第23話~破綻~
──いい腕だ。僧侶のくせして斧一本で屍人どもを捌いてやがる。装備や加護の恩恵はあるにせよ、あれだけ戦える女は中々いるもんじゃあない。
手駒である屍人の軍勢が銀髪のエルフの尼僧に蹂躙されていく様を、ガンドルフォは半ば感心にも似た心地で観察していた。
焦りや怒りはない。揃えるのに多少の手間はかかったが、屍人などその気になればいくらでも補充できる。マードレッドを確保した時点で屍人の役割は終わっていたのだから、むしろ使いどころがあって良かったとさえ考えていた。
──ああして暴れていられるのはそう長い時間じゃあない。エルフの体力じゃあ精々あと一、二分。神聖魔法を使ったとしても、その時間が倍に伸びる程度のもんだろう。この規模の屍人の群れを相手取るには明らかに戦力不足。あれほどの手練れがそのことを理解していないとは思えん……何を企んでいる?
無策で突っ込んできたなどと言うことはまずあり得まい。では、一体あのエルフの狙いは何か?
──この群れを殲滅できる切り札……は、ないな。もしそんなものがあるなら奇襲でもしてりゃいい。順当に考えれば囮、陽動ってとこだろうが……
ガンドルフォはグルリと周囲に視線を巡らせる──それらしいものは何も見当たらない。
ヴァンパイアである彼の目は夜闇を見通す暗視機能を備えているが、彼は生前戦士だったこともあり、魔力やオーラに対する知覚能力はあまり高くなかった。
──それらしい気配はない。大人数なら流石に気づけるだろうし、陽動役が一人ってことから考えても部隊を伏せてる可能性は低い。隠密行動に長けた手練れなら俺の探査を掻い潜ることは可能だろうが、流石に攻撃を仕掛けてくれば気づく。よほど油断しなけりゃ問題にはならんだろう。
あのエルフの尼僧が陽動役であることは十中八九間違いない。ああもあからさまでは余程の阿呆でもない限り奇襲を警戒する。だから奇襲を成功させたいなら陽動に十分な戦力を割き、陽動を陽動と気づかせないための工夫が必要なのだが……
──そんなことも理解できない阿呆なのか、それとも他に狙いがあるのか。だが狙いといっても俺の首以外に何がある? 足止め、時間稼ぎ、威力偵察、救出……マードレッド?
ガンドルフォは自身が鎮座する首のない馬車の少し後ろを屍人に引かれてついてくる荷車に視線をやった。そこには自身の魅了の魔眼を受け虚ろな瞳をしたマードレッドと、そんな彼女を見張るようにオルドリックの屍人が向かい合って座っている。
──マードレッドの仲間が追ってきた……?
ガンドルフォが賊の血を吸い得た知識によれば、マードレッドは雑用や力仕事で糊口を凌いでいるソロの冒険者ということだった。仲間がいるという情報はなかったし、一人で突っ込んできたことから今もソロに違いないと思い込んでいたが、最近仲間が出来た可能性がないわけではない。
──ふむ。あり得ないことじゃあないし、不可能でもないか。俺自身への警戒が高まればその分マードレッドへの注意はおざなりになる。マードレッドの生死までは把握できてはいないだろうから、その辺りを確認して可能であれば救出する、ぐらいの気持ちで何か仕掛けてくることは考えられるかもな。
ガンドルフォはその常識的に考えて薄い可能性を肯定する。実際、彼が生前冒険者であった時、仲間を助けるためにそうした無茶をしたのは一度や二度ではない。
「──ハッ」
思わず笑みがこぼれる。
──まぁいい。好きにさせてやるさ。
その薄い可能性を気にして自身の守りを疎かにしたのでは本末転倒。ガンドルフォは胸中でそう嘯くと屍人で自分の周囲をガッチリ固め、マードレッドたちを載せた荷車から不自然にならない程度にそっと距離をとった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──くっさ……!
『こんなこともあろうかと!』と人生で一度は言ってみたいセリフ五選に入りそうなそれを口にできるシチュエーションに恵まれながら、しかし私はあまりの臭さと気持ちの悪さで全くそれどころではなかった。
原因は私が纏っているフード付きマント。乾燥した泥に塗れてボロボロで、兎に角汚く、何より臭い。真冬のホームレスだって着ることを躊躇いそうと言えば、そのボロっぷりが伝わるだろうか?
私は今そんなアンデッドにピッタリのファッションを身に纏い、屍人の群れの中にそろりそろりと潜り込んでいた。
『…………ゥ』
周囲の屍人が私に気づいた様子はない。マントが上手く作用しているようだ。
この汚くて臭いマントは数日間共同墓地の一角に埋めて、死臭とオーラとをたっぷりと沁み込ませた一品。アンデッドの多くは敵味方をオーラで識別し、生者の気配に反応して襲い掛かってくる。ディネルースのアドバイスでアンデッドの知覚を誤魔化すためのマントを準備していたのだが、まさか本当に使うことになるとは思っていなかった。
マントだけではヴァンパイアのような知性の高いアンデッドは誤魔化せないので、私は更に【変装】の呪文で自分の見た目を屍人っぽく変えている。
この二重の変装でどこまでアンデッドを誤魔化せるかは賭けだったが、今のところは上手くいっており、群れの中に潜り込んでも周囲の屍人が襲い掛かってくる気配はなかった。
──だけど、あまりのんびりしてるわけにもいかない。
『ハァァァァッッ!!』
自分がいる場所から少し離れた群れの前方からディネルースの雄叫びと戦闘音が聞こえてくる。この位置からでは戦いの様子までは確認できないが、この状態はそれほど長くは続くまい。
今、自分がこうして敵の注意を引かずに行動できているのはディネルースが敵の目を引き付けてくれていることが大きい。これがいつまで続くかは分からないし、あるいは敵が怪しんで周囲を警戒し始めるかもしれない。出来るだけ早く、しかし怪しまれないよう落ち着いてマドさんを救出しなくては。
──しかし臭い。集中力が削がれる。あの墓地、死体以外にも何かヤベーもん埋めてるんじゃないだろうな……?
慎重に行動しなくてはとは分かっているのだが、あまりに纏っているマントの臭いがキツくて思考が乱れる。ちょっと漬け込み過ぎたかもしれない。ああいやしかし、この臭いが無ければアンデッドの群れの中に忍び込むとか怖くて平静ではいられなかっただろうから、この臭いのお陰でまだ正気を保っていられるのかもしれない。
──いかん。何を考えてるのか自分でもよく分からなくなってきた。マドさんはどこだ? ディネルースの話だと魅了されて支配されてるってことだけど、その手の精神異常はちょっとした切っ掛けで解けることがある。普通に考えれば目の届くところに置いて、屍人に運ばせてるんじゃないかと思うんだけど……
群れの中心部にソロソロと近づきながら、怪しまれない程度に視界を巡らせそれらしいものを探す。
──あれは……首のない馬車か? 首無し騎士が乗ってるイメージがあったけど、あの人影には首がある……ディネルースの言ってたヴァンパイアか?
首のない馬車に荷台はなく、二頭の首のない馬が御者台をそのまま引くような構造になっている。乗っているのは御者台の男一人だけで、マードレッドが一緒にいる様子はなかった。
──となると怪しいのはその後ろの荷車……お、馬車が離れていくぞ。今の内だ。
するすると屍人の間をすり抜けて荷車に近づく、と──
──いた! マドさんだ!!
見張りらしき屍人が一緒に乗ってはいるが、拘束されている様子はない。顔色も悪くなく、特に大怪我をしているということもなさそうだ。
逸る気持ちを抑え、首のない馬車に乗る男に気づかれないよう背後からそっと荷車に近づく。
「……マドさん」
顔が覗き込める位置にまで近づいて小声で呼びかけるが、反応がない。マドさんは虚ろな目付きで正面を向いていて、ディネルースの言った通り正気ではないようだ。
だが私も精神異常の対策はしている。予め懐に忍ばせておいた鎮静効果のある霊薬の瓶の栓を抜くと、荷車のペースに合わせて横を歩きながら、その中身の液体をマドさんに振りかけた。
──ベチャ!
「…………」
液体はマドさんの胸を濡らすと、すぐに揮発してマドさんの肺の中に吸い込まれていく。
一〇秒、二〇秒。私が反応のないマドさんの横を並行して歩きながら、もう一度試してみるかと迷っている、と──
「…………ぁ」
「!」
マドさんの口から微かに声が漏れた。ただの生理反応ではない。私は後押しするように囁くような声で彼女に呼びかけた。
「マドさん……マドさん、起きてください……!」
「…………」
「っ! マドさん……!」
「……ぁ、ぁ」
ハッキリとした反応があった。私が更に強く呼びかけようとした──その時。
「あ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
マドさんの悲鳴が、夜の荒野に響き渡った。




