らかな、美しい人。
頭に浮かぶのは、『オクトの薬草が効いた』と笑って話していた姿だった。
身体が動くことが嬉しいと言って、飛び跳ねたり、おかしなことを言って笑っていたのにーー。
(ずっと苦しいなんて、胸が痛い。少しでも助かる可能性があるなら、やっぱり試したほうがいい気がする)
夜、みんなが寝静まるのを待ってから、彼女へ水と湿布を届けてみよう。
オクトは一人、そう心に決めた。




