第22話~開戦~
ヴァンパイア・ガンドルフォは屍人の軍勢を率い、その中心で首のない馬車に腰を下ろし東の本拠へと帰還していた。
後方で屍人たちが引く荷車には今回の戦利品であるマードレッドが転がっている。
想定より楽に手に入れることが出来たが、喜びや高揚感などは特にない。勿論、罪悪感の類も。ただ馬車に揺られ移動しながら、これを今度どう使うかに思考を傾ける、と──
──ガクン!
馬車を囲む屍人の前進が止まり、それにつられて馬車もブレーキ。ガンドルフォの身体が慣性で揺さぶられる。
「──っと。どうした?」
思考の海から意識を浮上させ、ガンドルフォは目に魔力を集中させ視力を強化する。
「あれは……」
屍人の軍勢の進行方向を遮るように、エルフの尼僧がそこにいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──はぁ、何でこんなことになっちゃったのかしら……?
エルフの尼僧──ディネルースは数百からなる屍人の軍勢を前に内心溜め息を吐く。
馬鹿なことをしているという自覚はあった。
彼女は囮を利用しターゲットの位置を特定するという当初の目的を既に達している。近隣の住民への差し迫った危険もない。後は十分な戦力を揃えてターゲットを討伐するだけ。こんな勝算のない戦いに挑む意味はどこにもなかった。
──負い目がないわけじゃないけど、なんだかなぁ……
彼女自身、何故こんなことをしているのかよく分かっていなかった。罪悪感や埋め合わせにしたってもっと他にやり方があるだろうと思う。こんなことをして本当に何の意味があるのか。
『グォォ……ッ』
進軍を停止していた屍人の軍勢が再びディネルースに向かって動き出す。
停止していたのは罠を警戒したためか。そして進軍を再開したのは屍人をぶつけての様子見──あるいは単純に物量で罠ごと踏みつぶせばいいと判断したのだろう。
──正しい判断だわ。私が敵でもそうする。
軍勢の向こう側から自分に突き刺さる視線を感じつつ、ディネルースは聖別された長柄斧を構える。
それとほぼ同時、先頭の屍人が駆け足を速め飛び掛かってきた。
『グル──ッ』
──ドンッ!!
一太刀で、聖なる加護を宿す長柄斧は屍人の肉体を頭から股にかけて紙のように両断する。
──まぁ、駄目なら駄目で適当に暴れて、危なくなったら逃げるだけよ。
津波のように押し寄せる屍人の軍勢を、銀の嵐が蹂躙した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時は少し遡る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………いや、黙ってないでどうするか決めてよ」
ディネルースに選択を迫られた私は、進むことも引くことも選べずその場に立ち尽くしていた。
詰められてもなお黙したままの私を見て、ディネルースは耳にかかる長い髪をかき上げて深々と溜め息を吐く。
「はぁ~。あのさ、どうするかとは聞いたけど、実際問題結論は一つしかないでしょう? この状況であの数の屍人を相手にするのはどう考えても不可能だわ。無駄に突っ込んで自殺したいって言うならともかく、そうじゃないなら一旦退いて援軍を呼んでくるしかないの」
「…………」
「捕まったマドちゃんをそのままにして逃げ出すのは気がひけるって気持ちは勿論分かるわよ? でも無策で突っ込むよりその方がマドちゃんを助け出せる可能性が高いんだからそうするしかないじゃない」
「…………」
「それとも何? 君にはこの状況からマドちゃんを助け出す凄い策やアイデアがあるって言うの?──な訳ないわよね。そんなものがあったら君はとっくに動いてる。何もないからこうして固まってるんでしょう?」
「…………」
俯いたまま一向に反応を見せない私に、ディネルースが苛立つのが気配で分かった。
「……私もね、自分のせいとまでは言わないけど、私があんな木片持ち込んだせいでマドちゃんが一人で突っ込むことになって、ほんのちょっぴりだけど罪悪感みたいなものがないわけじゃあないの。だから可能ならあの子を助けたいと思ってるし、苦しい君の気持ちもわかるつもり。でもこうなっちゃったら仕方ないじゃない。私たちは出来ることしか出来ないんだから。せめて出来ることをしっかりやるしかないでしょう? マドちゃんを救える可能性があるとすればそれしかないんだから」
「…………」
「っ! あ~もう付き合ってらんないわ」
ディネルースが吐き捨て、その場から離れていく。
私は追うことも引き留めることも顔を上げることすらできず、ただただジッと立ち尽くしていた。
「~~~~っ」
離れていく足音が止まって、再び近づいてきた。
そして目の前で止まり、私の顔が両手で掴まれ強引に上を向かされる。すぐそこには葛藤するディネルースの顔があった。
「あ~~っ! いい!? こうなったら私が持ってる情報は全部教えてあげるから、よく聞きなさい!」
情報?
「まず、マドちゃんはまだ生きてる! アンデッドにもなってない! だからまだ、助けられる可能性はある!!」
「は? なんで、そんなことが……」
気休めのつもりか? それともだから急いで援軍を呼んで来ようとでも言いたいのか?
「さっき、マドちゃんが暴走する可能性は想定してたって言ったでしょ? 念のため、居場所が分かるよう彼女にマーキングしてたの」
そう言ってディネルースは淡く光を放つ聖印を掲げてみせた。私が把握していない僧侶系の探査呪文だろうか?
「ある程度近づかなきゃ効果は薄いけど、この距離ならマーキングした対象がどうなってるか、大体の情報は把握できるのよ。だから断言するわ。マドちゃんはまだ生きてる。アンデッドにもなってない」
「…………」
その言葉に頭の中が一杯になって、呆然と彼女を見つめる。
その視線を別の意味に解釈したのか、ディネルースは少しだけ気まずそうに弁解した。
「別に隠してたわけじゃないのよ? ただこの状況でマーキングのことを説明したら余計話が拗れそうな気がしたから……」
それを隠していたと言うのだと思うが、今更話を拗れさせるほどの心の余裕は私にはなかった。
それでも少しだけ気持ちを立て直し、聞くべきことを確認する。
「他に……他に何か分かることは? 怪我とか、命の危険みたいなものはないんですか?」
「……魅了されてるわね」
ディネルースは私の問いに、少しだけ躊躇う素振りを見せてから答えた。
「魅了?」
「ええ。と言ってもメロメロになってるとかじゃなくて一種の精神支配ね。そしてアンデッドでこの手の能力を持ってる存在は少ない。群れの規模や種類から見て、十中八九敵の中心にはヴァンパイアがいるわ」
ヴァンパイア──吸血種にして夜の貴族。知性に目覚めたばかりのレッサー種でさえ並の戦士では歯が立たない難敵で、エルダー種以上ともなれば実際に国一つ滅ぼした例もあると聞く。
「具体的にどのレベルのヴァンパイアかまでは分からない。レッサー種ならまだ一対一に持ち込めれば勝算もあったけど、この規模の群れを統率してるとなるとエルダー種の可能性が高いわ。というか、仮にレッサー種でもこの群れを突破して勝負に持ち込むのは現実的じゃない」
「…………」
「……この規模の群れを突破して、ヴァンパイアからマドちゃんを救出するなんてのは私たち二人じゃどうやったって無理なの。マドちゃんを助けるためにも、私たちは一刻も早く助けを呼んでくるしかない──分かるでしょう?」
よく分かる。ディネルースの言いたいことはよく分かった。
「──分かりました」
「……そう。良かった。なら──」
「ディネルースさんは直ぐに町に戻って助けを呼んできてください」
「──……」
私の発言にディネルースは言葉を途切れさせ、それが言い間違いか何かであることを確認するように言った。
「……私“は”って聞こえたけど、当然君も一緒に戻るのよね?」
「…………」
「ちょっと?」
「……援軍を呼んでくるだけなら私は必要ありません」
「おい」
ドスの利いた声。それを無視して私は続ける。
「援軍が来るまでマドさんが無事だって保証はどこにもない。だったら私は出来ることをやります」
「だから! 君にはその出来ることが何もないって言ってるんでしょ!?」
「…………」
「まさか何? 君には何か秘められたスーパーパワーか何かがあって、ここから状況をひっくり返せるとでも言うの?」
「…………」
「黙ってないで何とかいいなさいよ!?」
「…………」
厳しく詰められて、しかし私は何も言わない。
ディネルースが本気で私の身を案じて言ってくれていることは分かる。けれど言えない。言える筈がない。
私にはこの状況からマドさんを救い出す術があった。
あらゆる奇跡を叶える『リング・オブ・ウィッシュ』のアーティファクト。それさえ使えばマドさんを救い出すどころかこのアンデッドの群れを殲滅することさえ不可能ではない。
今まで私は異世界から紛れ込んだ異物に過ぎない自分が、くだらない力でマドさんの物語に介入し穢すことを恐れていた。だってそうだろう? 私がアーティファクトを使えば、彼女の研鑽や苦労や想い、色んな積み重ねを全て無視して結果だけを持ってくることが出来てしまう。それは彼女はもとよりこの世界で必死に生きている人たち全てへの冒涜ではあるまいか。
だが同時に、それは所詮、私一人の感傷に過ぎないのではないかとも思うのだ。
そんな私個人のこだわりでマドさんを危険に晒し、見捨ててしまっていいのか。
私は今もその二つの想いの狭間で迷い、どうすべきか決断できずにいた。
──だけど行く。
どちらが正しいのかは分からない。
それでもこのまま引き下がってはならないということだけは分かっていた。
「…………」
「あ~、もうっ!」
私が何も言うつもりがなく、しかし意見を変えるつもりもないことを理解したのだろう。ディネルースは美しい銀髪を掻きむしり深々と嘆息。諦めたように天を仰いだ。
「……もういいわ。分かった。君がどうするつもりか分からないけど、最後に少しだけ手を貸してあげる」
「え?」
「いい? 一度しか言わないからよく聞きなさい。これから私はあの群れに突撃して囮になってあげる。何をするつもりかは聞かないから、君はその間にどうにかしてマドちゃんを救ってみなさい」
一方的な宣告。だがそんなことをすれば危険なのはディネルースだ。私の勝手に彼女を巻き込むわけには──
「勘違いしないで」
「!?」
私の反論を遮って、ディネルースは指を突きつけた。
「一当てして適当に暴れたら私は直ぐに逃げるから。その為のカードくらい持ってるし、君の自殺に付き合うつもりはない」
「…………」
「これは仮とはいえ仲間だった君たちへの最後の義理立て。チャンスを活かすも殺すも君次第よ」
「……分かり、ました」
辛うじて、頷く。
どうすべきか、自分自身答えはまだ見えていない。だがどうあれ隙を作ってくれるというなら、素直に感謝し受け入れる。
そんな私の反応にディネルースは「よし」と頷き、長柄斧を担いで思い出したように付け加えた。
「最後に一つだけ忠告。君がどうやってマドちゃんを救うつもりかは聞かないけど、彼女を戦力にカウントしたりすぐに動けると期待するのは止めた方がいいわ」
「え?」
「捕まった時にどんな目に遭ったのかは分からないからね。魅了をどうにか解除できたとしても、心に負ったダメージや恐怖まではぬぐえない。君はマドちゃんを絶対視しているみたいだけど、彼女もまだ十代の女の子だからね。辛い目に遭えばすぐには立ち直れないことだってある」
「────」
ディネルースは私の反応を待つことなく、アンデッドの群れに立ち向かうべくその場を走り去った。




