アパート経営者
「……プライベートダンジョンですか?」
「そうだ。今ならたったの1億円。どうだ? お買い得だろ?」
千駄木オヤジがピッと人差し指を立てる。
何がたったの、だ。これだから有民は……。
7月6日月曜日、朝から澤井さんが迎えに来た。そんなに長くかからないという事だったので、Pちゃんたちは留守番だ。千駄木家のリビングに通されると、作務衣姿の千駄木オヤジだけがソファーに座っていた。そしてたった今、俺にアパートを買い取らないかと、持ち掛けて来たのだ。今俺が住んでいるアパートを、だ。
「TVショッピングみたいに言わないで下さいよ。……あ! もしかして、魔石と交換とか?」
先輩が電力市場登録会社の買収に成功し、継続的に納品出来るなら、魔石を買い取ると言っていた。約60日間潜って、1日30体以上魔物を倒している上に、一緒に潜った人たちは皆俺に魔石を渡してくるので、今、空間庫には2500個近くある。
魔物のレベル、魔石の大きさは置いといて、単純計算すると1個……4万円!? ちょっとお金が残ったら、でっかい海老が買えるかも。そうしたら夕飯はエビチリをー。
「アホか、誰がそんな値段で買い取れると言うんだ。しかも大きさよりも色の濃さで、エネルギー量は変わると言っていたな? 誰がそれを判別する? 価格帯のマニュアルは誰が作成するんだ? とまあ魔石一つでもそこに利潤が絡めば枠が必要になる。この世界になかった物だけに、手本もない。一からだ」
「はあ、なるほど」
なんだ、まだ売れないのか……。やっぱり今日の夕飯は、ビッグホーンの肉ともやしのスタミナ炒めだな。
「で、どうする?」
「だから買いません、と言うか買えませんって。俺は無民ですよ?」
「何だ、無民とは? まあ良い。では勝負しないか? 航平くん」
千駄木オヤジがにやりと笑う。
「勝負?」
作務衣のパンツのポケットから1枚のコインを取り出し、テーブルの上に置いた。
「そうだ。コイントスをして、航平くんが勝ったら、今航平くんの持っている財布の中身で、アパートはもちろん土地も売ろう。だが私が勝ったら、1億円借金してもらい、持っている魔石を全て頂く」
借金なんて嫌過ぎる。魔石もいくらになるか分からない内から渡したくもない。ただ、手持ちの財布だけで、アパートと土地が手に入るのは魅力的だった。賢者の家の異空間ではなく、現実世界で財布の中の3542円で土地持ち……。
しかも俺はこの勝負、絶対に負ける事はない。
「……良いんですか? 俺はこの勝負、絶対負けませんよ?」
「絶対に負けない勝負なんてないぞ?」
千駄木オヤジが肩を軽くすくめる。
「いや、あるんですよ。黙ってると卑怯な気がするから言いますけど、俺には眼調整というスキルがあります」
「ほう?」
「俺の目は、もの凄く良いんです。だから、違う勝負でも良いですよ?」
1億円の物件を3542円で売るのは、さすがに有民とはいえダメージがデカいだろう。武士の情け……いや、サラリーマン(低)の情けだ。
「……正直者だな、航平くんは。うむ、私は感動した……この勝負で良い」
千駄木オヤジが目をつぶる。
「ほんとに?」
「ああ、私もこんなにも愚直なまでに真っ直ぐな青年と、勝負できる事を嬉しく思う」
……あれ? 千駄木オヤジってこんな人だったっけ?
「ではコインをトスするぞ?」
テーブルに置かれたコインに伸びた千駄木オヤジの手を、とっさに掴む。
「……ちょっとそのコイン、見せてもらって良いですか?」
こんな美味い話がそもそもあるか? もう家賃を払わないで良いばかりか、土地持ちだぞ? 3542円で。
「何だ、仕掛けなんてないぞ?」
「まあ一応」
ハーフダラー銀貨:アメリカ合衆国1935年鋳造
特に問題なさそうだ。
「良いかな?」
俺が頷くのを見て千駄木オヤジが、ピンッと、コインを指で弾いた。クルクルと高速回転をしながら宙に舞う。女神、鷲、女神、鷲……コインの絵柄が入れ違いながらスローモーションで落ち、千駄木オヤジの手の甲と手のひらの間に挟まれた。
「さあ航平くん、どちらだ?」
ぐっと、隠された手を差し出してくる。
「女神が上です」
俺が言い切ると、千駄木オヤジがにやっと笑い、被せた手を外した。そこには女神が手を伸ばし立っていた。
「……航平くんの勝ちだ。財布を出せ」
「いや、やっぱりこれは、俺にとってはイカサマに近いというか……」
「航平くんも私もこの勝負を受け入れた。それが全てだよ」
差し出した財布から札をすべて抜き、ひっくり返して小銭も取る。
「全部貰った。帰りは澤井が送ろう。この書類を薫の書斎に持っていけ。澤井! 航平くんを薫の書斎に案内してやれ」
澤井さんがにっこり笑って廊下に続くドアを開ける。言われるがままに書類を受け取ると、澤井さんに案内されリビングを出た。
「……本当に良いんでしょうか」
「良いんですよ。旦那様も同意の上なんですから」
澤井さんが頷くと、重厚なドアの前で立ち止まり軽くノックをする。
「薫様、航平様をお連れしました」
「ありがとう、入ってくれ」
中から先輩の声が聞こえた。
「適当に掛けてくれ」
中に入ると機能的なデスクの上にノートパソコンを3台開いたままで、先輩がにっこりと促してきた。
「先輩、これオヤジさんが」
差し出した書類を受け取り、目を通す。
「おお、やったな航平君! これでアパート経営者、いや、ダンジョン経営者だな。クククッフゴッ! 失礼。ここにサインをしてくれ」
言われるがままに署名欄にサインをする。ちょっと手が震えた。
「うん、オッケーだ。しかしまさか航平君が買うとは、ちょっと驚いたよ。てっきりP様やマシロに豪華な食事でも連日振る舞うかと。クククッ」
「いや、買ったと言っても3542円でした」
「ん? 1億3542円とは変わった買値だな」
先輩が首を傾げた。
「え? なんの話をー」
「当たった宝くじで買ったんだろ? アパート。1億3542円で」
……いやいやいや。
「確かにジャンボ宝くじは1枚買いましたけど、1等どころか、下1桁の300円も当たりませんでしたよ?」
番号を読み上げて、Pちゃんに確認してもらったんだから間違いない。
「おかしいな。1億円当たった宝くじが航平君の財布の中に入っていると、この前来た時兄さんが言っていたが。鑑定で見たと」
「財布に入れたままなのは確かに……。Pちゃんが、番号がちょっと違うから残念と」
「……航平君、ジャンボ宝くじの前後賞は1億だぞ?」
「前後賞?」
「1等番号の前後の番号も当たりだよ……航平君」
……なんだってええ!? じゃあ千駄木オヤジは最初からそれを知って?
慌てて財布の中を確認する。札入れに入れっぱなしだった宝くじが……ない。
「まあなんだ、1億円でアパート持ちだよ。良かったな? ……フゴッ」
先輩が俺の肩をぽんっと叩いた。
「それと言い難いが、登記料というものがあってだな。諸々の手数料を含め150万くらいかかるが、どうする?」
「……魔石で払っても、良いですか?」
先輩が同情に満ちた顔で頷いた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m オヤジー




