第25話~狩人~
再び時は少しだけ遡る。
荒野に響き渡るマードレッドの悲鳴を聞き、ディネルースは自分の不安が的中したことを理解した。
──悪い予感が当たった……!
今も屍人の軍勢を捌きながらで詳しい状況までは分からないが、恐らくヨシュアはマードレッドの魅了を解除し救出を試みたのだろう。そのまま彼女が正気を取り戻していれば、限りなく薄いが彼らにも生き延びる目はあった。
だがそうはならなかった。恐らく魅了された時既にマードレッドは何らかの理由で重度の錯乱状態に陥っていたのだ。そして魅了により一時的に蓋をされていたそれが、魅了が解除されたことで一気に噴き出してしまった。
──失敗ね。
マードレッドの救出は失敗した。
屍人の群れの中から錯乱したマードレッドを連れて脱出することは不可能。しかも先ほどの悲鳴で完全にヨシュアの存在は敵に知れ渡り、ヴァンパイアが動いたのが気配で分かった。
──逃げましょう。これ以上は意味がない。
ディネルースは決断する。救出が失敗した以上、もはや自分が囮として戦う意味はない。そしてディネルースにはこの状況から逃走するための切り札があった。
放浪神の教えは信徒に旅を推奨している。何者にもとらわれることのない自由な旅を。だが旅には危険が付きまとう。自由を求めるならばなおのこと。故に放浪神はその信徒に危険から逃れるための特別な手段を授けていた。
その一つが【次元の扉】──視界内の任意の場所へ瞬間移動を可能とする逃亡用の切り札。彼女はこれともう一つの切り札を組み合わせることで、これまで様々な窮地を逃れてきた。
わざわざ陽動役を買って出たのもこの保険があったからこそ。そうでなければ知り合ってまだ数日ほどの二人のために屍人の群れと戦ったりするものか。
だがそれもここまでだ。結果的に自分がヨシュアをけしかけてしまったような形になってしまい少し後味は悪いが、選んだのはヨシュア自身で、自分はその前にちゃんと一緒に逃げようと誘っている。
──ヴァンパイアを前に撤退するのは悔しいけど、流石にこの数相手に孤立無援じゃ勝ち目がない。体勢を立て直して別の手を考えましょう。
ディネルースの正体はヴァンパイアハンターだった。アンデッド狩りを生業とする僧侶の中でも特に危険なヴァンパイアを専門とする異端。彼女は特殊な知覚により、この一件にヴァンパイアが関わっていることをヨシュアたちを知り合う前から察知していた。
だが今回のヴァンパイアは用心深く、気配はあっても中々姿を見せない。教団を動かせば屍人の群れは討伐できるだろうが、ヴァンパイアを取り逃がす可能性が高かった。
そんな折、ディネルースは神託に導かれヨシュアとマードレッド、二人の若い冒険者と出会う。神託の意図は今一つ分からなかったが、この二人を利用すればヴァンパイアを誘き出すことが出来るかもしれないと期待した。実際、彼らは過程はともかく敵を誘き出すという意味では望んでいた以上の結果を出してくれた。
既にマーキングは済ませた。後は援軍を呼んで邪魔な屍人を排除してターゲットを狩るだけ。こうしてヨシュアの無謀な行動を援護したのは二人を利用したことへの詫びと義理立てに過ぎない。
これ以上付き合う義理はない。ディネルースは自分にそう言い聞かせ、【次元の扉】を発動させた──その筈だった。
──ああもう、賭けはしないって決めたのに……!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ディネルースが、私の目の前でヴァンパイアの振るった剣に背中から袈裟切りにされる。
「──っ!」
吹き出る鮮血、その量から一目見て致命傷だと分かった。
「なん、で……っ!?」
崩れ落ちる彼女の身体を受け止め、私はただただ困惑する。
何故こんなことを。逃亡手段として隠していたのだろう転移の奇跡を使って、自分の命を危険に晒してまで私を庇った?
「しっかり、なさい……!」
吐くような声で、ディネルースは再び私を叱咤する。
「すくうと、きめ、たなら……さいごまで……ぐぅっ!」
言葉の途中でディネルースの身体が私から引き剥がされた。ヴァンパイアの手で宙吊りにされ、ディネルースは苦悶の声を漏らす。
「……おいおい。どういうことだ、これは?」
ヴァンパイアの声音は純粋な疑問に満ちていた。
「お前さんら、揃いも揃ってあの小娘を救うために特攻してくるってのはどういう了見だ? とても勝算があっての行動とは思えん。そっちの小僧一人ならまだ頭がおかしい阿呆と割り切ることもできたが、お前さんはなぁ……?」
「ぐ……っ」
宙吊りにされたディネルースが抵抗しようともがくが、ヴァンパイアに傷口を嬲られ身体を引き攣らせる。
「見ればわかる。これまで相当な修羅場を潜り抜けてきたんだろう。本当に頭のおかしい阿呆がここまで生き延びられるとは思えんのだが──」
ヴァンパイアはディネルース、私、そして荷車の上で頭を抱えて震えているマドさんに順に視線をやり、吐息と共に吐き出す。
「──分からん。あの壊れて震えるだけの小娘を助けにくるなんざ、どう考えても正気じゃあない」
「ぐあっ!?」
ヴァンパイアは反応を見るようにディネルースの太ももに剣を突き立て、顔色一つ変えず言葉を続ける。
「あいつにお前さんらを誑かせるような可愛げがあるとは思えんし──」
「あ゛あ゛……っ」
「かと言って戦士として価値や魅力がある訳でもない。──見てみろよ?」
「ぐぅっ!?」
「とっくに魅了は解けてるってのに、お前さんらのピンチにああして震えてるだけだ」
「~~~~っ!」
「あいつは戦士ですらない。ただ人より頑丈で力に恵まれただけ──中身はどこにでもいる普通の小娘だ」
「…………」
苦痛で声も出せないディネルースと、それをただ見上げることしかできない私に、ヴァンパイアは心底不思議そうに問うた。
「お前さんらホント、何であんな奴のためにこんな馬鹿な真似したんだ?」
『────』
返す言葉はない。
ディネルースはもとより撤退しようとしていたところを私に巻き込まれただけ。
私に至っては──
「まぁいいさ。その様子じゃまともな答えは返ってきそうにないし、他人に理解できるような動機で動く奴ばっかじゃねぇわな」
ヴァンパイアは私たちの反応を見て疑問を打ち切り、視線をディネルースに戻す。
「それに便利な手駒が増える分には大歓迎だ」
「!」
屍人にするつもりか!?
ディネルースの首元に口を近づけるヴァンパイアを見て、私は指輪を嵌めた右の拳をギュッと握りしめた。
散々打つ手がない、追い詰められたと言っておいて何だが、私にはこの状況を打開する切り札がある。
もはや切り札詐欺ではないかと自分でも思うようになってきた『リング・オブ・ウィッシュ』。
万能のアーティファクトでありながら、その強力さと転生者である私に付随する異物と言うこともあり、使えばマドさんの物語を穢してしまうのではあるまいかとこれまで私は直接的な使用を躊躇ってきた。
だがその躊躇は所詮私の個人的な拘りだ。その為に救える命を──私の暴走に巻き込んでしまったディネルースを見殺しにしていい筈がない。
『────』
目が合った。私が具体的に何をしようとしているのか、ディネルースには分かった筈がない。
だが『何か』を察して彼女は視線で私を制止する──何故?
彼女の目に宿る意志の光に私の動きが固まっている間に、ヴァンパイアはその牙を彼女の首元に突き立てていた。
──ブシュ
『!』
──ゴクゴク、ゴク……
ヴァンパイアはディネルースの血を吸うと同時に己の血を彼女の体内に送り込む。血の交換。人である限り、この夜の祝福に抵抗することはできない。
「──ガハッ!?」
──その、筈だった。
私の視線の先で、ディネルースの血を吸っていたヴァンパイアが顔色を変えて苦しんでいる。
ディネルースの身体を離し、己の喉を抑え絞り出すように吐血していた。
「テメェ、何を……ッ!!?」
「馬鹿ね。おかしいと思ったら気づきなさいよ──罠だって」
瀕死の身体で踏みとどまり、ディネルースは艶やかに嘲笑した。




