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グリコピロレート公爵令嬢と魔導書2

 お約束のように地面に人型の穴を作って、ララは地面にめりこんだ。今まではめりこんだりしなかったのに、何故だ! ユウリカ・頭くるくるパー・オジョウサマにちょっとした仕返しをしたせい!? あんなのちょっとしたお茶目じゃない! その証拠に話すり変えたらあっさり前の話題忘れたじゃない! あの子頭ちょっと弱いんじゃない!? ていうかていうかていうか、チョーーー痛いんですけどォー!!


「ララー、だいじょうぶ? なんか、うまってるけど……」

「だァーれのせいだと思ってんのよ!」


 ユウリカ王女に反応するために、ララは根性で跳び起きた。穴を覗き込んでいたユウリカ王女は跳び起きたララを見て楽しそうに笑う。この王女も王女だが、なんだかんだ言ってついていけるララもララだ。そのことにララは気付いているのだろうか? 実際、ユウリカ王女の傍にいた人間達の中でこんなに長い間無事でいられた者はいない。


「まどうしょ! こっちよ!」

「ちょっ、引っ張るな! 腕がもげるわ!」


 だからユウリカ王女は今がすごく楽しいのだった。自分に付き合ってくれる人間がいる。会話をしてくれる人間がいる。楽しい! すごく楽しい! そんなわけで、王女は楽しさの余りいつもより余計に力を発揮してしまっていた。いつもの王女に王城の分厚い壁を何枚も突き破っていく威力はない。なかった……筈だ。

 何枚も壁を突き破り、階段を駆け上り、城の西に位置する塔の一番天辺に2人は辿りついた。ララの頭には壁の欠片がついていたし、階段で散々バウンドさせられたため満身創痍の状態だったが。


「ここ! ここにまどうしょ、あるのよ!」

「……アンタに案内頼んだ私が間違いだったわ」


 到達経緯があまりにも非常識すぎて、今や城内は大パニックである。ここに兵が追い付いてくるのも時間の問題だろう。ちなみにここに至るまでに何人かの兵を轢いている。人間が人間を轢くってなんだよ。おかしいだろ。

 魔導書を収めているという部屋は厳重な扉で支配されていた。繊細で美麗な見事な装飾がなされてあって、無暗に触るのも気が引けてしまうほどの扉だ。そして、取っ手がない。どうやって開けるんだ、これ。


「何これ。取っ手ないじゃない」

「これね、まほうであくのよ」

「魔法で?」


 これは困った。私じゃ開けようがない。横目でユウリカ・筋肉馬鹿・オウジョサマを見る。……溢れんばかりの笑顔である。本当に邪気が全くない笑顔で、こっちの気が抜ける。……コレが壁を突き破って兵を轢いて進んでいくんだもんなあ。恐ろしいよなあ。


「アンタ、これ開けれる?」

「あけれるよ!」

「じゃあ開けて」

「うん!」


 ユウリカ・破壊魔・オウジョサマは扉の前に仁王立ちし、手を扉にかざした。深呼吸して、舌っ足らずな口で呪文を唱えた。


「ひらけえー、マゴ!」

「孫なのかよ!!」


 しかし扉は見事に開いたのだった。

 扉の中には、丸い部屋が広がっていた。窓はなく、全ての壁に本棚が並んでいる。しかし本棚の座高が低いので──恐らく1メートルくらいだ──あまり本に囲まれているという気はしない。本棚の上は窓がぐるりと並んでいるし、解放感はある。本棚に並んでいる本は皆一様に同じ厚さ、同じ紺色、同じ装丁の本が並んでいる。ところどころ抜けている箇所があるのは、きっと盗まれたという本が元あったところだろう。金糸で縫いとられた文字だけが本を見分ける目印だった。


「これが、魔導書……」


 至って普通の本である。とても人間を中に引き込んで無理難題をしかけてくるような本には見えない。そもそも、本の中に人を引き込むとはどういうことなんだろう? 小さくなって、ぺらぺらと平面になって、文字の中を泳ぐのか? 自分の想像力の貧相ぷりに嘆きたくなった。


「とじろおー、マゴー!」


 後ろでユウリカ・ぼけぼけ・オウジョサマがふざけた呪文を言っている。振り返ると、扉が閉まろうとしているその先に必死に走りこんでくる兵士が見えた。ああ、お疲れ様です。ご苦労様です。大変ですね、兵士サマって。私の顔は同情心に塗れていたに違いない。本当に彼らには同情しているのだから。兵士の必死の努力も空しく扉は完全に閉ざされた。魔導書の部屋だ。当然セキュリティはしっかりしているのだろうし、一介の兵士が開けられることなんてないだろう。ただでさえ今はユウリカ・脳筋・オウジョサマによって破壊された城の修復作業を一刻も早くしないといけないわけだし、当分ここの扉は開かないだろう。扉が分厚いせいで兵が扉を叩く音すら聞こえない。「しめておいたよ!」と得意げにしているユウリカ・天然呆け・オウジョサマの頭をぞんざいに撫でてやった。気分は王様だ。うむうむ、よくやった。褒めて使わす。


「ふふふん、ど・れ・に・し・よ・う・か・な~」


 本棚の前を歩いて、タイトルを確認していく。なになに? 『空を飛ぶ魔法』4階から飛び降りても平気じゃない! いいなコレ。『足の小指を机にしたたかにうちつけさせる魔法』ピンポイント過ぎだろ! ていうか呪いだろソレ! 『歌がうまくなる魔法』別に私音痴じゃないしな、いらん。『炎を意のままに操る魔法』おおー! 魔法っぽい! ファンタジーっぽい! 『凍傷を治す魔法』何で凍傷限定なんだ。他の怪我も治してくれよ。

 ララが心の中で突っ込みながら、魔導書を眺めている時、ユウリカ王女は感動に打ち震えていた。初めて、ララ自らユウリカ王女に触れてくれたのだ。しかも、頭をポンポンと! 暖かくて、幸せな気持ちが胸に広がった。撫でてもらった頭を自分の手で触れると、そこからじんわりと手が暖かくなっていくような気がする。自然と顔が緩んで、目は細くなり、口はだらしなく開いた。もっと撫でて欲しい! その一心でユウリカ王女はララに飛びつく。


「ララ! ララ! もっとなでて!」

「オウフッ!」


 本棚の前に居たララは当然、したたかに頭を打ち付けた。この王女はどれだけの脚力を持っているのか、恐ろしい勢いで抱きついたので、ララは激しく頭を打ち付けた。当然のようにララは意識を飛ばす。傾く体。ララにくっついたユウリカ王女も一緒になって倒れた。まだ幼女だからか、響いた音は軽い。そして下になったララがクッションの役割を果たし、ユウリカ王女には全く被害はなかった。白目を剥いて倒れるララを不思議そうに揺り起こす。


「ララ? ララ? おきて?」


 ユウリカ王女の揺する、はどうやら相当激しいものであるらしい。ゴウンゴウンという穏やかではない空気音を出してララは揺れる。あまりの激しさに意識が浮上し始めたララに、一冊の本が襲った。さっき本棚にぶつかった拍子に不安定になった魔導書が、彼女の真上に落ちようとしていたのだった。ユウリカ王女は節穴なのか、魔導書の存在に全く気付かない。分厚い分厚い魔導書は、綺麗にララの額に落下した。

 ドスッ!


「きゃー! ララ!」


 悲鳴を上げるユウリカ王女の目の前で、魔導書は優雅にララの上に着地した。表紙が捲れてページがパラパラと靡く。あるページが開かれたところで、本が眩しく光った。ユウリカ王女は思わず目を瞑る。その閃光は一瞬だったようで、恐る恐る目を開くと、ララの上に開かれた本が載っているだけだった。本の中身は真っ白で、何も書かれていない。しかし、今度はユウリカ王女がいくらララを揺すってみても、彼女は目を覚まさなかった。



 彼女が目を覚ました時、辺りには木が生い茂っていた。幹は茶色く、葉は緑。至って一般的な普通の森だ。この世界の森はたまに青だったり黒かったりするから安心できない。そういう場合は大抵、何かあるのだ。

 むくりと起き上がって辺りを見渡す。うん、ただの、普通の森だ。問題は公爵家令嬢である自分が何でこんなところで寝ていたのかということだ。なんだ。誘拐か? でも、人気が全くない。どころか、動物とか、魔物とかが居る気配も何もない。まるきり無音の世界だ。ララは頭を捻る。ここは一体どこなのだろう?


「とりあえず、情報収集してみるか」


 立ちあがって辺りの様子を見ようと歩き出した。しかし、不可思議な現象が起こる。森が動いたのだ。確かに一歩進んだはずなのに、その事実をなかったことにするように、森がぴょんと移動した。なんだこれは。一体どういうことだ! 試しにもう一歩歩いてみる。森が同じようにぴょんと動く。ササッと素早く3歩進んだ。森も同じように素早く3歩分距離を開けた。……この世界に生まれ落ちて5年経ったが、まだまだこの世界を完全に理解するには至っていなかったようだ。仕方ない。だってまだ5年しか経ってないんだもの。うん…うん……。

 ひたすら進んでみたり、下がってみたり、ララは色々試してみたが、一番効果があったのは反復横とびだった。反復横とびをしてみた時、森は混乱したようにぐにゃりと曲がった。木々がザァと音を立て、ララが驚いて足を止めると、森がブルブルと揺れて、木々の間から何匹か影が飛び出してきた。影はララの目の前に飛び出してきて、止まった。ララは怪訝な顔になる。何だか不思議な生物だった。兎のように耳が長いもの、狐のように耳が三角のもの、狸のように耳がたれているもの、3匹居たが、どれも輪郭がぼけていてあやふやであり、この世のものではないようだった。そう、幽霊の様な。


「何これ……」


 その3匹はララの目の前でふよふよと漂い、ララの反応を窺っている。ララが怪訝な表情を崩さないでいると、輪郭が更にぼやけ、遂には消えた。


「え、何? 今の何?」


 ララの問いに答えてくれる存在はいなかった。森はまたざわざわと動き始める。今度はさっきより大きい影が飛び出してきた。形で判断するなら、犬、豚、トカゲだ。さっきと同様に輪郭があやふやで幽霊のよう。そしてまたララの反応を見て、消えていく。当のララはさっぱりだ。いつまでこの動物幽霊レースは続くのだろうか?


「動物だったら、虎がいいなあ」


 思わず口から出た言葉に森が一段とざわついた。勢いよく影が飛び出してくる。目の前に現れた影はやはり、虎だった。輪郭があやふやだが、間違いない。これは虎だ。ララは若干テンションが上がった。ララは前世の頃から犬か猫かと聞かれたら猫派で、ネコ科の動物の中で一番好きな動物が虎だった。豹も捨て難かったが、一番は虎だ。何がそんなにいいのか? と聞かれても困るのだが、かっこいいと思うし、可愛いと思うし、動物園に行ったら虎の檻の前に居る時間が一番長い。けれど、生態を詳しく知っているだとか、写真やグッズを集めているとかいうのはない。それぐらいの『好き』だ。──ぼやけていた輪郭の虎は、段々と輪郭を鮮明にしていく。そうして現れたのは、ララが一番好きなホワイトタイガーだった。ホワイトタイガーはララに甘えるように顔を近づけてくる。


「お、おおお!」


 手をそっと差し出せば、虎はその手に頭を擦りつけた。当然虎に触れたことなんかない。初めて虎に触れたララは、あまりの愛らしさに、顔がにやけている。あの自分が一番可愛いと思っているララがだ! 恐る恐る手を喉元にやって掻いてやれば、虎はごろごろと喉を鳴らした。


「かわいー! ちょうかわいー!!」


 ララはうっかり虎をギュッと抱きしめた。虎は暴れることなく大人しくララの腕に収まる。それどころか喉を鳴らして嬉しそうにしていて、そのままララにじゃれついた。忘れないで欲しいのは、ララは5歳児で、虎は至って普通の成獣したサイズだということだ。はたから見れば完璧にララが食われる寸前の光景なのだが、それを指摘する存在はここには誰もいない。一人と一匹は思う存分じゃれつき、遊んだ。虎は毛並みがふわふわで、顔をべろべろと舐めてララを不快にさせることもなかった。肉球はぷにぷにで、触るとちょっと嫌そうにするが拒否されることはなかった。


「うはー、幸せえー」


 ここ最近の不幸など吹っ飛んでしまいそうな程、ララは今幸福だった。ずっとこうしてもふもふしていたい──いやいやいやちげーよ!


「何やってんだ私!!」


 虎から勢いよく離れて、ララは突っ込んだ。虎はきょとんとララを見上げている。いけないいけない、あやうく流されるところだった。自分はこんなに虎に弱かったのか。どうしたの? まだ遊び足りないよー遊ぼうよーみたいな瞳で見てくる虎を、ララは決死の思いで振り切った。ごめん! ごめんね! 私行かなきゃいけないからっ! ──どこに?

 とりあえず、このままは良くないとララはその場から歩き始めた。虎が起き上がってララの後をついていく。森は今度は動くことはなく、景色は流れて行く。流れて行くのだが、どこまで行っても森だった。歩けど歩けど道はなく、森は途切れない。ここは一体どこなんだ! 叫びだしたくなるララだった。

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