一番敵に回したくないのは
「アパート勝負、父さんから聞いたよ」
スーツを着た徹さんがひとり訪ねて来たのは、アパートの買い取りにサインした日の夜だった。ビッグホーンの肉と、もやし、ニラの甘辛スタミナ炒めを皆で食べ終わり、Pちゃんたちは手作りのオレンジゼリーをチュルっと食べていた。
「そうなんですよ。徹さんも人が悪い。どうして宝くじが当たってるって教えてくれなかったんですか?」
コップに麦茶を入れ、徹さんに渡しながら不満をぶつける。文句のひとつやふたつ……3つ4つと言っても許されるだろう。この場合。
「ごめんごめん。田所くんを鑑定すると文字化けするだろう? いつかレベルを上げて鑑定したいと、会うといつも鑑定するのが癖みたいになっていてね」
仕事終わりだとは思えない、疲れを微塵も感じさせない魅惑的な笑みを浮かべる。
……どんな癖ですか、それ。
「『宝くじ:1億円』と出たものだから、てっきり田所くんも知っているものと。でも田所くん、ほんとに良いのかい?」
「なにがです?」
徹さんがスーツの内ポケットから黒革の長財布を取り出し、中から札ではない紙を抜き取った。
「これは…」
「田所くんの宝くじだよ。父さんから預かって来た」
そう言ってガラステーブルの上に置く。確かにこの番号は見覚えが……鑑定すると、2020年度1億円当選宝くじ、と出た。
「え? でもこれは勝負して」
ゴクリとつばを飲み込み、宝くじを見つめる。1億円が、目の前に……。
「父さんは宝くじを返そうと思ってたみたいだよ。元々それが目的じゃなかったからね。今日実家に寄ったら、薫が鼻を鳴らしながら父さんを怒っていたよ。田所くんを騙すような事をするとは何事だ!ってね」
あははと、徹さんが楽しそうに笑う。おお……先輩。残念ビューティーだけど良い人だ。
「父さんはこのアパート購入の名義人を田所くんにしたかっただけなのに、つい血が騒いでしまったみたいなんだよ」
「はあ……まあ、あの人勝負師ですからね、職業。でもなぜ俺名義にする必要が?」
「それは……このアパートの他に千駄木家が、品川、八王子、北海道、大阪、福岡、高知。ダンジョンが出現する可能性が高い場所を購入している事は覚えているかい?」
「ええ、ほとんど廃墟か荒れ地だったと」
うん、と徹さんが頷いた。
「ダンジョン出現後、探索者を受け入れれば、すぐ国が知る事になるだろう。その場所が千駄木家のもの、しかも土地購入が6月に集中していることが分かれば、ほかの場所も調査が入るだろう。だからこの場所は、千駄木家の名前が残らないよう、大家さんから直接、田所くんが買い取った事実が欲しかったんだよ」
徹さんが麦茶を美味しそうに飲む。
「でも一度先輩が買い取ってるんでしょう? 大家だと自分で言っていたし。権利は千駄木オヤジだったみたいですけど」
「買い取ってはいない。うちが買う交渉をしただけだよ。薫に動いてもらってね。不動産購入の書類には田所くんがサインしているから、千駄木の名前は残らない。田所くんが直接当たりの宝くじで買った事にすれば、国もそのアパートにダンジョンがあるとは思わないだろう。ありそうな話じゃないか、宝くじが当たって不動産を購入するって」
ふふっと、オレンジゼリーのお代わりを要求するPちゃんとマシロを見て、笑いながら言う。
「……徹さん、やっぱり政府、国にダンジョンを接収されると?」
「私はそちら側の人間だから何とも言えないけど、土地収用法というものがあってね。ダンジョンなど無論記述はないけど、国にとって有用とみなされれば、所有者の意思に関係なく、接収出来るんだよ。電気事業法では、電気を作る工作物、施設も収用対象だね」
……なるほど。国の動きが分からない以上、手元に残せるモノは残して置くか……。
「ただ我々も、はいそうですかと渡そうとは思っていないよ。早く動き、その情報を操作した者が主権を握る。これは父さんの受け売りだけどね。田所くん、どうする? このアパート、ダンジョンを買うとなると税務署が動く。そのお金の出処が宝くじだったら問題ない。でも千駄木家が出しているとなると……」
「……国にバレてしまう可能性が高い」
ああ、と徹さんが頷く。
「でもそれはそれ、これはこれだよ、田所くん。1億もあったら、ある程度の夢が叶う金額だ」
1億円あれば、母さんと美波に新しい家を買ってやれる。美波が諦めている陸上部にも、入部する余裕が出来る。母さんも、仕事の掛け持ちをしなくても良くなるかもしれない。
「……いや、全ては母さんと美波を守る事に繋がっている気がします。それにこのダンジョンを取られたら、Pちゃんやマシロの生まれた所が無くなってしまう」
「ピ!?」
「キュイー」
そう言って俺は、オレンジゼリーで汚れたふたりの口を、濡れ布巾で綺麗に拭った。
「……父さんは田所くんと勝負をした時、君が絶対的な有利にも関わらず、自分のスキルを話し、違う勝負にするかと言ってきたと嬉しそうに話していたよ。どう転んでも、信頼できる男だろうよってね」
……クソオヤジ。
「じゃあ田所くん、この宝くじにサインを。それと代わりに銀行へ持っていくから委任状をくれないかな」
話は終わったと言うように、テキパキとガラステーブルに用紙を置いた。
「用意良いですね……」
「それとも田所くんが自分で銀行に行くかい?」
宝くじを出したところで、確実に俺は吐く。
「……いえ、お願いします」
そういえばこの1億円に所得税はー。
「了解した。宝くじには税金がかからないから安心して良いよ」
……この人は、一体どこまで見通して動いているんだろうか。宝くじを買ったのも、そもそも徹さんの勧めがあったからだ。
「……あのー、徹さん、なんであのタイミングで宝くじを買えと?」
「買えとは言っていないよ? ただ田所くんが幸運200MAXだと言うし、丁度ジャンボ宝くじも売っていたから、当たったら良いなと。あわよくばアパートが買えるだけの高額当選を願っただけだよ?」
「……徹さん、それを見越すというんです」
徹さんが笑いながら内ポケットに手を入れると、
「じゃあサインをよろしく」
と、どんな人間をも魅了する笑顔で、ペンを差し出してきた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m ……とおるさーん




