俺、大家
「1週間、お世話になりました」
米10キロ、ピーマン、ナス、トマト、キュウリ、スイカが入った袋を両手に持ち、見送りに来た皆に頭を下げる。
「こーちゃんは力持ちらぁ」
「おめ、唯の婿になればいいべさ」
「ほんだら宗剛家も安泰らー」
ガラス、木工、彫金のじいちゃん、ばあちゃん職人たちが、ワハハと笑う。合計年齢210歳、定爺に頼まれ、皆に小回復をかけてから、そこそこ打ち解けていた。ポーション瓶の改良も話し合ったし、何より昨日、ゆんのミスリル加工が初めて上手く行った。
「剣鉈、斧、弓、槍は、俺の知ってるもんたちで今作ってるけえ、出来たら連絡するら」
そう言って定爺が、餞別と言って新聞紙で包んだ何かをくれた。
「ありがとう、定爺」
「おめに定爺てえ呼ばれる筋合いないけえ。言っとくがまだ認めてないら」
ふんっと顔を背ける。認めてないって、何を?
「こーちゃん、また来なっせ。待っとるけえ」
「色々作るけえ、仕事持って来いら」
「……14日後、否応なしに忙しくなるから、元気でいてください。無理はせず」
「これで元気ハツラツら」
「ポーション瓶、徹夜で作れるけえ」
「蓋もなあ」
俺があげた生命力回復ポーションを、ニヒヒと見せて来る。
「……あんまり無理しないで下さいよ?」
「航ちゃん、行くよー」
軽自動車に乗ったゆんが、ププッとクラクションを鳴らす。俺はもう一度頭を下げると、ゆんの乗る助手席に乗り込んだ。
「また来なっせー」
手を振るじいちゃんたちと、腕組みしてそっぽを向いている定爺を残し、車は走り出した。
「良いじいちゃんたちだな。……ダンジョン出来たら、大丈夫かな?」
まだ手を振っている皆がバックミラーに映る。
あの人たちは、生き残れるだろうか。
「何言ってんの! ダンジョンから魔物は出て来ないんでしょ?」
運転中のゆんがちらりと俺を見た。俺が頷くと安心したように笑い、
「じゃあ大丈夫だよ」
と、何度も頷いた。
「そうだな……。ゆん、この辺で降ろしてくれていいよ。ありがとう」
定爺たちも見えなくなり、餞別で貰った米や夏野菜を空間庫にしまう。後はマシロの転移で家に帰るだけだ。
「ええー? だって今あたしが帰ったら、おじいちゃんたちに怪しまれるよ? 駅まで1時間以上掛かるんだから」
ゆんがハンドルを握りながらぷっと膨れた。
「それもそうか。じゃあ買い物して帰れば? 俺たちはー」
金を下ろすのは良いが、新幹線代がもったいない。やっぱり転移一択だ。
「新幹線代がもったいないから、転移で帰るよ。マシロの」
「え!? ダンジョン以外で、マシロちゃん転移出来るの?」
ゆんが急ブレーキを踏んだ。
「危なっ! ……えっと、一度行った事があればね」
「ちょっと航ちゃん、降りて!」
なんだ、いったい? 言われるがままに車から降りると、なぜかゆんも降りて来た。
「航ちゃん、車収納して? 出来るでしょ?」
「はい?」
俺が戸惑っていると、いいから! と、ゆんがせっついて来る。ゆんの軽自動車を収納すると今度は、
「じゃあ行くよ! マシロちゃん! 家に帰ろう」
とニカッと笑った。
「……ちょっと銀行で金下ろしてくるから。ゆんはPちゃんたちと部屋にいて」
「あー、うちの近く、銀行もコンビニもないもんね。了解! おじいちゃん心配するから、車で東京まで送るって連絡しとくわ。そのまま泊まる事も」
「……泊まるの?」
「賢者の家に部屋、余ってるんでしょ?」
ゆんがニカッと笑う。……俺、今度こそ定爺に斬られるんじゃないだろうか。
ため息をつきながら、玄関に靴を持って行き履いていると、妙に静かな事に気がついた。まだ午前中だというのに、工事の音が聞こえない。
「今日は工事休みかー」
カチャリとドアを開けて、しばし固まりドアを閉めた。振り返り、自分の部屋をゆっくり見回す。
「ピ、航平、瞬間移動でも使いましたピ?」
「キュイ?」
「航ちゃん忘れ物?」
三人が玄関に近寄って来た。
「いや、ちょっと確認を」
どっからどう見ても俺の部屋だ。じゃあ外のあれは、なんだ?
「ピ?」
「キュイ?」
Pちゃんとマシロが肩に乗って来た。もう一度玄関ドアを開けて外をうかがった。
黒く艷やかなアスファルトで舗装された道が公道まで続き、白く塗装された鉄柵が横に延びている。同じ作りだったはずの隣の部屋ドアが、オートロック式の最新モデルの扉に変わっていた。その隣も……。
……上の階は!?
慌ててアスファルトの上に飛び出し見上げると、アパートの全貌が明らかになった。
「ピ、航平のアパートがありませんピ」
「……これはアパートじゃない……マンションだよね?」
「ええ!? どうなってるの?」
アパート……いや、5階建てのマンションを俺たちが見上げていると、背後で車が止まり、ドアの開く音が聞こえた。
「航平君! やっと帰って来たな? ダンジョンに籠もって、もう出て来ないんじゃないかと思ったぞ? クククッフゴッ! 失礼。おや? 唯も一緒かい?」
車から降りて来た先輩が笑いながら近寄って来た。
「……先輩、これは」
「どうかな? ついて来てくれ」
先輩が隣のドアの横についた小さなボックスに、人差し指を差し入れ、少し屈んで中を覗き込む。
「指紋と網膜認証だ。後で登録してもらうよ」
カチリとドアが開き、先輩が中に入って行く。後に続いた俺たちが目にしたのは、北欧テイストの洗練されたダイニング、10人は一緒に食べられるサイズのテーブルとイスが並んでいる。奥の部屋は広いバスルーム。
外付けのエレベーターに乗り上の階へ上がると、会議室にはパソコンがいくつも置いてあり、プロジェクタースクリーンまである。トレーニングルームには、どこを鍛えるものかも分からない器具が並んでいた。
「ひとつの階に以前のような3つ並びだと狭いから、2つの部屋にした」
カードキーを通し、ドアを開ける。ベッドからテレビ、冷蔵庫、小さいがキッチンもついている。シャワールームに洗浄付きトイレ……もちろん自動開閉だ。
「うわー、すぐ住めるね、ここ」
ゆんがほうっと、両頬を押さえる。
「どうだい? 気に入ってくれたかな? 大家さん?」
俺が何も言わないからか、先輩が少し不安そうに聞いてきた。
「……いや、凄いですよ。たった1週間でここまで……信じられないです」
「そうだろう? うちの土木建設部門は優秀な人材ばかりだからな。総動員させた。クククッフゴッ!」
先輩が誇らしげに鼻を鳴らす。
「……でも、ひとつ良いですか?」
「なんだい?」
「なんで俺の部屋は、そのままなんでしょう?」
「ダンジョンがあるからな。作業員に見せられないだろう?」
何を言ってるんだとばかりに首を傾げた。そりゃあそうだ……。
そりゃそうだけど、でも俺も、洗浄付きトイレが欲しかった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 今度こそ滑り込みセーフ(;´Д`)




