最下層
ウィーンッガガガッ、ドンドンドンッ
俺のアパートは朝から騒がしい。
「ピィ! 航平! 『デスサソリ』が尾を上げて威嚇していますピ!」
台所のすりガラスの小窓を少し開け、羽根をバタつかせている。マシロに至っては、寝床である白薔薇魔樹木の宝箱から出てこない。
「Pちゃん、あれはサソリじゃない、ショベルカー」
「ピ! 向こうから『アゴイノシシ』がー」
「ブルドーザーだって」
なんだアゴイノシシって……。
徹さんを敵に回したくないと思った昨日から一夜明け、朝から玄関のチャイムが鳴った。
「おはようございます。朝から申し訳ありません。これからこちらを除いた、他の部屋の工事が入りますので、かなりうるさいと思いますがよろしくお願いします」
千駄木組と名乗る、ニッカポッカに黄色いヘルメットを着けた作業員が、丁寧にお辞儀をして帰って行った。
ウィーン、ガシャンッ ガガガッ オーライオーライ、ストーップ!
「航平! 武装した人間たちがやって来ましたピ! 早く魔法で攻撃をー」
家政婦が見ちゃったように、窓の隙間から外を覗き見しているPちゃんが騒ぐ。
「あれはツルハシとスコップだ……魔法攻撃をしちゃいけない人たちだよ」
「航平! あの人間たちが集まって、巻物を見ながらこちらを睨んでますピ! きっと襲撃の相談をー」
……これ、ずっと続くの?
「いよいよ20階か……」
目の前の下り階段を前に、呼吸を整える。ウオーミングアップとして、19階の底なし沼を駿足で駆け抜けて来た。他の階は既に踏破し、残すは最下層だけだったが、中々踏ん切りがつかなかった。だがそれも今日で終わりだ。
「今日ですべての階層を踏破するぞ、ふたりとも。今までためらったけどー」
「騒音よりはマシですピ」
「キュイ」
カッコよく行きたいんだからやめてくれる?
「……で、20階はどんな階層?」
「分かりませんピ」
「マジで? ダンジョンナビゲーターなのに?」
思わず口を滑らせてしまった。案の定、Pちゃんのムスッとした声が開いた丸窓から聞こえて来る。
「ダンジョンの最下層は魔力溜まりなので変化が激しいですピ。今日は氷結していても、明日は溶岩が流れているかもしれませんピ」
「へえ、じゃあ急に転移するのは避けた方が良いか。いきなり溶岩の中じゃ、絶対防御7でも火傷を負うかも。バッグは燃えないだろうけど」
バッグの耐火性は14階の火山帯で実証済みだ。Pちゃんもマシロも暑さ寒さには問題ないけどね。
「14階みたいにバッグを落とさないで下さいピ」
Pちゃんはいつからそんな根に持つ子になったのか。
「分かってるって……じゃあ行こうか! いざ地下20階へ」
「キュイ!」
「航平ならやれますピ!」
意気揚々と階段を降り始めた俺に、マシロとPちゃんが答える。
「最下層にはダンジョンの『主』がいますが、航平のレベルなら良い勝負が出来ますピ」
あまりにサラリとPちゃんが言うので、危なく聞き逃すところだった。
「Pちゃん、今なんて?」
階段を降りる足を止めて、聞き返す。
「航平なら良い勝負がー」
「その前……ダンジョンの『主』?」
「ピ、ダンジョンの主はどのダンジョンにもいますピ。最下層の魔力溜まりで生まれるか、そこに居着いた魔物ですが、航平なら大丈夫ですピ」
「……でも、お強いんでしょ?」
「ピ……でも航平なら大丈夫ですピ?」
リピートがやや弱めになってますけど!?
「はあ……まあ行ってみないと分かんないか」
俺はため息と共に、再び階段を降り始めた。
「これはまた……殺伐とした所だな」
「今、このダンジョンの最下層は、砂漠のようですピ」
階段を降りて目に飛び込んで来たのは、見渡す限りの砂、砂一色。空と言えるか分からない上空は、黄砂のような色をしている。白いスニーカーがズブっと砂に埋まり、次の一歩が出しにくい。
空間把握と気配探知を放つ。上空にも表層にも赤い点、魔物が他の階よりも少ない。ただ表層下、砂の中に、動いていないがデカイやつがいるのを感じ取った。宝箱と思われる白い点はひとつ、階段の青い点はどこにもない。やっぱりここが、最下層だ。
「ここから3キロ先の砂の下に、デカいのがいる……多分そいつが『主』だ」
「航平、倒せそうですピ?」
「どうかな……今までで一番気配がデカい。でもまあ、いざとなったら逃げるよ」
Pちゃんとマシロにバッグの窓を閉めるよう声をかける。駿足8なら砂に足を取られても、3分とかからず行けるだろう。
「行くぞっ」
ダンジョン主を目指し駆け出す。思った以上に砂がまとわりつき、スピードが上がりにくかったが50メートル手間まで近寄った。ダンジョン主はまだ動かない。
なんだ? 寝てるのか?
そろそろとダンジョン主の真上まで行く。やはりダンジョン主が動く気配はない。
やっぱ眠ってんなこれ! 今のうちに……先制攻撃だ!
両手を砂の上につき『雷網』を放つ。雷が網目状に繋がり、相手を捕縛、感電させる雷魔法7。そのまま網を狭めていけば、大抵の魔物は消滅する。魔力は200持っていかれるが、俺の魔力量なら問題ない。マシロの魔力回復ポーションを作っていたら、基礎魔力量が右肩上がりに増えた。
砂の中へ放った雷の網に、魔物がかかった感触が繋がった手のひらに伝わってくる。
「捉えた!」
そのまま雷網を縮めて消滅させても良かったが、どんな奴か姿だけでも見ておきたくなった。渾身の力で網を一気に引っ張り上げる。
ザザッー
網の隙間から砂が滝のように流れ落ちた。思っていたよりも小さいような……。網目から砂がすべて流れ落ち、雷網の中にいる魔物が露わになる。
「……ミュ」
網の中に、イルカがいた。
「……とったどー?」
読んでくれてありがとうm(_ _)m 祝!踏破? 誤字報告ありがとうございます! 土下座ダコが出来ました。




