第26話~声援~
「グ、グァァァァ……ッ!?」
血を吸ったヴァンパイアが悶え苦しみ、吸われたディネルースがそれを嘲笑う。そのチグハグな光景に私は何が起きているのか分からず呆気にとられた。
そして私より一瞬早くヴァンパイアがそれに気づく。
「! テメェ、その目……!?」
「今頃気づいたの?」
銀色だったディネルースの瞳が、いつの間にか魔性を示す赤に染まっていた。
「──半吸血鬼」
「正っ解っ!!」
ヴァンパイアの言葉に、ディネルースは背中から蝙蝠の翼を生やして嗤った。
ダンピール──ヴァンパイアと人間の混血。
ヴァンパイアの血を引く彼らは、母体となった種の特徴とヴァンパイアの能力の一部を引き継いで生まれる。一言で混血といっても彼らは個体差が大きく、ほとんど母体側の種と変わりのない者もいれば、太陽の光を浴びた途端に焼け死んでしまう者もいたりとその性質は千差万別。
ダンピールのほとんどは吸血行為を必要とせず人類にとって無害だが、しかしヴァンパイアの血を引いているという一点のみで周囲から忌避され、一方的な私刑に遭うことさえ珍しくない。
人類から迫害されて育った彼らの多くはそのことを怨んで犯罪に走るか、ヴァンパイアという存在そのものを憎みヴァンパイアハンターとなる道を選ぶ。
そしてハンターとなった彼らダンピールは、他の種にはないヴァンパイアへの優位性を有していた──それこそがヴァンパイアという種に対する抗体だ。
「グハ……ッ!」
ヴァンパイアが再び吐血して苦悶する。
ダンピールの血はヴァンパイアにとって猛毒だ。その誕生と同時にヴァンパイアの因子に侵されてきたダンピールの血は、ヴァンパイアに対し強い抗体を有している。彼らはこの世界で唯一ヴァンパイアの祝福に完全な耐性を持つ人類種だった。
ダンピールの存在が人類社会でごく限定的ながら許容され、処分の対象となっていないのはこのヴァンパイアハンターとしての適性故である。
そしてディネルースは特にヴァンパイアの長所を色濃く受け継ぐタイプのダンピールだったらしい。蝙蝠の翼と牙を生やしヴァンパイアの因子を解放した彼女は、致命傷であった筈のダメージから既に回復しているように見えた。
「じゃあね、間抜けな吸血種」
彼女は聖別された長柄斧を振りかぶると、苦悶するヴァンパイアの頭部目掛けて刃を振り下ろす。
──ギィンッ!!!
「くっ!?」
「往生際が、悪いっ!!」
ヴァンパイアもそう易々とその首を獲らせはしない。苦悶しながらもその剣で斬撃を受け止め、ディネルースと鍔迫り合いを繰り広げる。
「う……がぁっ!!」
「……っ!」
しかし血の猛毒に侵されたヴァンパイアはディネルースの膂力に徐々に押し込まれていく。
「──舐めるな、雑種風情が!!」
「っ!」
魔力を伴う咆哮がヴァンパイアの喉から迸り、一瞬ディネルースの動きを止め──
「後ろです!!」
「!?」
私の警告にディネルースはハッと横に飛び退き、背後から忍び寄っていた屍人の攻撃を回避。しかしそこで生じた二人の間の空間に屍人の軍勢が殺到した。
「くぅっ!?」
ディネルースも長柄斧を振るって屍人の軍勢を薙ぎ払うが、いかんせん数が多すぎる。倒されることこそなかったが物量に圧されて陣の外側へと押し出されてしまった。
「はぁ、はぁ……クソが……っ!」
その隙に体勢を立て直そうとするヴァンパイア。彼は地面に膝を突き荒い呼吸を繰り返していた。
見たところディネルースの血の毒はヴァンパイアの身体を確実に蝕んでおり、すぐに回復できるものではないようだ。
──今なら……!
ヴァンパイアも屍人もディネルースに注意が向いており、私のことは意識から外れている。
私は極力音を立てないよう、しかし可能な限り素早くマドさんのいる荷車へと駆け上った。
「……マドさん!」
「…………っ」
「マドさんっ! ディネルースが敵を引き付けてくれてます! 今のうちに──」
「~~~~!」
私はマドさんの身体を揺すって正気に戻そうとするが、彼女は俯いて震えるばかりで反応を示さない。いや、表情に変化はあるので私の声は確実に届いている。だが頑なに顔を伏せ頭を抱えて動くことを拒否していた。それが何故なのかはすぐに分かった。同じ荷車でジッとマドさんを見つめるドワーフ──彼女の父親の存在だ。
父親の遺体がそこにある限り、彼女はトラウマで動けない。いったいどうすれば──
──ゲシィッ!!
「!?」
視界の外から飛んで来た何かに殴り──いや蹴り飛ばされ、私の身体は再び荷車から転げ落ちた。
まったくの不意打ち。何度かバウンドしながら地面を転がり、私の身体はようやく仰向けで静止する。
「──クソッ。余計な手間、かけさせんじゃ、ねぇ……っ」
余裕のない声音で吐き捨て、こちらに近づいてきたのはあのヴァンパイアだ。
「……阿呆が。大人しく逃げてりゃ今なら見逃してやったのによ。こんな小娘に拘って、気持ち悪い奴だぜ」
「うる、せ……」
痛みを堪え悲鳴を上げる三半規管を無視して、私はよろよろと身体を起こす。
「なら……そんなマドさんを狙ったテメェは何だ? ロリコンかよ」
「……あ゛ぁ?」
よほど余裕がないのか、ヴァンパイアは私の軽口に軽口で返すこともせず、顔を歪めて怒りの声をこぼす。
チャンスだ──私は敢えて自分にそう言い聞かせ、震える足を殴りつけて立ち上がり、レイピアを抜いた。私のレイピアはアンデッド対策で銀製のものに交換している。理論上はヴァンパイア相手でもダメージを与えられる筈だ。
「テメェ……舐めてんじゃねぇぞ」
──ドゴッ!!
「っ!」
その態度がヴァンパイアの癇に障ったのか、彼は血毒に侵されてるとは思えない俊敏な動きで距離を詰め、私を殴り飛ばす。
私は再び地面を転がるが、力任せの雑な打撃かつヴァンパイアが本調子ではないということもあってかダメージはそれほどでもなかった。
追撃はない。ヴァンパイアは動くと毒が回って苦しいのか、憎々しげに私を睨みつけている。
それでも私が切りかかってどうにかできる相手ではないが、好機であることに違いはない。今のうちに何とかマドさんを──どうすればいいんだ?
「────」
マドさんのそれは鎮静剤や呼びかけでどうにかなる状態ではない。
そもそもアレを状態異常と呼んでいいのか。マドさんは今自分の意思で戦いを拒んでいる。それを外部からの働きかけでどうにかできるのか──
「──ハッ。何だ? 今頃になって現実が見えてきたってツラだなぁ?」
私の迷いを見透かしてヴァンパイアが嘲笑する。
「そうだ。もう一度言うが、あいつはただ親父の血を引いてちょっと力に恵まれただけの小娘だ。根は臆病でてんで脆い」
反論はできない。彼女の脆さを私は心のどこかで感じ取っていた。
「いかにも戦士らしく振る舞っちゃいたが、あんなのは度胸でも何でもねぇ。単に自分の扱いが雑ってだけだ」
否定はできない。彼女の勇敢さが、いつ死んでも構わないという自暴自棄の裏返しでしかないことを私は薄々理解していた。
「あいつの性根は戦うことに向いてない」
そうなのか。本当の彼女は戦いなどしたくないと思っていたのだろうか。
「今もああして父親の死体を見ただけで戦えなくなってる。結局あいつは、本物の戦士にはなれなかったのさ」
──それは違う。
その言葉に反発して私の心に再び小さな火が灯った。
確かに男の言うようにマドさんは戦士として未熟で欠けているところがあるのかもしれない──だが、それがどうした?
私はただ敵を斬るだけの道具に惹かれてここにいるのではない。
彼女は未熟な鉄塊だ。鍛造途中の紅く熱された鉄だ。敵を斬る為の刃でありながら、不安定でややもすれば簡単に折れてしまいそうな脆さを隠している。
だがそれでも刃であろうと自分を奮い立たせるその熱に私は惹かれた──本物の戦士の姿を見た。
勘違いしてくれるな。私は恐怖を知らぬ兵器に恋したわけではない。
どこにでもいる普通の少女が、己を振るい立たせ戦場に臨むその覚悟に心を奪われたのだ。
「────」
私を嘲笑していたヴァンパイアの表情が当てが外れたと言いたげに歪む。
「……ちっ」
しかし、それだけだ。
「まぁいい。どの道テメェに何が出来るわけでもねぇ。とっとと死んでろ」
ヴァンパイアがそう吐き捨てると同時に、周囲の屍人が私に襲い掛かってきた。
「くっ!」
ディネルースに手をとられていることもあって屍人の数はそれほど多くない。私は懐からありったけの聖水の瓶を取り出して周囲にぶちまける。屍人は動きこそ鈍ったものの、浄化のダメージなどお構いなしに襲い掛かってきた。
私はそれを銀のレイピアで牽制していなしながら必死にこの状況を打開する方法を探す。
ああいや、この状況を打開する方法自体は最初から分かっていた。
だが私はそのカードを持ちながら、ずっとそれを切ることを躊躇い、結局何もできずにいた──何故か?
自分のような転生者が持つこんな得体の知れない力を使って彼女の物語を穢したくない──うん、もっともらしい理由だが本当の問題はそこではない。
もし本当にそう思っているなら最初からこんな指輪など捨ててしまえば良いのだ。そうしないのは私自身がその判断に迷いを抱いているからに他ならない。
どちらにせよこんな迷いを抱えた状態でこの指輪は使えない。
迷いがあれば願いは歪む。こんな状態で指輪を使えば、どんな歪んだ結果をもたらすか分かったものではなかった。
「──ああ、クソッ! そうだよな。どうせこのままじゃ使えないなら……!」
──後から振り返れば、この時の私は既に割と正気ではなかった。
勢いに任せ、指輪をはめた右手を掲げて魔力を込める。
「何を──!?」
その異様な魔力の高まりにヴァンパイアが気づいて反応する──が、もう遅い。
私は激情と思い付きに任せて二つ目の願いを口にしていた。
「理性は邪魔だぁぁぁぁぁっ!!!」
叫び声と共に万能の魔力が膨れ上がり、私の中に収束する。
その光と膨大な魔力に、ヴァンパイアやディネルースだけでなく、意思を持たぬ筈の屍人でさえも動きを止めていた。
『…………』
そして収束した光の中から現れた私の姿は、恐らく彼らには何も変わっていないように見えただろう。
万能の魔力は既に消え去り、ヴァンパイアは私に何が起きたのかを警戒して身構える。
「──すぅ」
私はそんな周囲の反応を無視、大きく息を吸い──叫んだ。
「マドさぁぁぁぁんっ!! 起きてくださぁぁぁいっ!!!」
『!?』
それは何の変哲もない叫び。
「立って! 戦ってください! マドさん!!!」
特別な魔力も、迷いも、裏もない──純粋な声援だった。




