第3章 第1節 貴方はあたしの『優しい瑕』
※この作品はシェアワールド『テラドラコニス』の世界観に基づいて書かれています。
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この世でいちばん優しい瑕、のお話です。
「ラウム、私の姫君。おいしいお茶を煎れたよ」
「ん〜……」
「私の錬金術で入れた紅茶だから
きっと永遠の味がするであろう。さ、ラウム……」
また、ラウムの記憶の夢……かな?
気づくと柔らかなシーツに、あたしは体を横たえてたの。上等そうな枕は、フワッフワで。
きっと(多分)これは夢の中なのに、頬をうずめると心地いい〜眠りの海に落ちてしまいそうな、そんな予感がしたんだ。
「ラウム、眠り姫のそなたも美しいが
そろそろ起きてはくれないかな?」
えっと、近っ……くない?
ガラテアって人の顔が、ものすごい眼前にあるんだけど。吐息が頬にかかりそうなほどに、近いよ。
「ーーーーは、ガラテア?」
「いかにも、私はガラテアだ」
しばしの沈黙。
「きゃあああああああああああああああああああああ」
その静寂を、あたしが破った。
あ、違うよね! 夢の中のラウムが破ったの。即座、反射的に手元にあった枕をボーーン! とガラテアの顔面に全力で投げつけた。
「うわっ!」
「ね、ね、寝込みを襲うなんて!!
神をも恐れぬ無礼な行為ですわよ!」
「しかし、ラウム!
このベッドは、私のベッドであるぞ」
「は?」
「昨日、磔にされた貴方を拾って
この屋敷に連れてきたのだ。覚えておらぬのか?」
「あ〜えっと、そういえば」
「この部屋で貴方は、ごくごくとミルクを飲み干し。『あ〜んも〜疲れましたわーあらこのベッド。風雅なシーツですこと。ラウムこういう柄だーい好きですの〜』と布をなナデナデしたなと思ったら、ベッドでスヤアと眠りの淵へと落ちていったのだ」
「そんなに早かったかしら?」
「秒だったぞ」
「秒でしたのね」
そういえばこの部屋で爆睡キメたかも?
と、この夢を想いながら半身であるあたしこと、カノンは思っていた。
「にゃ〜」
「わあ、猫ですの?」
見れば、ベッドの下から黒シマの子猫がトコトコと歩いてきた。まだ生後一ヶ月くらいかしら? たどたどしい足取りが愛くるしい。まるで灰色の綿毛が歩いているみたいだわ。
えーーーーーーーーー、かわいいよ!
まるでベルベッドのような、ふわっふわの毛並み。思わずときめいて、感動の声が漏れる。
「やーーーーーん、かわい〜!」
ほわああああ、人懐こいっ。
あたしの膝にスリスリと、その綿毛のようなほっぺを擦り寄せてきたの。
こんなの……たまらんのですけど……。
「おいで」
あたしは思わずその愛くるしさから、子猫をフワリと抱きあげた。
シマ猫はゴロゴロと喉を鳴らして、不思議そうにぽよんとあたしをみつめている。
か、か、かわわ……っっ!
「このこ、瞳が翡翠色ですのね」
「翡翠。ほう、確かにな」
「猫の瞳って、まるで宝石のようですわね
本当に、美しいこと」
「ふむ。だがその猫は、『錬金術の材料』であるぞ」
時が凍る。
一瞬、背中をゾクリとしたモノが走り抜けた。ガラテアは特に悪びれた様子もなく、隣に座るとあたしと、猫のの姿を見てニコニコしている。
え、え、え、ちょっ、待って……!
ーーーーーーーーーーー今、なんていったの。
「ガラテア、錬……金術って……」
「ああ、私は『命の理を破る研究』をしておってな。名のある貴族お抱えの、錬金術師なのだ」
「それで、この子猫を……使うの」
「ああ、材料にする」
ドッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
即座、飛び蹴りが出た
なんか、でちゃった。
「なんて事おっしゃるの。
貴方、人間でしょう!?
こんな愛くるしい子猫を、材料にするなんて」
「ご、い、い、いっった……!
しかし、ラウム……すごい蹴りもってるな……」
あたしは無意識にガラテアの胸ぐらを掴んでいた。あれ? ラウムって、こんなキャラだったかな。でも、気持ちはわかる。
あたしも猫ちゃん、大好きだもん!!
こんな生まれて間もない、ちいさな猫を錬金術の材料になんて、絶対にしたくないよ!!
「こんな事、日常茶飯事じゃないでしょうね……!」
「ね、猫は初めてだ……
しかし錬金術の世界では、材料に獣や、さまざまな命を使う。左様な事は、稀なことではない」
「そんな事って……!」
「あらゆる理や法則を破り、零から物質を生みだすためには、必要不可欠なことぞ」
「そんな……!
悪魔や邪神の召喚にも、鴉や猫の命は……
捧げられますけど、私は認めませんわ!」
あれ、ラウムってちょっと変わった邪神……なのかな?
実をいうと私も、邪神として現れた時点で残虐な一面があるように思っていたの。なんだろう……
なんていうか、思った以上に人間らしい一面があるように思う。
「ラウムよ、そなた邪神の姫君であろう?」
「ええ、そうよ」
「邪神が……捧げられる命に情をかけるなど、聞いた事はないが」
夢の中のあたしことラウムは、サラ艶の長い黒髪をバサリと揺らすと、誇らしげにスタッと仁王立ちして、腕を組んだ。
「私は、一風変わった神ですの。
森羅万象、那由多の神がこの世にはおりますけれど
私には、私の『誠』がありますわ」
「ほう……面白い」
「この猫ちゃんは、ラウムの名において
錬金術の材料になんか、させませんわ!
「しかし、それでは錬金術がっ……!!」
叫び出そうとする唇に、ひと差し指をそっと……添える。ガラテアは、ピタリと静止した
静まり返った部屋に、緊張感のある空気がながれる。
ラウムは、蠱惑的な笑みを浮かべたの。
「ガラテア。貴方が私に惚れたというのでしたら
猫ちゃんはもう、材料になんて使わない事ね」
「そ、それは……!」
「愛という『形のないモノ』が
本当に、あるのでしたら
見せてみて?」
「……そなた無茶苦茶だ……」
「今日より、貴方の錬金術に『声だす命あるもの』を、使わない事。いいですわね?」
「ラウム……!!」
「私が欲しければ、生贄の理
変えてみせて?」
背の高いガラテアの頬にそっ……と手を添えて、その言葉を言い切ると、ラウムはリズムを刻むような軽い足取りで、するりと離れた。
ガラテアは、口の端に滲んだ血をぬぐいながら、地面に視線を落とす。
「ーーー生贄で捧げた生命の数など
果たして幾つだったのだろうな
数えたこともないさ……」
「え……」
「不可思議な姫君だ、ラウム
錬金術師に、生きた贄を使うなとは」
「声だす命あるモノ、使わないって約束できる?」
「出来はしない」
「やっぱり……」
「ーーーー普通はな」
刹那、腕の中にいた。
ガラテアが正面からラウムを、思いきり抱きしめたの
え?は?え?
ちょ、ちょっと……想定外なんですけどっ
一陣の風が、窓から通り抜けていく。
彼の肩越しに見えるカーテンが、ハタハタと波のカタチに揺れるのを、ただただ見つめていたの。
「ガラテア……?」
夢とは思えない、温度のある肩
クセのある絹のような紅の髪
あたしとは違う、厚い胸板
それから耳を熱くする、彼の心臓の音。
………………っ、息ができないよ。
「贄を捧げぬ錬金術師か……
荒唐無稽な所業であろうな。だがーーー
それもまた、よかろう」
「我儘、聞いてくれますの?」
「ーーーーーーやってみよう。我儘な姫君よ」
ああ、どうしてか懐かしい声……
アレキに似てるんだね。
すごく、胸の奥が疼くよ
忘れてたけど、忘れたくない
『優しい瑕』みたいな人だと思った。
忘れてしまうくらいなら
一生、消えない瑕でいい。
そういう恋なんだろうって、女なら本能でわかるよ。
ラウムは腕の中でもがくのを止めて、ガラテアの胸に頬を寄せた。……この頬を染める熱が、どうかバレないようにと願う。
あたしも願うよ、ラウムーーーーーー
それは夢だった
遠い日の夢だったんだよね。
目が覚めて、セピア色の天井を仰ぎ見る
それは、カルラ・オアシスにある宿のひと部屋
どこにも、ガラテアはいなかった。
白いシーツの中で、呆然としていると
窓から満開のライラックの香りが漂ってきて、その甘やかな香りが、現実を連れてきたの。
あたしはカノンだ
だから、何にも失ってない。
何にも失っていないのに
何かを失ってしまったような
空虚な想いで胸が詰まっていたのーーーー
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