ゲンちゃん
「……なんかイルカが捕れたんだけど」
「ミュー……」
バチバチと放電している雷網の中で、砂まみれのイルカが弱々しく鳴いた。
肉食系:幻鯨 Lv103
攻撃パターン:超音波網、水魔法8
触れると気絶、あるいはショック死する超音波の網で捕獲、捕食する
弱点:無し(注釈:発見されるのは稀で生態詳細不明)
状態:瀕死
レベル高っ! 鑑定さんが注釈入れてきたよ!? でもクジラって感じじゃない。自転車くらいの大きさだし、どう見てもサンドアートのイルカだ。
「ピィ、これは珍しいですピ……」
「キュイ?」
ふたりが丸窓から、イルカを見下ろす。バッグを開けるとPちゃんは飛んで、マシロはよじ登り、それぞれ肩に乗ってきた。
「とりあえず、危険はなさそうだから」
雷網を解除すると、砂の上でクタッとし目をつむった。
「どうして砂漠にイルカがいるんだ? 砂イルカとか?」
「ピ、これは『幻鯨(ゲンゲイ)』、淡水湖を住処にしている魔物ですピ。失われた世界の者たちは、姿が見えないこの幻鯨を神聖な生き物として崇めていましたピ。おそらくここは14、15階と同じく地底湖だったのが、階層の変化で砂漠化したものと思われますピ」
「え? じゃあこのイルカ、どうなるの?」
「ずい分小さくなっていますし、もうすぐ消滅しますピ。ダンジョンの主は環境の変化に適応し、生き残って行くから『主』であって、適応出来ない魔物は消滅、またここで生まれるか、ここに居着く事が出来た魔物が新たな主となるだけですピ」
Pちゃんが何でもないように言い放つ。案外シビアな世界なんだね……。
「キュイ?」
肩から降りたマシロがイルカに近付き、口先を不思議そうにチョイチョイ触っている。イルカは気だるそうに薄目を開けマシロを見て、すぐまた目を閉じた。
「航平、倒すなら今ですピ」
そう言って、Pちゃんが片方の羽根を上げた。
「だってもう消滅寸前なんだろう?」
いくら魔物とはいえ、こんなに弱りきったイルカにとどめを刺すのは気が引けた。
「自然消滅だとダンジョンに吸われて何も残りませんピ。航平が初めて倒したゴールドスライムとまではいかなくても、ダンジョンの主を倒すと良い物がドロップすると言われてますピ。倒せば経験値も多いですピ」
「……なるほどね、分かった」
口先を触って大丈夫と思ったのか、今度はマシロがイルカの背中に乗り出した。
全然怖がってないな、マシロ……。
「マシロ、危ないから離れて」
「キュキュイ?」
俺の言葉にマシロが名残惜しそうにイルカから離れ、再び俺の肩に跳び乗ってきた。手のひらをイルカに向け、体内の魔力を集める。目を閉じていた『幻鯨』が、一瞬だけ俺を見た。
「水魔法7『氷槍』アレンジ」
本来なら氷柱のように尖った無数の氷の槍を上空から落とす魔法にアレンジを加え、水のままで落下速度も落とす。
ザアアアーッ
砂まみれのイルカの上に雨が降る。降り注ぐ雨はイルカについた砂を洗い流し、本来の色をさらけ出した。まあ、シャワーだな。
「なんだお前、そんな色をしてたのか」
「ミュー……」
乾燥した砂地に水が染み込み、すぐに元の砂の色に戻る中、銀色に輝くイルカが、一声鳴いた。
「ピ、航平」
Pちゃんがため息混じりに耳元で呟く。やだ、Pさん怒ってる?
「航平、『幻鯨』に魔力回復ポーションを飲ませると良いですピ」
そう言って両羽根を上げた。
「……そうなの? Pちゃん怒ってるんじゃー」
「なぜ怒るんです? 呆れてはいますが、航平はそういう人間ですピ」
「Pちゃーん! さすが魂の絆! 親友と書いて心の友!」
ガシッとPちゃんを掴み、頬ずりをする。マシロは遊んでいると勘違いしたのか、俺の首にしがみつき顔を擦り寄せてきた。うーん、モフ天国。だが天国は長く続かない。Pちゃんに突かれ強制終了だ。
「じゃあ行くか。マシロ」
「キュイ!」
未だ目を閉じている銀色イルカに、魔力回復ポーションを飲ませると、俺たちは転移した。
「……体が銀色だった事も驚いたけど、これは、もっと驚きだわ」
地下14階、最近美波が呼吸法を覚え、何とか10分間息を止められるようになった地底湖。綱貝にマシロが宝箱ごとさらわれた階だ。その湖から顔を出している、銀色イルカを見つめる。いやもうイルカじゃないな……。
「お前、ずい分デカかったんだね」
25メートルプールサイズの、巨大な銀色の体を持つ『幻鯨』がミューッと鳴いた。更に驚きは……。
「……ほんとに姿が見えない」
水面から出ている部分は銀色に輝き、湖水に浸かっている体は消えていた。
「これが幻鯨の由来ですピ。水と光の反射で体が消えたように見え、その姿をほとんど見られた事がない、幻の鯨ですピ」
「ミュッ」
幻鯨が一声鳴いて、ザバッと湖面から消えた。
「あれ? 行っちゃったか……」
ちょっと寂しく思いながら湖面をぼんやり見ていると、突然水面が盛り上がり、飛沫と共に幻鯨が顔を出した。大きな口に咥えていた黒い物をゴトッと岩場に置く。口が大きくて小さく見えたが、トラックのタイヤくらいの大きさの岩だった。
「ミュー」
「ん? くれるのか?」
「ミュー」
幻鯨が、そうだよーと言うように、口先を押し付けて来た。ヒンヤリしていて、スベスベだ。おおう……もふもふ好きでも、これはたまらない。
「はは、でっかい岩をありがとう。冷たくてツルツルだなあお前。んー、お前っていうのもあれか……よし、今度から幻鯨のゲンちゃんだ」
「ミュー!」
ゲンちゃんが嬉しそうに湖面を跳ねる。
「あはは! こらこら、濡れるだろおー?」
「ミュミュー!」
「あはは……おーいそろそろ……うぷっ」
よっぽど嬉しかったのか、ゲンちゃんは跳ね続けた。その度に飛沫と大波が押し寄せ、服はびしょびしょだ。水遊び好きのマシロは大喜びで、俺の肩の上で宙返りを繰り返す。バッグに入りそびれたPちゃんだけが、水を滴らせながら、わなわなと震えていた。Pちゃんのお腹が、ぽおっと光る。
これは……ヤバい!
「ゲンちゃんまた来るよ! 岩をありがとう! 賢者の家っ」
ゲンちゃんがくれた岩を慌てて空間庫に入れると、現れた半透明の膜の中に、Pちゃんのくちばしを摘みながら飛び込んだ。
「全く、喜んでただけなんだから、エネルギー砲なんて撃とうとするなよ」
草原の上で、ゴシゴシとタオルでPちゃんを拭いてやる。俺とマシロは水操作で既に乾いていた。
「あの幻鯨は許せませんピ!」
「飛んで避ければ良かっただろ? 最近食べ過ぎで、体が重くなって来たんじゃないか?」
「なななんと……濡れて飛べなかっただけですピ!」
「はいはい、にしても可愛かったなぁ、ゲンちゃん。お礼に湖底に落ちてる岩なんてくれて」
「そんな物もらって喜ぶ航平が、理解不能ですピ」
プリプリしながら拭かれているPちゃんもカワイイがな。
「物じゃない。気持ちの問題だよ、Pちゃん」
幻鯨の贈り物:黒い岩
そう言って空間庫からゲンちゃんがくれた黒い岩を草原に置く。良い感じの椅子代わりになった。
黒い岩:花崗岩20% 魔鉄40% ミスリル40%含有
「お、魔鉄が含まれてる! へえ、ミスリルねえ……」
鑑定を一度閉じ、ふうっと息を吐く。
……ミスリル!?
読んでくれてありがとうm(_ _)mゲンちゃーん




