第3章 第2節 その青色は、天空の破片
※この作品はシェアワールド『テラドラコニス』の世界観に基づいて書かれています。
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この世でいちばん優しい瑕、のお話です。
「贄を捧げぬ錬金術師かーーーーー
……好きだったんだよね、ずっと」
目が覚めた
そこはカルラ・オアシスの宿屋だったの。
見慣れないアンティークな家具、白いシーツに白い枕。ベッドの右隣には大きな窓があって、朝の陽光がキラキラと部屋をいっぱいに満たす。
カーテンの向こうにざわめく、見慣れない街の喧騒を感じながら、あたしはボンヤリと虚空に想ったの。
「ラウムの記憶の欠片か……
これって夢で、何回も見ていくうちに
ラウムの『過去』が鮮やかになっていくの……かな?」
あたしの知らない、あたしの半身。
邪神、ラウムーーーーー
「半神なのに、あたし何にも知らないや」
ディストピアから現れて、恐らくは……人間と恋に堕ちた彼女。ガラテアとは、その後どうなったんだろう。
ガラテアは、死んじゃったのかな?
ガラテアとは、別れたのかな?
どうして今、一緒にいないの?
どうして、アレキに重ねてるのかな?
この恋に、終わりがあったのかなーーーー
「命が終わっても
ずっとずっと、忘れられない人でしたの」
ラウムは確かに、そう言ってた。
体の奥で眠りながら、その台詞を耳にした気がするもの。
コンコンコン
「誰?」
木製のドアを、誰かがノックした。
あたしはベッドを降りて、レトロな鍵をひねり、静かに扉を開けてみたの。
「ダリウス」
そこには見慣れた顔があった。
サラサラの黒髪、バイオレットの瞳には優しい色が浮か ぶ。ふと見ると、ダリウスの右手には洋皮紙があった。
「カノン、あのさ。久しぶりに
絵のモデルになってくれないか?」
「いいよ〜。あ、寝起きな顔してるけど大丈夫?」
「ああ。自然な感じするから、俺は好き」
「そ、そっか」
ダリウスは時折、ドキッとする言葉を吐く。
あたしは頬が赤く染まるのが恥ずかしくて、下を向いてしまった。ダリウスは部屋にはいると、ベッドの横に佇む椅子にすわったの。
そこで羊皮紙をひろげ、布に包んだ木炭を取りだした。スルスルと魔法みたいに、伸びやかな線がスーーッと描かれていく。
思えば、ダリウスと出会ってから、時折こうやって絵を描いてもらうのが、あたしの日常になってたの。
旅先で描いてもらうのは初めてだけど、こうしてると落ち着くな……って思った。
「そういえばさ、カノンは朝食まだじゃない?」
「うん、まだ食べてないよー」
「だと思ってさ、はい!」
ダリウスが後ろに隠していたプレッツェルを、サッとあたしの前に差し出した。それはまるで、サプライズのプレゼントみたいで、ちょっとうれしく思う。
「すっごい我儘なお願いなんだけど」
「え、なーに?」
「これを食べてるシーンを、俺は描きたい!!」
「ええええええええええええええええええええええ」
そんなわけであたしは今、絶賛モグモグしています。
ダリウスは椅子に腰掛けて、ベッドの上でパンを食べてるあたしを、真剣にデッサンしてる。うう、なんか恥ずかしいよ……。でも頑張るよっ。
だって、ダリウスの絵って
本当にキレイだから。
羊皮紙の上を滑るように、木炭で描いた線が形を成していく。サラサラと描いてるけど、ああ……上手いなって思うの。髪の毛一本に至るまで、瑞々しい生命感があるんだよね。
「ね。ダリウスはさ、将来何になりたいの?」
「俺は、絵描きになりたかったよ」
「そうなんだ!
ダリウスの絵ってさ、本当に美しいと思うよ〜!
なんか生きてるみたいなんだよね
この髪の描き方とか、瞳の光とか。すっごい好き」
「ありがとう。……でも、反魂使いに選ばれたから
俺は、立派な反魂使いになるよ」
「選ばれた、から……?」
「ああ……なりたかった。
一番なりたかったのは、絵描きだったよ」
それきり、ダリウスは口をつぐんだ。
静寂が流れる部屋に、ただカサカサと木炭を走らせる音だけが響いていたの。
「カノンはさ
ラピスラズリの青って、知ってる?」
「ラピスラズリって、あの鉱石の」
「そう。あの青い鉱石は絵の具になるんだよ。ラピスラズリを砂みたく砕いて、溶かしたワックスと油、松ヤニに混ぜるんだ」
「そうすると、絵の具になるの?
わ〜どんな美しいブルーなんだろう」
「『海を超えた色』とか、『星のきらめく天空の破片』なんて、称されてるよ」
「星のきらめく天空の破片……って、どんな青なの」
そのブルーは、想像を絶する。
夜空を切り取ったような、ブルーなんだろうか?
どんな色なのか見たことはないけど、どこかミステリアスなダリウスには、似合う青な気がしたの。
「でも高いんだ、ラピスラズリは。宝石の一種だから
画家でも、金持ちしか絵の具にはできない」
「え、そんな高い絵の具なんだ!」
「高いよ、世界一高価な絵の具だ。
あの煌めく鉱石のブルーで描きたくて、たくさんの画家が貧乏絵師になったとか」
「こわいよ〜! それは魔性の絵の具だね
ラピスラズリの青じゃないと、ダメって思うくらいに
きっと綺麗なんだ」
「ああ、いつか幻の青の絵の具で描いてみたいな」
それは素敵な夢だと思った。
この世のどこかにある、ラピスラズリという鉱石。それを砕いて絵の具にしたら、どんなに美しい絵画になるんだろう。
「いいなあ……ダリウスに描いてほしいな
ラピスラズリの青で!」
刹那、ダリウスの筆が止まった。
そうしてゆっくりと、あたしの方へと視線を移したの。
「俺は、夜空の色を知らないから」
「え……?」
「夜空が、どんな色をしてるのか知らないから
憧れてるけど、きっと使いこなせない。
俺には世界が
この木炭みたく、漆黒の色に見えるから」
忘れてたーーーーーーー
ダリウスは一見、普通の人に見えるから
忘れてたんだ。
「そっか、ダリウスは生まれつき
色が……分からないんだっけ」
「そう。空も、花も、血の色も、全部おなじ
モノクロの世界」
「アレキは双子なのに、色は分かるんだよね」
「何故なんだろうな
色のある世界に、俺だっていきたかったよ」
「ダリウス……」
言葉に詰まってしまう。
あたしは、プレッツェルをベッドの横にあるお皿に置く。そうしてダリウスの前にペタンと正座して、こう告げたの。
「あたし、ダリウスの絵が好きだよ!!」
「カノン……?」
「それで、なんか元気になるといいなって思うんだけど、えっと、うんと……っ!!
とにかく、ダリウスの絵があたしは好きなのっ
その、なんていうの……っっ」
う〜……上手く言えないよっ……!!
こんなとき語彙力、ほしい!!
何か、元気になってほしくて言葉を探すうち、自分の顔がポポポポポポっと赤く染まっていくのがわかる。火照ってる。
色のない世界に生まれたダリウスに、あたしが今、かけてあげられる言葉って何だろう?
コンコンコン
誰かがドアを叩く。その音にはじかれて、あたしはドアの方へと駆け寄った。
「だ、誰!?」
「俺だよ、アレキ」
ガチャリ
鍵を開けると、すこし驚いた顔のアレキがいた。
金色の髪色は、光に透けて天使みたいに美しい。瞳は紅蓮の炎みたいな紅で、ダークレッドのシャツに、黒の革パンを身につけている。
アレキもスタイルがいいから、細身の革パンとか凄く似合うんだよね。ダリウスとアレキ、ちょっと目立つ双子の美形男子ーーー
実はティリア村の女の子の中で、こっそり人気だってこと、あたしは知ってるの。
本人には、教えてあげないけど。
「あ、あれ? ダリウスと一緒にいたんだ」
「うん。あたしの絵、描いてもらってたの」
「そう……か」
今気づいた。アレキの右手に、おいしそうなプレッツェルが握られてる。え、優し……!
「ね。そのプレッツェルって」
「ああ、ルダにもらってさ。カノンにあげようと思って、はい」
「ありがと」
アレキが笑う。
まるで、子犬みたいな優しい笑みで。
本日2個目のプレッツェルを花束のように抱いて、あたしもつられて微笑んだ。
「アレキ、俺もさっきプレッツェルをプレゼントしたんだ」
言いながら、ダリウスが羊皮紙をクルクルと丸めていく。描いていた木炭もサクサクと片付けながら、流麗な動作で椅子から立ち上がったの。
「カノンが喜ぶかなって思ってさ
やっぱ、双子って同じこと考えるのな」
「そ、そうか」
「で、何か用があったんじゃねーの? アレキ」
「おうよ!」
アレキはダリウスの肩をガッツリ! 掴むと、二マッと悪戯っぽく口の端をあげて、こう言ったの。
「折角カルラ・オアシスに来たんだし
皆で、酒場に行かねーーーか?」
「さ、酒場」
「おう! 酒場!!
そこでドーンゲートへの行き方とか聞いてみようぜ!」
そんな感じのノリで、あたし達は酒場にいく事になったの。ちょっとドキドキするけど「酒場」って大人の響き。長閑なティリア村にはない、ドキドキする刺激とかありそう!!
夕陽が落ちた頃、宿屋をでて皆で酒場に行くことになったの。あたしは『白のワンピだと子供っぽいかなあ』って思ったから、上はピンク×黒のミニスカを着ることにしたの。
ロングブーツと合わせてみたから
ちょっとは大人っぽい……かな?
いっしょに歩くアレキ、ダリウス、ルダは上機嫌みたい。足取りも軽く、ワクワクしているのが伝わってきたの。なんだかちょっと、楽しみだな。
「ここか……カルラ・オアシスの酒場か……!」
アレキは樽をあしらった、吊り下げタイプの木製看板を見上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
酒場のアンティークなドアを開くと、そこはお酒の薫り漂う、別世界だったの。
わあ、ダークな照明が酒場って感じだよ……!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
酒、夜の香り、異国っぽい人たち!!
エルフにドワーフ、亜人に、鳥人族か〜〜!
すっげーーーーーーーーな!!
これが大人の楽園、カルラ・オアシスの酒場
『クライネヒュッテ』かーーーー!!!」
アレキが感極まってるんですけど。
えっと、もう酔っ払ってないよね?
「すみません。深淵の書を、知っていますか?」
「ダリウス……?」
ふとお店の奥の方で、ダリウスの声を聞いたの
視線を走らせると、彼は鳥人族に『何か』を話しかけていた。
仄暗い照明の下、丸テーブルで一人飲みしてる鳥さんは、酔っ払っているのかな? 足元が少しふらついてるように見える。なんか……大丈夫かな。
「あ〜知らねえな、なんだそれ本か?」
「本です。父の形見なんですが、あまりにも謎が多くて」
「は〜ん」
「少しでも、深淵の書のことを知っていたら
情報が欲しいんです
教えてくれませんか?」
鳥人族と見られる男は、ずいぶん酔っ払ってるみたい。血のように紅いお酒をゴクゴクと飲み干すと、ダリウスの持っていた深淵の書を、ひったくるようにして奪った。え、ちょっと!
「これかあ〜? 深淵のナントカってのは」
「何するんですか!?」
「ああ〜ん?
おめーが勝手に、近づいてきたんだろうがっ!」
バキャッ!!
即座、ダリウスが殴られた……!!
反対側のテーブルにぶっ飛ばされて、ダリウスは机と酒瓶ごとガラガラガラと、音を立てて倒れていったの。
「ダリウス!!」
アレキが、彼の元へと駆け寄る。
ダリウスの唇から、ひとすじ。血の雫が流れた。
「し、深淵の書を……返せよ……!」
「おい、おっさん!
その本は、俺たちの父さんの形見なんだ
返してくれないか!!」
アレキが、鳥人族の男の肩をガッ! と掴んだ。
その男の体は2メートルくらいかな、けっこう巨大に見える。深淵の書を右手に抱えると、こう告げたの。
「知らねえな、この本は俺がもらったんだよっ!」
「きゃあああああああああああああああ」
悲鳴と怒号、酒場はもう大混乱だ!
鳥人族の男がアレキを殴ったのをキッカケに、ダリウス、アレキ、島人族の男。あとなんか、その場にいた暴れたかった大人たち。
取っ組み合いの喧嘩になっちゃって、もう手に負えない……!
「返せ、深淵の書は
父さんが、生きた証なんだああああああああああ!」
アレキが絶叫する。
刹那。あたしの背中で、凛々しく
低いトーンの声が響いた。
「深淵の書と言ったか、少年
このギルフィ。その願い、譲り受けようじゃねえか!」
あたしの背後からスッと現れたその人は、顔が漆黒の狼、体は人間だった。黒の革の上下に身を包み、ダークブルーのマントを翻すと、ヒュンと跳躍した……!!
バッキイイイイイイイイイイイイイイイイ!
刺すような飛び蹴りが、鳥人族の頬を打った……!!
ガシャーーーーーーーン!
派手な音をあげて、テーブルや酒瓶の群れに突っ込んでいく。あたしもアレキもダリウスも、呆然とその光景をみつめてた……。
一人、二人、三人、四人、五人、六人……
荒れ狂う人々を、たった一人のギルフィが、バサバサと素手で薙ぎはらっていく。残像がみえそうなほどのスピードで、急所を殴り、足を蹴っていく。
酒場の中に、暴れる人物はもういない。
ギルフィを名乗る人物が、一人残らず
殴り倒してしまったからーーーーーー
「す、すごい……こんな事って…」
震える唇から、声が漏れていた。
耳がシン……と痛みそうなほどに、静まり返った室内に、コツコツコツ、という靴音が響く。
「聞こえてたろう。
大切な本なんだってさ
あんたも男なら、少年の声くらい聞いてやるんだな」
ギルフィと名乗ったその人は、白目を剥いて倒れた鳥人族の隣に片膝をつくと、落ちていた深淵の書をスッと拾った。
「これが、深淵の書かーーーー」
それが、ギルフィとあたし達
初めての出会いだったのーーーーーー
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