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グリコピロレート公爵令嬢と魔導書

 やあ、皆大好きグリコピロレート公爵家令嬢ユウリカ・ベラドンナ・ララちゃんだよ。元気にしてたぁ? 私はちょっと今ね、具合がよろしくない。ユウリカ・糞馬鹿・オウジョサマ(笑)のとんでもない馬鹿力のおかげで、肋骨がバキボキに折られちゃったんだよね。いやぁ、本当に……本当ッに天国の門を開きかけたよ? ヤツを呪う暇もなくオチたよ? 普通に死んだと思った。でもこうして元気にベッドの中で朝を迎えられているので、魔法ってすごいなと思う。全然背中が痛くないんだよ! ちょっとこれは、本気で魔法を学ぶべきかもしれない。私の生命維持のために。真剣に。

 私を起こしに来た侍女に、治療してくれた人間の名前を聞いて愕然とした。私を治療してくれたのは王宮お抱えの魔術師だというのだ! なんてこった! また王城に行かなければならないのか!? 何でも、呆気なく意識を失った私を見て動揺したユウリカ・ド阿呆・オウジョサマが国一番の魔法使いの元に走って連れて行ったらしい。確か今のNo.1は攻撃魔法が得意だった筈だけど、何でもできるのだろうか。すごいなあ、魔法使いって。──ユウリカ・ベラドンナ・ララ、この世界に来てから初めて他者へ尊敬したのだった。


 お父様が今日は王城へ行かなくていいと言う。ユウリカ・おたんこ茄子・オウジョサマが5歳児にしては気を使って、養生するようにと自宅待機を言い渡して下さったようだ。正直治療のおかげでピンピンしているので、ユウリカ・ファッキン幼女・オウジョサマには全くもって会いたくはないのだが王城には行きたい。ということでお父様にお願いしてみることにした。


「おとーさま、ララ、まほーつかいさまにあいたい! ありがとうっていいたいの」

「そうだなあ。明日会えるように手配しておこう」

「やだ! きょーがいい!」


 お父様は困ったように笑った。「うーん」と唸っている。そうだ、もっと困れ困れ! 私に散々無理難題を強いてるんだからこれぐらいの我儘聞いてくれたっていいだろう!?


「そうしてしまうと、ユウリカ王女様とも会うことになってしまうけれど、いいかい?」

「嫌だ」


 光の速さで返事した。というか、お父様、私がヤツを嫌ってるって分かってるんじゃないか! なのに今まで笑顔で引き会わせていたのか!? なんて腹が黒いんだ! 汚いさすが大貴族汚い!!

 私が地団太を踏んでいると、お兄様が口を開いた。


「お父様、我が家にお招きするのはいかかですか?」

「!! おとーさま! よんで! よんで!」

「うーん、そうだなあ。招待状を送ってみようか」


 お兄様ナイッッッス!! いつも影薄いなとか思っててごめんね! いつも居ても気づかなくてごめんね!! 大好き!! 渾身の力で抱きつけば細い腕が抱きしめ返してくれた。一番上の兄、アトロピンはあまり武芸に明るくない。人当たりが良く顔もいいので侍女使用人たちの間では評判はいいのだが、私と二番目の兄と比べると手がかからなさ過ぎてよく存在を忘れられる影の薄いお兄様だ。将来はその優しさで数多のお嬢さんを虜にするんだろうなあ。お兄様の胸に頬をすりすりしながら思いっきり甘えた。ちなみに最近お父様には一切触れていない。当然だよね。触れるわけNAKUNE!? ユウリカ・すかぽんたん・オウジョサマとのコネ作り以外では基本的に私に甘甘な親馬鹿お父様はお兄様と思う存分イチャイチャする私達をそれは羨ましそうな目で見てくる。そんな目で見られても良心は痛まないわ! あーっはっはっは!


「ララ、背中はもう大丈夫かい? 君が肋骨折られて帰ってきたなんて聞いた時は目の前が真っ暗になってしまったよ」

「もうぜんぜん、いたくないのよ! まほーつかいってすごいね、おにーさま」

「そうだね。私たちの可愛い可愛いお姫様に傷が残らないで本当に良かった」

「うん、本当に」


 ことお肌関連の話をする時のララは真剣である。5歳児がするような表情でないことはこの家の者全てが思っていたが、誰も突っ込みはしなかった。可愛ければいっかーというお気楽っぷりを発揮している。


「でもね、またおーじょさまにあったら、もっとけがするかもしれない。ねえおにーさま、わたし、おしろいきたくないよう……」


 父で駄目なら兄を陥落しろ作戦である。うるうると瞳を潤ませて上目遣いに見上げればイチコロだ。この奥の手を使って陥落しなかったこの家の者はいない。お父様もお母様もお兄様達も使用人達も皆この手に引っかかった。──お父様に王城行きのことでこの手を使わなかったのは、使っても無意味そうだと理解していたからだ。奥の手が敗れた時、人は多大に精神にダメージを負ってしまうので。


「お兄様だって、ララを怪我なんてさせたくないさ!」


 アトロピンお兄様はララをぎゅうっと抱きしめた。ララが小さくぐえ、と洩らしたので力を弛めながら更に続ける。


「けれどね、ララ、私たちは公爵家だ。貴族の中で、爵位が最も高い家柄なんだ。つまりそれだけ王族に近しいということなんだよ」


 小さな子どもに言い聞かせるようにアトロピンは言う。目はしっかりとララに合わせて、真剣な目で。


「分かるかい? 私たちにとって、王族は絶対で、神なんだ。私たちは王族の願い事を叶えなければならないし、喜ばせなくてはならない。何故だかわかるかい?」

「いいえ、おにーさま」


 分かってても絶対分かったとか言いたくありませんお兄様。お兄様とお父様の顔はあまり似ていないのに、それでもそっくり同じように困ったような笑顔をした。


「ララ、君は私たちのお姫様だ。目に入れても痛くない、可愛い可愛いお姫様。でもね、世間的にはそうじゃない。この国でお姫様扱いをしてもらえるのは、ユウリカ王女様だけなんだよ」


 ひどい衝撃だった。このお兄様が、一体何を言っているのか理解できない。何ということだろう!この兄は、まだたった5つの子どもに、世間の非情を説いて聞かせたのだ! なんということだろう! なん……うわああああ!

 あまりの動揺にララの瞳からぽろりと透明な雫が流れた。それを見てアトロピンは大いに慌てる。しかし、彼がハンカチを取っている隙にララは彼の膝の上から逃げ出し、部屋から走って出て行ってしまった。


「ララ……ッ!」

「アトロピン、ララはあんなに小さいんだ。はっきり言い過ぎだ」

「……はい、すいませんでした」


 とか後から言うくせに、お前止めなかったじゃねえか。と公爵家当主に突っ込むことができる人間はこの場にはいなかった。



 ララは自室に戻って泣いていた。うろたえる侍女がララの横で右往左往しているが、今のララは彼女に構ってやる暇はない。あんなことを5歳児にいう兄なんて! お兄様なんて大嫌い! ぐらい言ってやれば良かった! とララは鼻水まみれの顔で考える。どうやら涙を我慢しようとして、代わりに鼻水が出てきてしまったようだ。クッションを盛大に鼻水まみれにしながら、ララは自分の世界がガラガラと崩壊していくのを感じた。

 何でも持っていると思っていた。

 何でも持っていた筈だった。

 公爵家という地位、美しい容姿、前世の記憶という知識。この3つが揃っていれば、何でも叶うと思っていた。

 思いあがった幼女は愛されていたはずの兄に高くなっていた鼻をバキバキに折られ、今やその鼻は鼻水を垂れ流すだけだ。

 幼女は誓った。偉くなってやると。誰からも命令なんてされることもなく、理不尽なお願いを無言の圧力で了承させられることもない存在になってやる! 絶対だ! ──さて、そんな存在はこの国ではほんの一握りの人間……その一握りの人間でさえも侭ならないことは往々にしてある、ということにこの幼女が気付くのはいつのことになるのやら。決意を固める幼女の瞳は闘志に燃えていた。鼻水まみれの顔でも、瞳の輝きだけは一流品の幼女であった。




「今晩はお招きありがとうございます」


 きっちりと上位貴族に対する礼を取るアルバ魔法王国第一位魔法使い、ロジンをグリコピロレート公爵は家族全員で迎えた。ロジンは着込んだ礼服を窮屈そうにしている。魔法使いという割には彼は体格が良く、既製服ではサイズが合わないようだった。既製の礼服を着ていることから、彼が貴族でないことが分かる。貴族ならば例え末端の男爵家でも、オーダーメイドの礼服を一着は持っているものである。


「この度は我が娘を助けて頂き、ありがとうございました」

「いえ、私は王女様の命令を聞いただけに過ぎませんので」

「娘が貴方にお礼がしたいと言って聞かないもので。ほら、ララ」


 当主に導かれ、ララはロジンの目の前に出る。優雅に子女の礼をこなしてロジンに笑って見せた。


「ユウリカ・ベラドンナ・ララです。わたくしのけがをなおしてくださって、ほんとうにかんしゃしています。どうもありがとうございました」

「これはこれは、ご丁寧に、どうもありがとうございます」


 どの世界でも、幼女が拙い言葉で一生懸命にお礼を言う姿は微笑ましく映る物である。例えそれが演技であったとしても、綻びがなければ相手は気付かず、幸せに頬を緩ませるだけだ。ロジンも当代きっての魔法使いであるが、その中の一人だった。

 彼はララの背丈に合わせて体を屈め、その愛らしい顔をよく見ようと顔を覗き込んだ。そして毒気の抜け切った顔で微笑み、「美しいお嬢さんだ」と言う。それを受けてララは「おじさまも素敵だわ」と頬にキスを落とした。このロジン、年はもう30を超えているのでおじさんは正しい。自分に孫が生まれたらこんな感じだろうか? と思考しかけた時に目の前からララが消えた。公爵家長男のアトロピンと次男のスコポラミンに取られたのだ。見れば彼らは敵意をむき出しにしてロジンを睨んでいる。その様すらも微笑ましいと彼は笑って、公爵に話しかけた。


「素晴らしいお子さん達ですね」

「はは、ララは我が家のお姫様なもので。こちらへどうぞ。夕飯を共に」

「お心遣い、感謝いたします」


 通常より1.3倍ほど豪奢になった夕飯の席で、ララはロジンに色々な質問をした。魔法のことについて根掘り葉掘り、時には本当にこの子は5歳なのだろうか? とロジンが首を捻ってしまうような際どいものまで。今のララには形振り構っている余裕はないのである。今までは外見と中身が釣り合っているような言動、行動を心がけるのが第一優先だったのだが、今では違う。自分の身を守るための行為が第一優先だ。あのユウリカ・すかぽんたん・オウジョサマのことだ。4階からガラスを突き破って飛び降りるのが日常となっている可能性は大いに有りうる。つまり、一刻も早く魔法を身につけなければ大怪我一直線だ。昨日の二の舞だ。その思いがララに演技を捨てさせた。持てる知識と手管を使って、時に甘えて、時に大胆に、ロジンから知識を吸収した。彼女は前世では詐欺師紛いのことをしていたに違いないと思わせる見事な手腕だった。


 魔法に必要なのは思い込み、なのだそうだ。正しく呪文を発することでも、杖を手を振ることでもない。『私』が魔法を使ったら『こう』なると思い込むことなのだそうだ。呪文はイメージしやすくするためのもの、杖や手の動作もそれに同じ。何百年か前に実在した稀代の魔術師、タキソールの残した魔導書は才ある者にその魔法を使う為のイメージを植え付けさせるためにあるという。魔導書は人を本の中に引き込みイメージを思うままに操るために、様々な試練を与えるという、とても危険な代物だとも。魔導書は城にほぼ全てが管理されているらしい。才能ある物が無暗に本に引きずり込まれてしまわないように、厳重に管理されているのだ。

 思い込みというのは、子どもの方が得意である。ユウリカ・くそったれ・オウジョサマが魔法を使えるのもそのせいだろう。前世で人生の酸いも甘いも経験して、人間には出来ること出来ないことがあると知っているララにはとても難しいといえる。そこでララはある一計を案じた。笑顔でロジンを見送りながら、ララはほくそ笑む。

 魔導書に入ってしまえば、魔法を覚えられるし、一時的に王女から逃げられるじゃないか! 魔導書がどんなものか知らないが、あの王女と一緒にいることとどっちが苦痛を感じるだろうか? 答えは後者だ! 当り前だろう! 魔導書はやりきれば魔法を覚えることが出来るのだから!

 王女を出し抜き、いかにして魔導書のある部屋へ忍びこむか、ララは一晩考え続けた。


 そんなララの計画は、ユウリカ王女の前では全くの無意味だった。


「イヤアアアアアア!」

「アーアア~!」


 ちなみに上の悲鳴がララで、下の叫びがユウリカである。わざわざ注釈をつけるまででもなかった。王城に辿りつき、ユウリカの部屋に通された時点でララは以前とは少し違った。そしてユウリカも少し違った。ララの身を慮りながらも何故か内緒話をしたいような素振りを見せるのだ。そこでララは手を打ち、部屋にいた侍女と使用人を呼びよせた。


「何でしょう、お嬢様」

「ひみつのはなしをしたいのです。たいしゅつなさい」

「恐れながら、それは出来ない相談でございます」

「わたくしに、また、4かいからとびおりろと?」


 そう言い放った時のララ様のお顔はとても直視できるものでは御座いませんでした……と後に侍女は語った。こうして部屋を無人にしたララだったが、それにユウリカが大人しくなったのは3分だけだった。いや、3分も彼女を大人しくさせたことはこの城では奇跡である。素晴らしい! 侍女使用人たちはララを尊敬の眼差しで見つめた! しかし悲しいかな、3分だけである。その時の2人の会話はこうだ。記せるのは会話のみだと言っておく。侍女使用人たちがいない部屋では、ララは……これ以上は私の口からはとてもとても。


「あのね、あのね、ララは、りゅうにあった?」

「……ええ」

「ほんとう!? あのね、きのう、りゅうをせっとくしよーとおもってたの!」

「へえ」

「わたし、りゅうとあいたいの。だから、あのやまにいったの」

「ほお」

「でもあえなかった。わたし、ララがうらやましい」

「ハハッ」

「あのね、りゅう、なんていってた?」

「ユウリカのこと嫌いだってよ」

「うそ!」

「もう会わないとも言ってた」

「そんな! うそよ!」

「そんなことより私魔導書に興味あるの」

「まどうしょ? うん、しってるよ」

「何処にあるか、分かる?」

「うん! つれてってあげるね!」

「いや、いらない。場所だけ教えて」

「わかった!」


 その後が、あれである。ユウリカ王女にはまだ場所だけ教える、という行為は難しかったようだ。場所を教えるイコール連れて行くという方程式なのだ。そんなわけで、ララとユウリカはガラスを突き破り4階からダイブした。子どもの短絡的思考を計算の内に入れていなかったララの落ち度である。ていうかこれが一晩練った策略なのだろうか。お粗末にも程があるぞ、ユウリカ・ベラドンナ・ララ。これじゃあユウリカ王女に勝てる訳がない。そんなわけで、ララは今日も元気に4階から落ちていった。

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