グリコピロレート公爵令嬢と王女の初邂逅
王城はまさに城! という風貌だった。塔がいくつも立ち、塀が何層もあり、城下にあった筈の我が家からかなり馬車に揺られた。王城どんだけ広いんだよ! お父様に嫌味100%で「ねえまだ?」「まだ着かないの?」「ねえお尻いたいー」と文句を言っていたのだが、お父様は笑って「魔物の侵攻に耐えなきゃいけないからね。広く強固に作ってあるんだよ」と笑うだけだった。もう、早く大きくなりたいものだ。今じゃ機嫌悪くたって周囲を和ませるだけのものでしかないのだ。美人の冷たい顔ってダメージあるよね! 早くそうなりたい!
城の内部は重厚感があって、空気が重苦しかった。子供が遊びに来るとこじゃないな。外観や内装にこだわるよりも、実を取っていると目に見えて分かる城の作りだ。この国が長いこと魔物と戦争をしているのだとよく分かる。誰も馬車での穏やかな空気が嘘のように深刻な顔をしているので、自然私も黙る。私って本当に素晴らしい子供だよね。空気読めるし、分別あるし、賢いし。ふん、王女様だからっつって威張り散らしてるような馬鹿なら、影から操ってやるんだから、覚悟してなさいよね。なんてことを考えながらお父様に手を引かれて進む。お通夜のような雰囲気は苦手だ。馬鹿なことを考えたくなる。自分のお葬式を思い出して辛いから。
嫌なことを思い出し、自らも葬式の様な雰囲気を醸し出しながら一行は進んでいく。くう、何か、何か違うことを考えよう。何でこの城はこんなに嫌な気分になるんだ? 空気が重苦しすぎて、叫んで走りだしたくなる。お父様の手を握る自分の手が汗ばんでしっとりとしていて気持ち悪い。ぎゅっと力を込めれば、更に力を込めて握り返された。お父様の顔を見上げれば、困ったような顔をして笑っていた。
「この城にはね、魔法がかかっているんだ」
「まほう?」
「この城に慣れていない人間が来たら、記憶の中の、嫌なことを思い出させる魔法。その人がもし記憶喪失とかで記憶をなくしてしまっていても、この城に来れば一番嫌な記憶だけは蘇る。慣れればそんなことないんだけどね」
なんて城だ! 今すぐ打ち壊した方がいいぞこんな城! 前世の記憶では魔法はあり得ないことだったので、この世界での魔法の万能さに驚愕する。
「何その嫌なことを思い出させる魔法って! ピンポイント過ぎじゃない!? 城にかける魔法じゃなくない!? むしろ魔王城とかにかかってるような魔法じゃない!?」
……はっ、思わず思う存分突っ込んでしまった! お父様は目を瞬いている。周りの従者や王城の使用人も私を見つめてくる。何だお前ら、見んな。
「はは、確かに、その通りだ。でもねララ、魔物からしたら、この城がラストダンジョン、魔王城なんだよ」
そういえば、そうか。思わず間の抜けた顔になる。従者や使用人はまるで可愛らしいものを見るような目で私を見た。あー、うん、まあ、よかった。いつもの幼児っぽい喋り方じゃないのに気付かれてないのは、良かった。しかし私は時々こういうミスをする。人間と魔物が戦争をしている事実を、まるで前世のRPGのゲームの世界のように勧善懲悪の出来事のようにしてしまう。私たちは悪くない。悪いのは異形の魔物です。まるで小さな子供のように、そう思ってしまう。それを大人たちは笑って許して、諭してくれる。もう何度目かになるその指摘を、何度注意させるんだ! と怒ることなく。精神年齢では子供じゃないという自負がある私はそれにも戸惑う。注意されたことは1回で直したいのに、意識を改革することは中々に難しい。ううん、どうしても今日の私は話を難しい風に考えちゃうな。これも城の魔法とやらのせいなのかしら。
などと考えていたら、目の前はもう王女の部屋に繋がるドアだった。おいおい、勘弁してよジョニー。ヘイキャサリン! じゃあ俺とドライブしようぜ! それイイわね! 私海が見たいわ~
「ララ、ララ?」
「はっ!」
「大丈夫かい?気持ち悪かったりするかい?」
父親や従者、使用人が心配そうな目で私を覗きこんでいた。すいません、ちょっと海に行ってました。妄想の中で。
「ある子爵家のお嬢さんはこの城に来るなりいきなり泣き出してしまったらしい。ララはそんなことなかったけれど、大丈夫かい?」
やっぱりこの城子どもに悪影響じゃないか! なんで連れて来たのお父様! ひどいよ! ちくしょう!! しかし引き合いに出されたのが子爵家であっては、私は引き下がれるわけがない。私は公爵家令嬢ユウリカ・ベラドンナ・ララですよ? 子爵家に出来ないことが出来て当然なのです。勿論、この城だって平気に決まっているでしょう?
「へーきです。おとーさま」
にっこりと笑ってそう言えば、お父様は「さすが私の娘だ」といい子いい子してくれる。ふんと鼻をつーんとあげてまっすぐ前を見据える。私は公爵家令嬢ユウリカ・ベラドンナ・ララなのよ。この城がいくら余所者に冷たい城だといっても、私に効くはずがないでしょう。なんたって私は、人生勝ち組なんですから! 「さあ、行こうか」と言ったお父様がドアを押し開ける。部屋の中は光が溢れていたようで、零れ出る眩しさに目を細めた。
その部屋は壁一面がガラス張りだった。天井から床まで全てがガラスで出来ていて、その一面から光が溢れていた。目が慣れた頃、部屋の真ん中にちょこんと座る小さなお姫様に目が釘付けになった。この部屋には今までの武骨な城の中とは違い、洗練された私好みの調度品があるというのに、そのお姫様に圧倒された。そこには圧倒的な覇者がいた。顔は私の方が美しい、と浅ましい私の心が相手より優れている点を見つけようとする。覇者だと思うのは、窓から溢れる光のせいだと思いこもうとする。しかし彼女はどう足掻こうとも紛れもない王者で、私より身分の高い覇者だった。王族とはこういうものなのか。目が怖い。爛々と輝き、私を楽しそうに見つめる目が怖い。無邪気ににこりと笑うその様までも圧倒的だなんて、王族って怖い。ずるい。人生勝ち組って、私じゃないじゃん。こいつらのことじゃん。
私はまた前世の記憶のせいで間違ったのだ。昔は身分の差などなかった。生まれに多少の貧富の差はあっても、誰でも裕福で、頑張れば勝ち組なることが出来たかもしれなかったあの世界とこの世界は違うのだ。この世界には、身分の差がある。どう足掻いても超えられない壁がある。なんだこの子供は。これがお姫様か!
お姫様が椅子をひょいと降りて私に駆け寄ってくる。逃げそうになる私をお父様の手が優しく止めた。行かせてよ、逃がさせてよ!いやだ、この子嫌いだ。私より偉い子なんて、大嫌いだ。
「はじめまして! あなたが、ユウリカ? わたしもユウリカっていうのよ! よろしくね!」
真っ黒な黒髪をサラサラと揺らしてお姫様は無邪気に笑う。うん、やっぱり、私の方が美人だわ。声だって、私の方が澄んでいる。
「ユウリカ」
お父様に促されて、ようやく私は返事をした。「……ユウリカ・ベラドンナ・ララ・グリコピロレートです、王女様」ユウリカ様、と呼んであげないのは私の意地だ。同じ名前が2人もなんていらないのよ。
「うん、ユウリカ・ベンドラナ・ララ・グリコね! じゃあ、あなたはララね! おなじなまえが2人なんてこややしいから、あなたはララね!」
「ああ、この子は家でもララと呼ばれてるんだ」
「まあ、ちょーどいいわね! わたしは、ユウでも、ユウリカでも、どっちでもいいわ!」
早速名前を間違えられてるし、家名なんて半分に短縮されてしまっている。こややしいってなによ。ややこしいって言いたいの? 私だって、ユウリカっていう名前なのに! 確かにユウリカよりララって言われた方が反応できるけど! でも、断定されたのが気にくわない。しかし王女様と仲良くしたい父の手によって、話はどんどん進んでいく。ユウリカは王女様で、私はララだ。
「ララはすごいわねえ。なまえをぜんぶいえて、わたし、ぜんぜんおぼえらんないのよねえ」
「はは、王女様のお名前は仕方ないですよ。何せ王族ですからね」
「もうっ! グリコこーしゃく! わたしは、ララとおはなししてるのよ! こーしゃくがしゃべるせいで、ララがしゃべってくれないの!」
「はは、すいません。では私は大人しくお茶でも飲んでいましょう」
「ええ、そうしてちょーだい! ララ、いきましょ?」
最悪だ。何が最悪って、味方がいなくなった。いいじゃん。もうさ、私じゃなくてお父様とお友達になればいいじゃん? ね? もう私に構わないでくれ。私は今人生の理不尽さについて思考したい。上げて上げて落とすなんて、この世界の神は鬼か! 鬼畜か!! 修羅なのか!?
「ねえララ、あなた、まほうはつかえる?」
「え? 魔法?」
いきなり何を言い出すのだこのお姫様は。子どもは脈絡がないから嫌だ。
「そう、まほう! わたしはね、ちょっとつかえるのよ!」
そりゃあ、王族が魔法使えなかったら一大事だ。大事だ。国家転覆レベルの大惨事だ。王族の名前がクソ長いのはそれが呪文であるからだ。王家の血をひくものが名前を正しく言うこと。これを発動条件にして、ある魔法が発動される。この国の人間なら誰でも知っている。
「ララはつかえる?」
こてんと首を傾げるお姫様。冷たくされることなんて微塵も想像してない顔だ。おいこんな顔見覚えあるぞ。昨日見た。
「使えないわけないじゃん」
ハッと鼻で笑ってやった。いや、使えないけど。まだ5歳だからね。王族と違って諸々の授業はそんなに切羽詰まってないのだ。お兄様達は小さいころからガンガン仕込まれたのかもしれないけど、私は蝶よ花よとのんびり育てられている。
しかし何を勘違いしたのかお姫様は、ぱあと顔を輝かせた。何よその顔、すっごく背中がゾクゾクする。
「すごい! すごいわララ! ぼうけんができるわね!」
そう言うなりお姫様は私の手を取って走りだし、ガラスにアタックした。ガラスが飛び散る。え、え、どういうこと? 子どもは脈絡がなさすぎるから困る。ほんとーに困る! 視界の端に呆然としたお父様の姿を見つけて、思わず手を伸ばした。
「たすけ、」
「どーん!!」
あろうことかお姫様は、ガラスを突き破って4階からダイブしやがった。




