守り手の使命
『帰ってきたぜ!居心地の悪い村とはおさらばや!』
言ったはいいものの、なにか不穏な気配がする。
『ねえ、お姉ちゃん。中に入らない方がいい気がするのは気のせいかな』
ミミちゃんは不安そうだ。
『いや、私もそう思う。ミミちゃんのお母さんが心配』
ミミちゃんの手は震えている。扉の方へゆっくりと、だが確実に、近付いていく。
『大丈夫。なにかあったら私がミミちゃんごと姿を消すから』
『うん、じゃあ開けるよ』
キィーン、と音を立てて扉が開く。木々が静まり返っているせいか、やけに扉の音が大きく感じられた。空気には緊張感が走っている。
「お母さん?ただいま。帰ってきたよ」
返答はなく、暗い家の中、ミミちゃんの声だけが響く。ミミちゃんの足はすくんでいる。
『進もう。大丈夫』
『……うん。』
廊下を歩き方、居間へと向かうと
「ミミ……!」
「お母さん!」
ミミちゃんは床に倒れているお母さんの方へとすぐさま駆け寄る。
「お母さん……お母さん!血が出てる。誰にやられたの?ねえ、どうすればいいの?」
「ミミ、落ち着いて、落ち着いて話を聞いてね」
ミミちゃんは取り乱している。
「うん、聞くから、聞くから死なないで!」
ミミちゃんのお母さんの声は弱々しい。想像したくないことだが、彼女の声色や様子から、もう手遅れだと言うことが暗に感じられる。
ミミちゃんの感情がありありと伝わってくる。
動揺、逃避、悲嘆。あらゆる感情でぐちゃぐちゃになっていた。
「『リヴァランス』に『シールドセライト』を奪われたわ。魔法を使って抵抗したけど、逃げられたわ。」
そう言って天井の方を指差す。隕石が落ちてきたみたいな大きな穴が天井に空いていた。敵対者の血痕などがまだ残っている。
「どうして……魔法が効かないなんて、私達に対処できることじゃない。他の皆も狙われてる……?」
「きっと狙われてると思う。襲われたのは私が最初ね。それに、魔法が効いてない訳ではないわ。実際致命傷を負っていたし、殺したと言っても良い。でも、それだけじゃ足りなかったのよ。」
グハ、とミミちゃんのお母さんが血を吐く。
「お母さん……お母さん、もう話さなくていいから、今助けるから」
ミミちゃんの鼓動がどんどん激しくなる。
「話を最後まで聞いてね、ミミ、ここにいては危険よ。どこかに身を潜めたほうがいい。魔法を使える者を全て排除してから『リヴァランス』は禁忌を解き放つつもりよ。」
ミミちゃんのお母さんの呼吸が弱くなるのを感じる。
「ミミ、よく聞いてね。『パンドラの守り手』に今回の出来事を伝えて欲しい。後、襲撃者は『魔法に耐性がある訳じゃない。』言っている意味、分かるわね?」
ミミちゃんは泣きながら答える。
『分かる……分かるけど、そんなの信じられないよ……』
「彼らは計画的に事を進めている。襲撃者の特徴からして、次の襲撃までは時間があると思うから、だから……」
ミミちゃんのママは話をすることも苦しそうだ。痛みに耐えながらも、ミミちゃんを安心させようとしているのが伝わってくる。
「お母さん、もういいから。ね、もう……」
「……ミミ」
「……お母さん」
「愛してるわ」
ミミちゃんのお母さんの体から力が抜ける。
「お母さん……?お母さん!お母さん!」
『ミミちゃん、ここから離れよう。ミミちゃんのお母さんが一番望んでるのは、ミミちゃんの身の安全だと思うよ』
「お姉ちゃん、お母さんを生き返らせて!」
『え?いや、そんなこと』
「いいからやって!」
ミミちゃんに気圧されてとりあえずミミちゃんのお母さんに憑依してみる。
何も感じない。動かすこともできない。私は人智を超えている存在だけど、生命を生き返らせることなんてできない。ミミちゃんも分かっているはずだ。
『ごめん、ミミちゃん。お母さんは生き返らせることはできない』
「……うん。うん」
なんとか気持ちを抑えようとしているのが分かる。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
この言葉を区切りに、ミミちゃんはなんとか呼吸を整えることができた。
『ミミちゃん。しばらく一人でいたい?』
きっと、ミミちゃんはまだ現実を受け入れることができていないはずだ。
『いや、お母さんの言う通りにする。ここから立ち去って、『パンドラの守り手』にこのことを伝えて、それから……』
『うん。じゃあそうしよっか。どこに向かう?』
しばらくの間沈黙が流れる。
『……今日はここにいたい』
……。ここから離れたほうがいいのは確かだが、心の準備ができていない状態で行動するほうが返って危険かもしれない。私がついてるし、今日はいいだろう。
『分かった。私が見てるから。ミミちゃん。とりあえず目瞑って休もうか』
ミミちゃんはいろんな葛藤と戦っているはずだ。襲撃者に対する恨み、お母さんの言っていたこと、自分の感情。
目の前の現実を対処するだけでも精一杯なのだから、私がミミちゃんの代わりに背負えるものは背負いたい。
『ありがとう、お姉ちゃん』
そう言って、はかなく笑って見せる。こんな状態であっても他人を気遣えるミミちゃんは本当に優しい女の子だ。もう二度と辛い思いなどしてほしくない。
『うん。ミミちゃんは安心して休んでてね。私がずっと見守ってるから』




