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異世界転生した俺が本物の戦士に脳を焼かれる話  作者: 廃くじら


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第29話~花~

ヴァンパイアが灰になって消滅した後、彼の支配下にあった屍人の群れは糸が切れた人形のようにバタリと活動を停止した。


私は屍人の腐肉に押し潰され窒息しそうになっていたところをマドさんに引きずり出して救出してもらう。


──ズボッ!


「──ぷはぁ! どうも……です」

「ああ」

「無事に……終わったみたいですね」

「……ああ」


言葉少なに応じるマドさん。


「──ぉ~ぃ」


こちらも無事だったらしいディネルースが手を振りながら駆け寄ってきた。


興奮しているのかダンピールの牙や翼を出したままにしていて、事情を把握していないマドさんが一瞬ギョッとした表情になる──が、すぐに彼女が自分の知るディネルースだと理解したのだろう。その姿について特に追及することはしなかった。




それから私たちは言葉少なに怪我の治療をして、抗生物質代わりに毒消しを飲み、体力を回復させて──


「すまん。墓を作りたいんだ。手伝って欲しい」

『…………』


突然のマドさんの頼みに私とディネルースは顔を見合わせる。


「えっと……流石にこの数の遺体を私たちだけで埋葬するのは大変だと思うわよ? 町に戻って教団に事情を説明して──」

「うん。操られてた人たちの遺体はそうするつもりだけど……」


そう語るマドさんの視線は大地に横たわるドワーフの男と、灰になったヴァンパイアの遺骸に向けられていた。


ドワーフの遺体はともかく、ヴァンパイアのそれは教団に任せれば浄化し灰ごと消滅させられることになるだろう。本来、それが筋ではあるのだが──


「父さんとその友達だ。できれば一緒に弔ってやりたい」

「……いいんですか?」

「うん。きっと父さんもそれを望んでると思う」


そこでマドさんは年頃の普通の少女みたいにクスリと笑って付け加えた。


「──ああでも、ガンドルフォは合わせる顔がないって嫌がるかもしれないな」

『…………』


私とディネルースはマドさんとあのヴァンパイアがどんな関係だったのか、何も知らない。何故彼がマドさんを狙い、戦わなくてはならなかったのか、何もわかっていなかった。


けれど本人が納得し消化できているのなら、今更それをどうこういうのも無粋だろう。私はグルリと周囲を見渡し、一番見晴らしの良い丘を指さした。


「あそこにしましょう。どうせなら景色の良い場所がいい」




二人分の遺体を運んで、穴を掘って、埋めなおして──全ての作業を終えた頃には真っ暗だった東の空が淡い紫色に色づき始めていた。


石を積み上げだけの簡素な二人の墓に、ディネルースが祈りを捧げている。本来、ヴァンパイアハンターである彼女にとってガンドルフォを弔う行為は不本意なものだっただろうが、彼女は不満一つ口にせず粛々と葬儀を執り行ってくれた。


「……ガンドルフォは父さんの親友だった」


朗々と聖句を唱えるディネルースを見つめながら、マドさんがポツリポツリと口を開く。


「俺に剣を教えてくれた人で、母の昔の仲間で……二年前、母に殺された筈の人だった」

「…………」


私は相槌も打たず、ただ黙ってそれに耳を傾けた。


「ガンドルフォはきっと母のことが好きだったんだ。だから殺されても死にきれずに母のことを信じてた──いや、そんな気がするだけでホントのところはどうか分からないけどな」

「…………」

「あの人が何を考えてこんなことをしたのか、母とどんな関係だったのか、俺を狙った理由、父さんの死体を──結局、何もわからずじまいだ」


しかしそう語るマドさんの表情に後悔の色はない。きっと彼女も分かっているのだ。あれ以上話したところであの男は核心について何も語らなかった。そして言葉にせずとも伝わったものはある。


「だけどガンドルフォと父さんの友情だけは、きっと嘘じゃなかった。父さんの死体は……綺麗なままだったから」


そうだろうな、と私は内心それに同意する。


あの男はマドさんを追い詰め苦しめてはいたが、決して粗雑には扱っていなかった。あの男を動かしていたのは悪意でも敵意でもなく、きっと使命感だ。


分からないことだらけの一件だが、私はそれでも構わなかった。


マドさんが納得して決着をつけることが出来たのであれば、それ以上望むことは何もない。


「──天の道を往く彼らの旅路に光の神々の加護があらんことを」


ディネルースが聖句を唱え終わり、私たちの方を振り返る。


「はい。これでもうお父さんたちが彷徨い出てくることはないわ」

「……すまん。面倒をかけた」

「いいのよ。これが私の仕事だもの」


マドさんに──いや、私たちに迷惑をかけられたことなどおくびにも出さず、ディネルースが涼やかに笑う。


「本当ならこの後、献花をするとこなんだけど──」


ディネルースはぐるりと周囲を見渡すが、あたりは荒れ果てた大地が広がっていて、花らしい花など見当たらない。


「う~ん。どうせだから少し探してみる?」

「……いや」


ディネルースの提案にマドさんはかぶりを横に振る。


「花を愛でるような情緒がある人たちじゃなかった。供えたところで『どうせなら酒持ってこい』って文句言われるのがオチさ」

「そう?」


マドさんのその表情を見て、特に根拠があったわけではないが、私はその言葉が嘘だと思った。だから──


「──マドさん」

「うん?」

「思い出の花みたいなのはないんですか?」

「いや、だから──」

「…………」

「…………」

「…………」

「──ふぅ」


マドさんは根負けしたように溜め息を吐いて続ける。


「……銀鏡草しろみそうって花があった。丁度今ぐらいの季節に咲いて、故郷じゃ大人たちがそれを肴によく酒を飲んでたよ」


懐かしむようにマドさんの眦が緩む。


「まぁ、南の標高の高い山にだけ自生する花だったから、この辺りには咲いてないだろうけどな」

「マドさん」

「ん?」


私は握手するように彼女に右手を差し出す。


「手を握って、その花を思い浮かべてください」

「何だ? まじないか何かか?」

「…………」

「……まぁいいけど」


マドさんは苦笑して私の手を握る、と──


『!?』


握った右手を起点に光が溢れ、私たちはその眩しさに目を閉じた。光は直ぐに収まり、ゆっくりと目を開ける。


「これは──」


それまで何もない荒れ地だった辺り一面に、淡く銀色に光を放つ花が咲いていた。


「幻……じゃない」


ディネルースが地面に膝を突き花に触れながら呟く。視覚だけではない。触覚も匂いも、紛れもない本物の銀鏡草だった。


「一度きり、花を咲かせる魔法の指輪です。持ってても使い道がないし、どうせならと思いまして」


私の言葉にマドさんは一瞬驚いたように目を丸くし、そして咲き誇る銀の花にも負けない微笑みを浮かべて言った。


「ありがとう、ヨシュア」

「──喜んでいただけたなら何よりです」


私はそれに見惚れそうになった自分に気づかれないよう、精一杯格好つけて肩を竦める。本当に、この笑顔が見れたなら何も言うことは──


「──と」

「ちょっと見せて」


怖い顔をしたディネルースが私の右手を掴み、許可も取らず私の右手から指輪を抜き取る。


「どうした、ディー?」

「…………」

「女性から指輪をねだられるのは男としてやぶさかじゃありませんけど、こういう強引なアプローチは初めてですね」

「え゛? まさかディー、そうだったのか……!?」

「…………」


私とマドさんのやりとりが耳に入っていない様子で、ディネルースは指輪に刻まれた魔法文字ルーンを凝視する。


「えぇ……ちょっと、これ……嘘でしょ?」


どうやらディネルースは魔法文字の知識があったらしい。すっかり力を失ったその指輪と私の顔を交互に見つめわなわなと震える。


「? その指輪がどうかしたのか?」

「どうかしたじゃ──」


ディネルースは言いかけて、しかし直ぐに自分の目と正気を疑うように言葉を飲み込む。


「──ああもう……!」


マドさんは「どういうことだ?」と私を見上げるが、私は何だかおかしくなって笑いをこらえるので精一杯だった。


「さぁ?」

「さぁってなんだ。さぁって。あの指輪、何か凄いものだったんじゃないだろうな?」


苦笑がこぼれる。


「まさか」

「本当だろうな?」

「勿論。私がマドさんに嘘を吐くと思いますか?」

「……割と」


うん、藪蛇だったね。


「……ホントに大した価値のない指輪ですよ。マジックアイテムといっても、こんな時ぐらいしか使い道のない、ね──これは嘘じゃありません」

「……ならいいけど」


マドさんはしばし私の目を見つめ、すぐに納得する。


一方、ディネルースは未だ信じられないといった顔で私を凝視していたが私はそれをスルー。マドさんの肩に手を置いて話題を切り替える。


「──さ、魔法とか夢みたいな話はこれぐらいにして、現実に頭を切り替えましょうか」

「現実?」

「ええ。討伐が終わっても、私たちはこれからこれから町に戻って事情を説明して人を連れてきて遺体を回収しなくちゃいけません。何度も往復するのは大変だし、できれば一度で教団や憲兵隊を説得したいところですけど……ガンドルフォさんやマドさんの個人的な事情は話したくないんでしょう? そのあたりを誤魔化して説明するとなると結構大変ですよ。マドさんそのあたりちゃんと話できます?」

「う゛……」


あからさまに面倒だという顔をするマドさんの背をポンと叩いて、私たちは馬を繋いである方へと歩き出す。


「ま、その辺りはおいおい、町に戻りながら打ち合わせしましょう」

「……それ、俺も説明しなくちゃ駄目か?」


戦いが終われば途端に頼りないマドさんに思わず苦笑が漏れる。


「ちょ、ちょっと! 私を置いて行かないでよ……!」


慌てて追いかけてくるディネルースと合流し、朝日を背に歩を進める。


地に足をつけて一歩一歩。


身に余る力を捨て、胸には少しの不安と高揚とが満ちていた。


初めてこの世界で生きていることを実感する。


銀の花が朝日に照らされ、今日も世界は美しいと教えてくれていた。

本話をもってこの連載は一区切り、第一部の完結とさせていただきます。


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


少し設定を膨らませ過ぎたなと反省しており、続きについてはこのまま書いたものか改稿すべきか検討中です。


マードレッドの母親にまつわるあれこれ、そもそも主人公は何故転生したのか、肉体と魂が混ざった理由、指輪の意味と転生時の記憶を失った経緯、その正体、ディネルースが受けた神託の本当の意味と三人が出会った理由や共通点など、全部書いたらとんでもない分量で収集がつかなくなりそうな……


こういう設定とかある種自己満足なので、正直続きをダラダラ書いてもどうなんだろうとも思っています。


その辺りを皆さんの反応などを踏まえて少し考えようかな、と。


当面は別の短編などを投稿していく予定ですので、引き続きどうぞよろしくお願いします。

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