第28話~決着~
──甘く見た、か。
ヴァンパイア・ガンドルフォは完全に立ち直ったマードレッドと相対し、静かに己の失策を認めた。
彼の中のマードレッドは二年前の内向的で脆い少女のままだった。
屍人となった父親を前にして立ち上がれる筈などないと思い込んでいた。
そのイメージに引きずられて彼女の変化を見過ごし、こうして自分は追い詰められている。
実際にガンドルフォに痛痒を与えたのはマードレッド本人ではなく彼女の仲間だったが、関わる人間の変化は当人の変化そのものだ。纏う空気を変えて自分と相対するマードレッドを見て、もはやガンドルフォには一分の油断もなかった。
──それでも、一対一ならまだ俺の方が強い。
ガンドルフォはチラと周囲に視線を巡らせる。
半吸血鬼だったエルフの尼僧は屍人の軍勢の猛攻に晒され手一杯で、こちらに介入する余力はない。
灰色の髪の気味の悪いガキは地面を転がりこちらから距離をとっていた。何をしでかすか分からない不気味さはあるが実力的には大したことはない。遊兵化している屍人を何体か差し向けておけば問題はないだろう。
そしてこの期に及んで伏兵が潜んでいる可能性は低い。となればここから先はガンドルフォとマードレッドの一対一。両者の間には本来隔絶した実力差があり、マードレッドが勝つ可能性は万に一つも──
──本当にそうか?
この時、ガンドルフォの心には微かな迷いがあった。
不安要素は二つ。
一つは彼の身体を侵すディネルースの血。ガンドルフォはヴァンパイアにとって猛毒であるダンピールの血を無防備に吸ってしまい、その能力に大幅なデバフがかかっている。時間を置けば回復は可能だし、ダメージを受けた今の状態でもマードレッドに劣っているとは思わない。
──だが万に一つ、攻撃を受けることはあるかもしれない。
マードレッドは戦士としては未熟だ。だがその膂力と爆発力をガンドルフォは決して甘く見てはいなかった。万全の状態ならまだしも、今の自分では──
──それでも問題はない筈だった。奴の剣が、二年前のあの時のままだったなら……
マードレッドは背中に担いだ大剣の柄に手をかけ、刀身を鞘に納めたまま攻撃の機をうかがい気を高めている。
──剣を取り上げなかったのは失敗だったか。
ガンドルフォはマードレッドの大剣を敢えて取り上げず、魅了の魔眼で精神支配した後も持たせたままにしていた。
これは決してただの油断ではない。
ガンドルフォはマードレッドが持つ大剣を覚えていた。二年前、屍人となった自分の肉体を破壊したオルドリックの形見。ただただ頑丈で重厚なだけの鉄の塊だ。
彼が人間の戦士のままであったなら万が一に備えて大剣を取り上げていただろうが、今の彼はヴァンパイア。銀や魔法の武器でなければダメージを受けることはない。
マードレッドがそれを理解せずノコノコその剣で攻撃してくるなら都合が良い。彼女を絶望させる丁度良い演出になるとさえ考え、取り上げることなくそのままにしていた。
だがディネルースとヨシュアの存在がガンドルフォにある可能性を示唆していた。
──あの二人はアンデッド対策をした武器を装備していた。あいつらの仲間で戦士のマードレッドが、アンデッドに対して何の備えもしてないなんてことがあり得るか? 銀メッキか聖別か、手段はともかくあの剣は俺にダメージを与えられると想定しておくべきだろう。
マードレッドの剣は自分に届き得る──ガンドルフォは静かにその事実を認めた。
その上で、果たして自分はどう動くべきか?
合理に徹するのであれば今敢えてマードレッドと戦う必要はない。屍人をぶつけた隙に一旦退き、ダメージを回復させ体勢を整えてから改めてマードレッドを捕らえればいいのだ。今この場での決着に拘る意味はどこにもない。
「…………」
「…………」
だが不合理でも無意味でも、かつて弟子であった少女の挑戦から逃げ出すことは、ガンドルフォに残されたプライドが許さなかった。ここで退いてしまえば例え最終的に勝利したとしても戦士としては負けたも同然。彼に残された戦士としての誇りが、マードレッドに背を見せることを拒んだ。
しかし一方で、マードレッドの挑戦を正面から受け止めようと思えるほど若くもない。
「…………チッ」
結局、逡巡の末にガンドルフォが選択した答えは屍人による威力偵察。
遊兵化していた屍人を数体ずつ、マードレッドとヨシュアにそれぞれけしかけた。ヨシュアにもけしかけたのはこちらに横槍を入れさせないためだ。
『グァァ……ッ!』
飛び掛かってくる屍人に対し、マードレッドはグッと足に力を込めて突撃姿勢をとる。どう対処するにせよ、これで彼女のアンデッド対策がどの程度のものかが判明するだろう。
ガンドルフォは隙あらば斬りかかろうとマードレッドを注視。マードレッドと屍人の距離がゼロになる──その直前。
──轟ッ!!!
横殴りの轟音が、物理的な威力を伴ってマードレッドに襲い掛かった屍人たちを吹き飛ばしていた。
「!?」
ガンドルフォがハッと音の発生源に目を向けると、そこには自分も屍人に取りつかれながら、躊躇なくマードレッドの援護のために雷鳴呪文を放ったヨシュアの姿。
「マドさんっ!!」
「──っ!」
マードレッドは既に自分に向け突撃を開始していた。一切の躊躇なく。身を挺したヨシュアの援護に一瞥を投げることすらしない。その迷いの無さは信頼だ。
一方のガンドルフォはヨシュアに気をとられ、反応が僅かに遅れる。
──まだだッ!!
だがそれは本当に僅かな遅れ。すぐにガンドルフォは気持ちを立て直し、マードレッドの突撃に合わせて抜刀する。
──警戒すべきはマードレッドの初撃のみ! 奴の破壊力は確かに脅威だが、大振りで隙が大きい! 確実に初撃をいなして二の太刀で仕留める!!
瞬時に頭の中で戦い方を組み立てる。拳打でこちらの体勢を崩してくる可能性も警戒し、周辺視野で全身を捉えつつ足を止めてマードレッドを迎え撃つ。
──ッ!
間合いまであと一歩の距離でマードレッドの大剣が鞘から勢いよく飛び出し、大上段からガンドルフォ目掛けて襲い掛かった。
並の戦士であればその膂力から繰り出される剣速と圧に反応できず両断されていただろう。だがガンドルフォはダメージを受けた身体で的確に、初撃に合わせて剣を繰り出す。
──っ!?
その時、ガンドルフォの目に刀身の青白い輝きが映った。
──真銀!?
戦士として様々な武器を目にし、鉱山都市での暮らしも長かったガンドルフォには一目で分かった。マードレッドの大剣が放つ青白い輝きは魔法銀とも呼ばれる希少金属・真銀のもの。大剣の造りからそれがオルドリックの形見の大剣だと確信し、銀メッキ加工か聖別による一時的な魔剣化を想定していたガンドルフォは──
──どういうことだ!? あれはオルドリックの剣じゃなかったのかっ!? まさか別の──本物の魔剣!?
驚愕で一瞬身体が硬直する。
真銀は極めて稀少かつ高価な魔法金属で、しばしば古代の魔法の武具の素材として使われる。そして本物の魔剣は人知を超えた特殊な能力を有していることも珍しくなく、迂闊に打ち合うのは極めて危険。ガンドルフォの反応は極めて当然のものだった。
真銀でメッキ加工を施した、などという発想はガンドルフォにはない。
メッキとはいえ武器として使用する以上はその素材にも相応の厚みと量が必要となる。まして巨大なマードレッドの大剣にメッキを施すとなれば、必要な真銀の量は片手剣一本分はゆうに超えるだろう。それだけの真銀を用いてただメッキ加工を行ったなどということは普通に考えてまずあり得なかった。
何故ならメッキ加工では真銀を銀の代わりに用いるメリットはほとんどない。確かに真銀は魔法金属ではあるが、メッキにしてしまえばその魔力は散逸し、武器としての性能は普通の銀とほとんど変わらない。一応、普通の銀メッキより頑丈で剥がれにくいというメリットがないではないが、そもそも銀より加工が難しく工賃が高くつくため、傷んだ都度銀メッキを施す方が遥かに安上がりなのだ。
稀少な真銀をそんな無駄な使い方をする筈がない。
故にマードレッドが持つ大剣は自分が知るオルドリックの形見ではなく、何か特殊な魔力が秘められているのではないか、とガンドルフォは警戒した──してしまった。
しかしこの推測は全くの見当はずれなものだった。
マードレッドが持つ大剣は間違いなく彼女の父オルドリックの形見の大剣で、青白い真銀の輝きはただのメッキ加工に過ぎない。
けれどガンドルフォの誤解はやむを得ないものであった。
一体どこの誰が想像できる?
刀鍛冶に散々無意味と説得されて、何か見た目がカッコいいからという理由で真銀のメッキ加工を進める馬鹿がいるなどと。
しかもその真銀を取り寄せる為に、たった三度しか使えない万能のアーティファクト──普段は自分の命の危機でも使用を躊躇う貴重な願望器を『マドさんの斬撃に青いエフェクトがついたらきっとカッコいいよね』などと意味不明な理由で消費してしまう強火なファンがいるなどと、例え神であっても想像できる筈がなかった。
偶然が重なりガンドルフォの動きが僅かに鈍る。
しかしそれはほんの僅かな遅滞で、致命的とまでは言えないものだった。
「──くっ!」
ほんの少しでもマードレッドが迷い、躊躇っていれば。
マードレッドの剣がガンドルフォの知る小娘のそれであったなら。
「ああああああああっ!!!」
だがこの瞬間、マードレッドは彼のイメージを超え──戦士であった。
──斬ッ!!!
「────」
ガンドルフォの身体が肩から腰にかけて両断され、地面に崩れ落ちる。
あるいはヴァンパイアの再生力があればそこからでも生き延びることが出来たかもしれないが──
「──あ~……ここまでか」
ディネルースの血の毒と真銀の剣による致命傷。ガンドルフォは二度目の終わりを直感する。
晴れやかとは決して言えない。けれど無念とも違う不思議な心地で、彼は己の最期を受け入れた。
「…………」
「…………」
そして自分を下した剣士に視線をやり──何で泣きそうな顔をしてるんだと苦笑する。
「……マド」
「…………」
「強く……なったな」
「!」
その言葉にかつての弟子はかぶりを横に振った。
「……貴方が人のままだったら、きっと負けていたのは俺だったよ、ガンドルフォ」
「……そうか」
不死性を得て強くなったつもりが、どうやら自分は戦士としての資格を失っていたらしい。
その事実を弟子に突きつけられ、静かに敗北を受け入れる。
「……そうだったな」
ああ終わりが近づいてきた。醜く足掻いてはみたものの、結局自分は何も叶えられず、何も救えなかった。
「…………」
「…………」
「……マド」
「何だ?」
「…………いや」
口に仕掛けた言葉をすんでのところで呑み込む。この負債は自分だけのもの。それをこの少女に託すのはお門違いだろう。
だから──
「…………元気でな」
陳腐な言葉を残して、戦士ガンドルフォの身体は灰になった。




