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異世界転生した俺が本物の戦士に脳を焼かれる話  作者: 廃くじら


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第27話~戦士~

二年前、マードレッドは父を見殺しにした。


屍人へと姿を変えていく父の『殺してくれ』という懇願に応えられず、震えて泣きわめくことしかできなかった。


人として在る内に、せめて尊厳ある死を──そんな父の望みを、マードレッドは叶えることができなかった。


だから父は最後の力を振り絞り、完全な屍人へと堕ちてしまう前に自ら命を絶った。


その苦悶と絶望に満ちた最期を目の当たりにして、マードレッドは自分が父を見殺しにしてしまったのだと理解する。


そして皮肉にも父を見捨てたその事実が、彼女に戦う覚悟を決めさせた。


屍人へと変貌した故郷の同胞を、父の打った剣で砕き、肉片へと変えていく。


何度も、何度も、己の心を砕いて、打って、そうして彼女は戦士になった。



──だからまぁ、それはある意味必然だったのかもしれない。



自分の罪の象徴──屍人となり果てた父の姿を目の当たりにして、マードレッドの戦士の皮は剥げ落ちた。


ただの小娘の素顔が顔を出し、動けなくなってしまった。


理性では、今こそ父の身体を砕き、もう一度眠らせてやるべきだと理解していた。


それこそが父に対する最後の孝行であり償いなのだと分かっている。


だができない。身体が震えて動いてくれない。


これまで散々他の人間を切り裂き砕いておいて何をと嗤われることは分かっていた。だが──家族なのだ。もう死んでいる。身勝手だ。道理に合わない。それでも。何と言われても、父を傷つけることなどマードレッドには出来なかった。


戦士のフリをした少女は、自分の弱さを突きつけられ、過去の負債に押し潰されて沈んでいく。


深く暗い、光も音も届かない湖の底に堕ちるように、逃げ出すように──



『────』



──そんな水底で何かが聞こえる。



『──って! 戦ってください! マドさん!!!』



すっかり聞き慣れてしまった声が、届いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ヨシュアがアーティファクト『リング・オブ・ウィッシュ』に願ったこと──それは何と自らの理性の消失というとち狂ったものだった。


何が正しいのか。どうすることがマードレッドにとって良い決断なのか。そんなことを考えてばかりいるから結局自分は何もできない。それならいっそ足枷にしかならない理性など要らない。ヨシュアはそう吹っ切り──いや、吹っ切るためだけに貴重なアーティファクトを使用してしまった。


そしてアーティファクトは、それがどんな下らないモノであろうと正しく、しかし最小のコストで術者の願いを叶える。


アーティファクトがもたらした効果は自己暗示──そのちょっとした補強だ。


天変地異すら可能とする膨大な魔力を用いて、迷いを抱えていたヨシュアの決断を後押しするという、とてもとても些細な奇跡を引き起こした。


だがただの暗示であれそれがヨシュアの心にもたらした効果は大きく、一瞬で彼の迷いは晴れる。


そして完全に迷いを吹っ切ったヨシュアが選んだ答えは、最期までマードレッドを信じること。それだけだった。


彼は彼女が戦士として立ち上がることを信じていたのではない。どんな結論を選ぼうともそれを受け入れる。その結果、彼女が命を落とすなら自分も共に死のう。自分はただ最期まで彼女を支え、見届ける。


そんな思いを込めてヨシュアはマードレッドに声援を送った。


吟遊詩人バードであるヨシュアの声援は職業固有のスキルであり、聞く者を支援する力が宿っている。


それは決して劇的な効果があるものではない。ほんの少しだけ動きを良くしたり、活力をもたらしたり、システム的にはLV差を瞬間的に一つ二つ覆せるかどうかといった程度の些細なもの。


それでもその声援には力があり──迷いを捨てた彼の声は、迷いの中に沈んだ少女の心にとても騒々しく響いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『立って! 立ってください、マドさんっ!!』


──うるさい。


マードレッドは脳に直接響くようなヨシュアの声に、内に籠ったまま毒づく。


──何でこんなところまで追いかけてきてるんだ。


『マドさんっ!!』


──だからうるさい。俺になって構ってないでとっとと逃げろよ馬鹿。前から思ってたがお前のそういうところ怖いんだって。


ヨシュアの声にマードレッドは口には出さず胸中で文句を垂れ流す。


彼女自身は気づいていなかったが、少しずつ重く沈んだ心が軽くなっていた。


『マ~ド~さ~んっ!! 聞こえてますか~!?』


──しつこいっ!! というか何なんだその軽いノリは! お前状況分かってるのか!? 逃げないと死ぬぞ!?


ヨシュアの声援は呆れるほどに軽かった。それはまるで格闘技やスポーツの試合でお気に入りの選手の逆転を期待するような、軽く暖かな。


逆転や勝利を信じてはいても確信があるわけではない。駄目な時は駄目。自分の命に手がかかったギリギリの戦場で、そうなったら仕方がないと割り切る様なカラッとした声で、ヨシュアはマードレッドに声援を送り続けていた。


『マドさん! 取り敢えず立ちましょうよ~!』


──取り敢えずって何だ!? もう少し何かこう心に響く感じのセリフとかないのかお前!? いやもうそんなのお前に全く期待はしてないんだけども!!


『マ~ド~さ──ぶっ!』


──あ? どうした?


ヨシュアの声が途切れた。何かあったのだろうかと、マードレッドの意識が少しだけ外に向く。


──おい。突然黙ってどうした? 何かあったのか?


『……マドさ~ん。そろそろお願いしま~す』


──声が震えてるぞ。あれか。あんまりふざけてるからガンドルフォに殴られたんだろ? 全く、仕方ない奴だな……


胸中で嘯きながら、仕方ないのはいったいどちらだろうと苦笑する。


──ホントに、これじゃあもう仕方ない。


どうしようもないピンチで、今にも死にそうな筈なのにそいつがあまりにもいつも通りなので、もうこれは仕方ないなとマードレッドは諦めた。


『マド……さん』


──こんな風に信じられたら、立たないわけにはいかないじゃないか……


結局、マードレッドはどこまでいっても普通の少女だった。


誰かの声援があるから頑張れて、自分を信じてくれる誰かがいるから立ち上がれる、どこにでもいる普通の少女でしかなかったのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「とんでもねぇ魔力を出して何事か警戒してみりゃ、何だありゃ? 虚仮威こけおどしか?」

「ぐあ……っ!?」


ヴァンパイアに片手で宙に吊り上げられ、私は思わず悲鳴を漏らした。


私の右腕を掴む手の握力は万力のように強く、強引に持ち上げられたせいで肩が脱臼したような気がする。


相手が『リング・オブ・ウィッシュ』の発動に身構えている隙に、空気を読まずマドさんに声援を送っていたことがヴァンパイアの癇に障ったらしい。何かの罠かと私の声援を聞いていた時間が長かった分、何もなかったことに余計イラッとしているようだ。図らずも挑発してしまったか? うん、反省──はこいつがムカつくからしない。


「マド……さん」


肩と握られた部分の痛みを堪えながら、再度マドさんに呼びかける。


別にこれで何が変わるなんて思っちゃいない。それでも最期まで信じて、彼女を呼び続ける。ファンってのはそういうもん──ぐあっ!?


「っ!!?」


ヴァンパイアが私の腕を握る手の圧力が増し、私の声援が強制的に中断させられる。


「……ったく、ムカつくぜ。何だテメェ? 頭おかしいのか?」


──正ッ解ッ☆


「つーか、何だったんださっきの魔力……この指輪か? 例え虚仮威こけおどしだとしても、あの魔力量はただことじゃねぇぞ……?」


──あ。やべ。


ヴァンパイアの注意が私の右手の指輪に向く。ちょっと調子に乗り過ぎた。まだ指輪には一回分の魔力が残っている。これがヴァンパイアの手に渡るのはほんのちょっぴりマズい気がする。


ヴァンパイアの手が指輪に伸び、私がいっそ今からでも指輪の魔力を無駄打ちして使い切ってしまおうかと碌でもないことを考えている、と──



──メキメキメキ……ッ!!



何かを押し潰すような、力強くも恐ろしい音がその場に響いた。


私とヴァンパイアは同時に音のした方へと視線を向ける──と、そこには屍人と化した自分の父親を強く抱きしめるマドさんの姿があった。


「…………さよなら、父さん」


彼女は父親の遺体から手を離すと私たちの方を振り返る。


父親の遺体は娘の抱擁によって全身の骨をバキバキに砕かれ、屍人としての活動を停止していた。


「マードレッド、テメェ……!」

「いくぞ、ガンドルフォ」


私を地面に投げ捨てマドさんを睨みつけるヴァンパイアに対し、彼女は荷車から飛び降り、いつか私が憧れた鋼のような眼差して宣言する。


「ケジメをつけよう」

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