定爺
「ああ、分かった。暗さは大丈夫。悪いね、遅くに」
ゆんとの通話を終え、スマートフォンをパンツのポケットにしまう。
周りの畑からカエルの低い鳴き声が聞こえ、眼調整が無かったら何も見えないだろうと、容易に想像できる民家の無さ、そんな所だった。
「この先に大きなクスノキがあるから、そこを右に曲がって、行き止まりの家らしい」
現在23時、東京を出たのが22時を過ぎていたから、下道で1時間弱。まあその間、魔力100消費の生命力1000回復する大回復をかけまくり、魔力回復ポーションを飲みまくり……やっとたどり着いた。
「……ここだ。でっかい家だな」
低い石垣に囲まれた典型的な茅葺きの日本家屋。玄関前には1台に軽自動車が止まり、ガラスをはめ込んだ木製の引き戸からは明かりが漏れていた。
……よし、まずは爽やかな笑顔で挨拶を……。気持ち悪くなんてないぞ……。逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ!
どこかで聞いたセリフが頭を巡る。インターホンが無いので、扉を直接叩いた。
カシャンカシャンッ
「……ごめんください」
ガラッ
すぐに引き戸が開き、茶髪ショートの、Tシャツを押し上げるたゆんたゆん……、ゆんが姿を現した。
「航ちゃん! ほんとに来たねえ! ……どうしたのその顔? ウシガエルでも踏んだ?」
爽やかな笑顔ですけど!?
「まあ入って入って、虫入るから」
「あ、ああ。お邪魔します」
土間から木の床に上がり、ゆんの後について行く。
「ご両親は? もう寝てる?」
しんと静まり返った家に、床板のきしむ音だけが響いていた。
「両親とは離れて、おじいちゃんの所に居候しながら弟子してんの、あたし」
「へえ、じゃあおじいさんは?」
「もう寝てるよ」
「そっか。確か夜は酒飲んで寝ちゃうって言ってたもんな。名前は確か、さだ……」
なんだっけ?
「定成ら」
「おわっ!?」
廊下に面していたふすまが突然開き、ゆんと同じくらいの背のじいさんが顔を出した。
「やだおじいちゃん、起きてたの!?」
「こんげ夜更けに訪ねて来るとは、さてはおめ、警察にでも追われてるら?」
……刑事ドラマ観過ぎだよ、定成さん。
「もうおじいちゃん、この人徹さんの友だちだよ? そんな訳ないじゃん」
「ふんっ。唯に手え出したら叩っ切るけえ」
定成さんが背中を向け、自分の尻を叩くやいなや、とっとと行ってしまった。
なんだよ!? 子供かっ!? もう『定爺』決定。心の中で。
「ごめん、おじいちゃん人見知りだからさ。悪気はないんだよ。それより航ちゃん疲れたでしょ? この部屋使って」
悪気しかなかったよ?
案内されたのは、床の間に掛け軸がかかった、12畳の畳部屋だった。
「で、早速なんだけど、見てもいい?」
ふすまを閉め、目を輝かせながらゆんが振り向く。
「ああ、もちろん」
Pちゃんとマシロを外に出し、空間庫からミスリルの塊を畳の上に置いた。
「これが……ミスリル。綺麗だねえ」
「そんげなもん、どうしたら」
少し開いたふすまから、鋭い目がきらりと光った。
「おじいちゃん! 盗み見なんてさいてー!」
ムキーッとゆんが両手を上げる。普通に見られた。Pちゃんとマシロはとっさにぬいぐるみのフリをし、敷かれた布団に転がっている。
「おめ、そげにどでかい銀どうしたら? 盗んだのけえ?」
パンッと、ふすまを盛大に開いた定爺の手には、日本刀が光っていた。
「おめ東京もんら? さっき電話で、これから行くってえ、唯に言っていたのは聞いてたけえ。それから1時間でおめは来た。車の音もしねえ。何もんら?」
手に日本刀、疑われている俺……なんか前にもこんな事、あったな……。
Lv1 宗剛定成(ソウゴウサダナリ) 86才
種族:人間
職業:鍛冶師(高)
生命力100/140
魔力:ー
体力:6
筋力:13
防御力:8
素早さ:7
スキル:鑑定1 火系防御2 眼調整2 道具創造2
火系防御はゆんと同じだ。ただ……道具創造ってなんだ?
道具創造:固定概念に囚われず新しい道具を作り出す
定爺……じいさんにしとくのはもったいないスキルだな。ん? 生命力が減ってる。状態は何も出てないし……年のせいか?
「銀でも無いし、盗んでもないですよ。それより定成さん、体の調子が悪いとかあります?」
「航ちゃん、なんか分かるの? 最近晩酌しないから、なんかおかしいなって……」
ゆんが戸惑ったように定爺を見る。
「そげなことおめに関係ねえら」
「そうなんですけど……まあ、ゆんが心配してるみたいだし。ちょっとすいません」
日本刀を構える定爺に手を向け、小回復をかける。
「……おめ、何したら……」
自分の体を驚いたように触っている定爺を鑑定すると、生命力が元に戻っていた。良かった、歳で基礎生命力に戻らないかと思ったら違ったようだ。
「いや、ちょっと元気になるまじないを。もうお酒飲めると思いますけど、ほどほどに。それとちゃんと病院行った方が良いですよ?」
俺の言葉にカッと目を見開くと、ドタドタと部屋を出て行った。
「ありがとう航ちゃん。おじいちゃん、鉄打った後の晩酌がホントに好きだったからさ。今度引きずってでも病院連れてくよ」
ゆんがニカッと笑った時、定爺が日本刀の代わりに、日本酒の一升瓶とコップを持って戻って来た。
「おめ、名前は?」
「田所航平ですけど……」
「田所! 呑むら!」
ホイッとガラスのコップを差し出す。
「はい? いや、俺すぐ酔っちゃうんで……」
俺が断ると、定爺がニカーッと笑った。
「今日は泊まって行くら? 呑め!」
有無を言わさず、ドボドボと酒を注いでくる。
「はあ、じゃあちょっとだけ……あ、美味い」
「そうだろお? 『鬼酔』ってえ地酒らあ。うめえぞお」
ニカーッと定爺が笑いながら酒をあおる。俺もつい釣られて2口目を呑む。
「航ちゃん、大丈夫?」
ゆんがいつの間に漬物を切ってきてくれた。
「ありがとう。なんか酒に強くなったのかも」
そういえば異常耐性があるから、俺酔わないんじゃないかな? そう考えると酔わない気がしてきた。
(ぴいちゃん、俺さあ、酔ってないよねえ……)
(……もう酔ってますピ。ちなみに異常耐性に酒耐性は入ってませんピ)
(あはは! うそーん……)
そして俺は記憶を失くした。
ああ、これはつきたての餅。きな粉も良いが、大根おろしと醤油も捨てがたい……。
モニュモニュ……ん? モニュモニュモニュ……。
「うーん……」
つきたての餅……ゆんが転がって、俺の右手から離れて行った。左手には定爺が足を絡め、腕十字をキメながら爆睡している。
……強そうな酒だなと思った事は覚えてる。でもこれは、どういう状況だ!? たゆんたゆん餅をもんでしまった! 凄く美味しかった!
「航平、おはようございますピ!」
「キュイ!」
「しっ……。定爺にバレるぞ?」
「もうバレてますピ。定爺と私たちは『ピイ助』『真っ白』の仲ですピ」
「キュイィ」
Pちゃんとマシロが手を上げる。
「え? そうなの?」
「ううん……おはよ、航ちゃん」
起き出したゆんが、照れたように俺を見て、ふいっと顔を背ける。あれ? もしかして……もんだ事がバレた? マズいぞ……。
「ゆん、あれは餅と……」
「田所よ……分かってるら」
いつの間にか起きていた定爺が、半目で俺を睨む。
ひいぃ! もんでしまったのはホントにすいません!
「男女がデキてしまうのはしょうがないけえ」
定爺がため息混じりに呟く。
……何した!? 俺何しちゃったの!?
「二人の事は、俺たちも手伝うら」
二人の何を!? まさかもう結婚?
ゆんを見るとゆっくり頷いた。同意!?
「しっかし男女とは長生きしてっと色々あるもんだら」
「もうおじいちゃん、『男女』じゃなくて『ダンジョン』だよ」
「そう言ったべさ。男女」
全身の力が抜け、座り込んだ俺の肩にゆんが手を置く。
「ミスリル加工は約束通り私ね? それでおっぱいもんだの、チャラにしてあげるよ」
ゆんがニカッと笑った。
……気づいていたんですね?
「……田所、そこに直れ。痛みは感じさせんけえ」
定爺が持つ日本刀が、ギラリと光った。……もうイヤ。
それからまさか1週間も、定爺の家に厄介になるとは思いもしなかった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m滑り込みー




