グリコピロレート公爵令嬢と黒い竜
初めまして、そうでない方はまたお会いしましたね。どうも、ユウリカ・ベラドンナ・ララです。ララまでで名前です。家名はグリコピロレートといいます。爵位1位の公爵家に生まれ、今まで蝶よ花よと育てられ、すくすくと育つのに不要な障害物は視界に入る前から取り除かれるお姫様生活を送っていました。公爵家令嬢とはそういうものです。貴族なんです。お姫様なんです。冒険などという二字熟語とは縁の欠片もない生活を送るはずなんです。それが一体全体どうしてこうなったんですか? 要点をまとめてわかりやすく簡潔に、レポート形式にして私に提出しなさい。字数は1000文字程度で。
「イヤアアアアアアア!」
木にばっさばっさと引っかかりながら、私は落ちていた。一体どういうことなの!? わけがわからない! わけがわからない!! いや理由なら分かる! 今隣で! 楽しそうに笑っているこいつが私と共に4階のベランダから飛び降りたからだ! ふざけるな! 落ちたいなら自分一人で落ちろ!
やだ。やだ。速度早い。早すぎ。葉っぱ痛い! 幹痛い! やめて! 傷一つない私の肌にどんどんかすり傷が出来ていくじゃない! あんたらどきなさいよ! どうせ無駄につったってるだけでしょう!? 邪魔でしょう!? 今この時私のためだけにどきなさい! 木め!! ──OH! ジョニィィ! イリュージョンよ! イリュージョンが起きたわ! キャサリン落ち着くんだ! 落ち着けば大抵の物事は上手くいくんだ! これはその例外ってヤツじゃあないかしらジョニー! ──なんと、私の落下を妨げていて木が忽然と消失した。ウワアアアオ。OWATTA! ダイレクトに私は地面に叩きつけられた。
「ララ、ララ、だいじょうぶ?」
呑気な声が上から聞こえる。ふざけろこれが大丈夫なわけあるかボケナス。しかし私は大丈夫だった。打撲打ち身はひどいがピンピンしている。なんてこった! 私は身体能力まで勝ち組だったのか! さすが私! 鼻血も出ていない。ホッ。美少女が鼻血なんてありえないよ。うんうん。じゃねーよ!
「いきなり何するの!? 死ぬところだったじゃない!」
「わたしもまさか、まほーできをけすなんておもってなかった!」
けたけたと笑うお姫様は全くの無傷だ。何だこいつ。化け物か。思いっきり不審な目をしてたんだろう。お姫様はえっへんと鼻を鳴らしてえらそーに言った。三枚に下ろすぞお前。
「あのね、らっかそくどをちょうせつすれば、けがしないでおりられるのよ!」
「はあ?」
意味理解して言ってるんだろうか、このお子様は。
「あのねあのね、ふわってするイメージなの! ふわって! ぽーんて! ぬいぐるみにぶつかるみたいに!」
「ああ、いや……ちょっと待って。私がさっき魔法を使ったって言った?」
「え? うん、きをけしたでしょう?」
「……私が?」
「ララが」
待ってくれ。言っている意味が私はよく分からない。魔法っていうのは、何の手ほどきも受けてないガキでも扱えるものなのか? いきなり大木一本をかき消してしまえるような……確かに消えろ! とは思ったけれど。肌に傷がつくのが嫌で、心の底から消えろ! と願ったけれど。……私、すごくね?
「私すごいじゃん!!」
「まほーすごいよね!!」
「うん、すごいすごい!」
初めてお子様と意見が通じた瞬間だった。何か間違ってるって? 何のこと? 世の中勘違いと理不尽で成り立ってるんだよ。テストには出ませんよ世界の常識なので。
「ね! ね! こっち!」
そのテンションのままお子様は走り出した。2人で盛りあがった時に、手を取り合ってぴょんぴょん飛び跳ねていたので思い切り引っ張られる。ちょっと待てい! 私はもうお父様の元に帰るのよ! 上からちょう叫んでんのアンタ聞こえないの!? 振りほどこうにも振り解けない。ねえジョニー! このお子様ありえないわよ! とんでもない力よ! オーゥキャサルィ~ン! 僕にそれを言うのかい? このリフティング高校生部門地区第1位の僕に! 足も速いわよ! こっちはもうもつれてるわ! オーゥキャサルィィ~ン! 僕にそジョニーうぜえ。
お子様は爆走し、右に左に兵を避け使用人を避け縦横無尽に走り回る。やばいもう道を覚えてない。このお子様こんな遠くまで一体何の用だ! くだらない用事だったらぶっ飛ばす! くだらない用事じゃなくても蹴っ飛ばす!
城の裏手にある森の奥に開けた場所があった。草はところどころ禿げ、木々はなぎ倒されている。そうして人工的に出来た広場の真ん中にでんと構える一匹の獣。嬉しそうに走り寄るお子様に呆然としながらも手を引かれた。竜だ。とても大きい、黒い竜。前世では想像上の産物でしかありえなかった生物が今目の前に鎮座している。お子様を見た時の衝撃が、またあった。手を引かれていなかったら絶対に尻もちをついていただろうことが容易に分かるその圧倒感。大きくて、偉大だ。鱗の一枚一枚が綺麗に揃って並んでいて、そのどれもが淡く光って美しい。全てが滑らかな曲線で形作られていて、贅肉だとか、無駄な肉は一切なかった。瞼がゆっくりと開いて、金色の瞳と目が合う。縦に一線すうっと瞳孔が通っていて、その線が目があった瞬間に細くなった。
『ガキ、また来たのか?』
「きょーはね、おともだちをつれてきたの!」
『どうせ無理矢理連れて来たんだろう』
脳に直接響く低い振動。それはこの世界の言葉ではなかったけれど、何を言っているのかは不思議と分かった。気安げなやり取りを交わす竜とお子様を見て、頭を抱えたくなった。このお子様は、何てものを城に飼っていやがるんだ!
竜といえば、魔族の使い魔として筆頭に上がる生物だ。竜を見ればその背に魔族が乗っているとこの国の人間ならば思う。しかし目の前に居る竜は使役なんてとてもできそうにない。きっと竜の中でも上位に違いない。何なんだ、この状況は! 何なんだ、このお子様は!
『おい、ソイツを連れてもう帰れ』
「えー! きょー、きたばっか!」
『あーそうかい。だが俺はもう行くぜ』
背中が膨れ上がる。たたまれていた羽根は竜を支えるには些か役不足そうな小ささだった。小さい羽根を巧みに上下に動かして、竜は飛翔を始める。お子様が何かを喚いていたけど、もう聞こえなかった。吹きつける風が強すぎて、幼児の体なんて簡単に吹き飛ばされてしまう。転がって着地したせいであまり痛くはなかったけど。ていうか、なんであのお子様はこの風圧の中平気でいられるんだ! おかしいだろ!
『もうここには来ない。じゃあな小さいの』
「──!!」
『もう聞こえん。縁があったらまた会おう。お前の場合は追ってきそうだがな』
「──!────!」
最後に竜は私に一瞥を寄こして、顔を歪めた。私にはそれが笑ったように見えた。
竜が飛び去って行った後、兵や使用人たちが大量に広場に流れ込んできて、呆然とする私と泣き叫ぶお子様を回収した。当然どっちも散々に怒られたのだが、今回私に全くの非はなかった! しかし怒られた分量でいうと私の方が遥かに多い。おかしい。差別である。早く帰りたい。もう二度と王城には来ない。むしろしばらく部屋から出たくない。




