↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/15

グリコピロレート公爵令嬢と魔導書3

 アルバ魔法王国第一位魔法使い、ロジンは目の前に広がる光景に絶句した。彼の周囲に居る宮廷魔法使い達も同様に顔を青くさせ、ある者は嘆くようにその場に崩れ落ちた。彼は己の軽率さを心底後悔した。彼らの目の前にはぐったりと横たわる公爵家令嬢と、その令嬢をぽろぽろと涙を零しながら激しく揺さぶっている幼い王女。傍らには魔導書が転がっている。何が起きたのかは明白だった。ユウリカ王女が嗚咽を洩らしながらロジンを呼ぶ。


「ロジン! ねえ、ララが、ララがっ、おきないのおっ! いっぱい、い、っぱい、よんでも、おき、おきないのっ!」

「王女様、ここにはけして入ってはいけないとあれ程…あれ程言ったではありませんか」

「ロジン…ねえ、ララ、ララは、どうしてしまったの? ララは、どう、どうしたら、おきるの?」


 魔法使い達の悲愴ぶりに背後の兵士たちは息を飲んだ。まさか、と誰かが洩らす。この状況で、導き出される事実はひとつしかない。この場の責任者、ロジンは苦渋を滲ませながら言った。


「ララ様は、魔導書に魅入られた」


 アルバ魔法王国建国史上初の、最年少魔導書挑戦者だった。







「一体ここどこよお~」


 ララは虎によりかかりながら呻いた。歩けども歩けども森に終わりはなく、また代わり映えもなく、いつまでも緑の葉と茶色い幹の木々に囲まれた森のままだった。ララはあまり地理に明るくはなく、これほど広大な森でも名前が分からなかった。ちなみにララは5歳児ではあるが、一般とはかけ離れた身体能力を持っているので彼女の歩いた軌跡は相当のものである。寄り掛かられた虎はララを労わるように顔を擦りつけた。


「虎ぁ…ここ一体どこだかわかる? って喋れるわけないよねー虎だもんねーごめんねー」


 首を傾げる虎に、ララは自分で結論付けて謝罪した。わしゃわしゃと頭を撫でると気持ちよさそうに喉を鳴らす。ララは締まりのない笑顔になった。この虎はララのやることなすこと全てに気持ちよさそうに応えてくれるので、ララとしては溜まらない。いいなあ。いいなあ、虎。この子おうちで飼えないかしら? とまで考えていた。しかしその前にまず、帰らなければならない。


「ねえ虎、私おうちに帰りたいの…。どっちに行けばいいかなあ?」


 ララは困り果てていた。答えが来るはずのない問いを虎にもしてしまう。そもそもこの森はどこかおかしかった。最初に跳んで移動していたのもそうだが、代わり映えがないのだ。確かに深い森を歩いたら同じような景色が延々と続いていくものだが、『同じような』と『全く同じ』では全然違う。この森は、全く同じだった。全く同じ景色を延々とループしている。真っ直ぐじゃ駄目なのだと悟り、幾度となく方向転換を試みたが、東西南北どちらへ行ったところで同じ景色の延々ループに違いはなかった。ララはもうすっかり心が折れている。弱ったララを、虎はつついた。くいと顎を後ろに向ける。


「え? 何?」


 くいくいと、何度も己の後ろを顎で指し示す。


「もしかして、後ろ? 後ろに進めって?」


 勿論、道を後退したこともある。回れ右しても結果は同じだった。またそれをやれというのだろうか? しかし虎は違うと首を横に振った。そしてまた、顎で後ろを指し示す。ララはピンと来た。顔を輝かせて、いつもよりワントーン高い声で言う。


「もしかして背中!? 背中に乗っていいの!?」


 ララには虎が笑ったように見えた。首を上下に動かして肯定する虎に、ララは興奮してキャーと叫びつつ虎の背中によじ登った。虎は足を折り曲げて登りやすくしてやった。ララが虎に乗っかり、首の付け根に手をついたのを確認して、虎は立ち上がる。


「おおー!」


 一気に視点が高くなり、ララは歓声を上げた。代わり映えのない景色だが、それでも変わって見えて楽しくなる。虎はゆっくりと歩き始め、どんどん速度を速めて行き、終いには走り出した。ララはしがみ付きながら意味のない言葉を叫ぶ。虎がそれに呼応するように跳ねた。





 天蓋つきの豪奢なベッドの横でユウリカ王女はぽろぽろと涙を零していた。王女の横には王妃が立っており、眉間に皺を寄せながら苦渋の溜息をついている。王妃は己の娘にほとほと手を焼いていた。何の因果か分からないが、王女には規格外の馬鹿力と魔力が備わっており、屈強な歴戦の兵士ですら幼児の王女に敵わない。大きくなれば戦争の際に強力な戦力となってくれること間違いないのでその誕生は喜ばれたが、大きくなるまでが問題だ。王妃と王は自分の娘を戦争の道具とすることに躊躇いはなかったが、幼児の時分で兵士として駆り出すのは流石に寝覚めが悪かった。しかし王女があまりに赤ん坊の頃から様々な騒動を引き起こすので、王妃と王の眉間の皺はいつまでたってもなくなることはない。悪い子ではないのだ。ただ子どもなだけなのだと分かっていても、しかし、自分たちですら生命の危機に立たされたことが一度や二度ではなく、どうやったって無条件には愛せなかった。


「ユウリカ、あなたは一体何度問題を起こしたら気が済むのですか?」

「ごめんなさい、王妃様」


 王妃と王は自分たちのことを位名で呼ばせた。戦争の最終兵器として祭り上げようとしている子どもにお母様お父様と呼ばれることは罪悪感があった。


「城の壁は突き破るためにあるものではありません。そんな当たり前のことも貴女にはいちいち教えてあげなければわからないのですか?」

「ごめんなさい、王妃様」


 ユウリカ王女には本来付く筈の教育係がいない。皆片っ端から命がいくつあっても足りないと辞めていったからだ。本来王妃の仕事ではなかった、『我が子の教育』に時間を割かれるせいで、王妃は寝る時間が少なくなった。


「まして人を階段に何度も打ち付けるとはどういうことです? それがお友達に対する行為ですか?」

「ごめんなさい、王妃様」


 王妃は修繕費の額と、明日の閣議で言われるであろう重臣たちからの苦言を想像して頭が痛くなった。ただでさえ睡眠時間が少なく、いつも頭痛に悩まされているというのに。王女を出産してから王妃も王も薬を多く服用するようになった。そのおかげで王国内の医療が発展したのだけは唯一褒められる点だ。


「出入りを禁止している書庫に連れて行き、なおかつ扉を開けてしまうなど! あなたは自分が一体何を仕出かしたのか、わかっていますか? ララを、有望な子どもの未来を、不当に奪ったのですよ!」


 ユウリカはくしゃりと顔を歪めた。ユウリカは、王妃の言っていることの半分が理解できない。言葉が難しすぎるのだ。それでもいつもなんとか理解しようとして、返事をするのだけれど、きちんと理解できていないから同じことを繰り返してまた怒られる。今回だって一体どういう事態が起きているのかユウリカには分からない。ただ、ララが眠ったまま起きなくなってしまった。そして周りの大人たちが深刻そうに辺りを行ったり来たり、どたばたと駆けずり回っている。ユウリカは不安で不安で仕方がなかった。ララは一体どうなってしまったのか。いつ目を覚ますのだろうか。目の前の怖い王妃ひとは恐ろしい顔をしている。


「ララは、もう目を覚ますことはないでしょう」

「えっ!?」

「魔導書に引きずり込まれたのですよ? まだ魔法の『ま』の字も知らない幼子だというのに! 普通の人間はあなたとは違うのです。ユウリカ、あなたは自らの不注意で友達を永遠に失ったのです」


 ユウリカは目の前が真っ暗になった。王妃の言った言葉は、親が子どもに言ってはいけない毒を多分に含んでいる。2人の間に、いや、王妃と王とユウリカの3人の間に、親子という意識はかけらもなかった。子どもは意味が分からずとも悪意は伝わるということに、王妃は気付いていないのだろうか? よく反省するように、と最後に言い残して、5歳の幼児を一人残して部屋を出て行った。残されたユウリカは力が抜けたようにぺたんと座りこむ。──ララはもう目を覚ますことはないでしょう。──王妃の冷たい言葉が頭の中に繰り返し響く。ユウリカは、先ほどまでとは比べ物にはならない量の涙を目から溢れさせた。


 魔導書というものは、何百年も前の魔導師タキソールが今際に遺した全500選からなる書物のことだ。1選につき1つの魔法を覚えることが出来る魔法の書。その魔法を使える素質がある人間だけに魔導書は発動し、本を開いた者の精神を引きずり込む。本は意思を持ち、外部からのどんな圧力にも屈することなく、ただひとつ、使用者に魔法を覚えこませるという点にのみ力を発揮する。よって、本を開き、魔導書に魅入られてしまった者は魔法を覚えるまでは現実に帰って来ることが出来ない。現代の魔法使いは普通、詠唱だり魔法陣だりである程度その魔法が使えるようになってからその魔導書に臨む。そして詠唱も魔法陣も必要ない、意思だけで魔法の行使が可能になる一段上の魔法使いとなるのだ。ララはその前段階を何もせずに、魔法の知識すらも聞きかじり程度の知識で魔導書に精神を引きずり込まれた。精神を引きずり込まれている間も時間は現実と同じように流れている。ララが魔法を覚えて還ってくるのはいつか、絶望的な状態だ。


(しかもよりによって、『使い魔を作る魔法』だなんて)


 王妃は部屋の外で何度目かしれない溜息をついた。ララが開いてしまった魔導書は、全500選の中でも上位魔法に位置する、特に難しい魔法のひとつだった。歴史上に見てもその魔法を使える者は10人にも満たない。そんな高度な魔導書を開けるとは、ララは本当に将来有望な子どもだったのだろう。しかし、幼い身空で魔導書の与える試練に立ち向かえるとは思えない。魔導書に精神を引きずり込まれたまま還って来られなかった人間も多くいる。彼女はララの両親であるグリコピロレート公爵の嘆きを思い、顔を歪めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。