グリコピロレート公爵令嬢と王女の襲来
お父様とお互いに困惑しあっていると、突然眠気に誘われた。この眠気には覚えがある。まだまだ幼児――いや、今でも幼児なのだが、もっと幼い時、2歳だか3歳だか辺りの時の話だ――だった頃、疲れ果てて眠りに着くようなあの心地に似ている。別に疲れることなんて何もしていないのに何でだろう? 心配そうに私に体をおしつけてきた虎の感触を感じながら、お父様の腕の中に倒れこんだ。
「魔力切れでございますね」
城付きの医者は簡潔に答えを述べた。娘の一大事に慌てて医務室に駆け込んだ公爵は虚をつかれたようだった。
「魔力切れ。……王女様と同じような?」
「ええ。王女様と同じでございます。公爵令嬢様が覚えになられました『使い魔を作る魔法』ですが、魔力を著しく消耗する燃費の悪い魔術として有名なものでございます。しかも公爵令嬢様は魔導書からお目覚めになられてから常時展開し続けていらっしゃったそうですね。それではいくら公爵令嬢様が魔法に優れていらっしゃるからといっても、魔力が切れてしまって当然でございます」
そういえばララから片時も離れようとしなかった虎の姿は何処にもない。ララが気を失ったと同時にいなくなったのか。
そもそも魔力切れで倒れることなど公爵は初めて聞いた。公爵は魔導よりも武勇に秀でた人であったし、魔力切れで倒れるなど本当に小さな、幼い子供が魔法を覚えたての頃に一度経験するかしないかという現象だ。大抵倒れる前にひどく疲れるので自らやめるパターンが殆どで、ぶっ倒れるまで魔法を行使し続けるなどよっぽど魔法に夢中になっているか、馬鹿のどちらかだ。王女の場合は恐らく魔導書に干渉するなどという無茶な真似をしただめだと考えられているので例外だが、ララの場合はどうだろう? 無論、後者だ。ララは自分では全く、一分も気付いていないが、肝心なところで抜けている阿呆の子だった。
「ララ様、おはようございます」
「……おはよう、キャシー」
次に目が覚めた時、もういつもの自分の部屋だった。公爵領地にあるグリコピロレート邸の一室。いつもの侍女。変わっているのは、侍女の他にもう一匹、寝起きの私を見つめる存在がいること。勿論、虎だ。
「とら~」
手を伸ばせば近付いてきてくれるので思う存分毛並みに顔を埋める。はあ、気持ちいい。お風呂に入れなくたって虎の毛はいつだってふわふわでもふもふだ。魔法生物って素晴らしいね!
「ユウリカお嬢様、目覚められたら旦那様の部屋にいらっしゃるよう伺っております」
「おとうさまが? はあい」
キャシーは私がオネガイしたのでララではなくユウリカと呼んでくれる。名前を呼んでもらえると、本当に自分のテリトリーに帰ってきた気がして嬉しくなる。笑顔でキャシーに返事をして、ベッドから出た。
「ああララ、おはよう」
まあお父様は呼んでくれませんけどね!
「おはようございます、おとうさま」
「ララ、その使い魔のことなんだがね、あまりその魔法を使うのはよくないんだ」
え、ええー! そんな、急に言われても困るー!
「とらは、かっちゃだめですか?」
見ろ! 必殺うるうる上目遣い攻撃!
「そういうことを言ってるわけじゃないんだ。ララのためなんだよ」
効かなかった! 私に10のダメージ……
「昨日、ララはいきなり眠ってしまっただろう?」
「はい、おとうさま」
「あれは、ララが魔法を使いすぎたせいなんだ」
「えっ!?」
「ララはすごく魔法の才能がある。でもね、使い魔の魔法というのは、すごくすごーく難しい魔法なんだ。だからずっと使っているとすごく疲れてしまって眠くなって、当分起きられなくなってしまう。魔法を使うなとは言わない。でもずっと使い続けるのはやめなさい」
ああ、昨日の疲れの原因は虎のせいだったのね。私に沿うように腰を落ち着けている虎が首を捻って私を見上げた。……あー可愛いなあ、虎は。
「……あの、おとうさま」
「なんだい?」
「おっしゃったことはわかったのですが、わたし、あの……まほうをつかってるきはないんです」
「え?」
「きづけばとらがいるから、まほうをつかわないとか、つかうとか、よくわからないです」
お父様の柔和な笑顔が固まった。
調べてみたら使い魔の魔法というのは、常時展開し続ける魔法のようで、過去に少数いた魔法使いたちも皆使い魔は出しっぱにしているようだった。姿を見えなくしたり、小さくしたりすれば魔力の消費を抑えられるようなのだが、どうすればいいのか全く分からない。王国第一位魔法使いロジンもこれにはお手上げだった。
「私に聞かれましても……私は使い魔の魔法は使えませんし、研究が進んでいる魔法でもないので、お答え出来ませんとしか」
「何かヒントになるようなものはないか?」
「全く……魔法は少し違うだけで全く異なる代物になるものですので」
虎の上でもふもふしながら、お父様に質問攻めにされるロジンを見上げた。王国第一位魔法使いってのも大変だな。何かあれば貴族に呼びつけられて身分の差ゆえに拒否も出来ないなんて。それが自分のせいだというのは都合よく考えないことにした。
ようやくお父様は諦めたのか、質問攻めは終わった。使用人がお父様を呼びに来て部屋から出ていき、後には私たち二人が残される。一息ついたロジンが私に顔を向けて苦笑した。
「こんなに手がかかるのは王女様だけだと思っておりましたよ」
「失礼な! あそこまで酷くないわ!」
「似た者同士ですよ」
どこがだ! 一緒のところなんて、名前と性別と誕生日で十分だ! それ以外何ひとつ同じじゃないね! だって私優秀だし! 可愛いし!
「その使い魔は一体何が出来るのですか?」
「何がって?」
「例えば火を吹いたりだとか、雷を落とすだとか、」
「そんなことできるわけないじゃない」
ロジンはぴしりと固まった。
「強いて言うなら、足が早いわね」
「……ララ様、魔法とは想像力の世界なのです。出来ると思ったら、何でも出来るのですよ」
「必要としてないもの。火が欲しかったら侍女を呼べばいいし、雷なんて危ないじゃない」
国が魔族と戦争しているなんて蚊帳の外。平和ボケしているララだった。
ロジンは深いため息を吐く。せっかく何十年かぶりに使い魔の魔法の使い手が現れたというのに、これでは宝の持ち腐れだ。先代達は特別な能力を持つ使い魔によって、戦争において大いに貢献してきたというのに! いや、幼児にそんなことを期待するのはそもそも間違いなのだと、ロジンは落胆する己を諫めた。そこで気付く。ちょっと待てよ? この公爵令嬢、本当に普通の幼児か?
虎の上から真顔でロジンを見つめるララは 幼児が浮かべる表情には全く相応しくない。先程まで自分と為していた会話は驚くほど滑らかで、打てば響くといえる程返答が早い。――ませた子どもとも言えなくはないが、それにしたって早熟過ぎやしないだろうか?
ロジンはララを見つめる。ララも、ロジンを見返す。おかしな空気を破ったのは、この場にいるはずのない人物だった。
「ララ!!」
「うっわああ!」
年代物の扉が吹っ飛んだ。おいおい待ってくれよジョニー。あの扉、精巧な細工がしてあって、元の材質の稀少性と合わせたら国宝レベルの代物なんだぜ? ウーン、仕方ない。物っつーのはいつか壊れるモンさ! はははふざけるなよジョニー。弁償しろ! 今すぐにだ!! ――しかしそんな主張通るわけがない。幼児が壊せるような扉なのが悪いのだ。またお前ですか。ユウリカ・フラグクラッシャー・王女様!
「ああ、ララ! いきてるのね!」
勝手に殺さないで頂きたい。私はまだまだ何十年も生きる予定だ。少なくとも貴様よりかは絶対に長く生きたい。
「ああ、ララっ!」
べしゃ。
ユウリカ・少しは学習しろそれ以外出来ないのか・王女様の突進は我が愛虎によって塞がれた! あああもうほんとこの子やばい。有能過ぎてやばい。今何かロジンに無能の烙印押されたような気がするけど全然そんなことないよ虎! お前マジ輝いてるよ!!
「ぐぬぬぬぬ……」
「グルルル……」
ララが感激し、ロジンが驚愕している中で一人と一匹はお互いに火花を散らしていた。両者とも一歩も譲らない。お互いの力が拮抗しているのだ。ララは胸が高鳴った。――この虎、マジ使えんじゃね!?
「そうよ虎! そのままソイツを押し倒して動けないように押さえ付けておしまいなさい! ヤツの息の根を止めるのよ!!」
小さななりで背をそらせ、高笑いをあげながら一人と一匹の攻防を指差す公爵令嬢は、どこからどう見ても悪役だった。どうやら興奮して猫を被ることが頭からすっかり抜け落ちてしまったらしい。ロジンは王女のせいで数々の被害を被り、ついには頭をもどうにかしてしまったらしいララのことを、そっと目を伏せて見なかったことにしてあげた。絶対王女こんぐらいじゃ死なないし。
公爵が急ぎ戻ってきた部屋で、次男のスコポラミンも含めて改めてお茶会となった。王女とララの間には虎が横たわり目を光らせている。王女も絶対に虎から目を離したりはせずにお互い威嚇しあっている様は……その、どう見ても野性です……。
「おとうさま、おかあさまとアトロピンおにいさまは、どうしたのですか?」(二人だけヤツから逃れるとかマジ卑怯じゃね? 全員呼べよ!)
「二人は疲れているようだったからね、部屋で休ませているよ」(ははは、二人はララ程体が強くないんだ。無理に決まっているだろう)
にっこりと笑うララに公爵。その会話の裏に副音声が聞こえた気がして、ロジンは腹が痛くなった。まるで気付いていない様子の次男が羨ましい。お茶請けを貪るように食べている。笑顔の攻防を見ていられなくて、ロジンはスコポラミンに話しかけようと思った。しかしはたと気付く。こいつのこと、何も知らない……!
普通有力貴族の子どもは噂の格好の種なので色んな情報が錯綜する。実際ロジンも嫡男のアトロピンや目の前のララのことは会う前から噂で色々聞いていた。しかし、スコポラミンのことは何も思い出せない。何故だ、もう痴呆が始まってしまったのか私は!?
「王女様、もう体は大丈夫なんですか? 倒れられたと聞きましたが」
ロジンが己の頭の具合を思い悩んでいる間に、スコポラミンは自分の分のお茶請けを食べ終え、お茶を流し込んだ。あくまで伝聞系で彼は言うが、スコポラミンも王女が倒れたその場に居た。そしてその目で見ている。……筈だ。虎にばかり目が行っていたのかもしれないが。
「ええ。すっかり、げんきよ。だからララにあいにきたの!」
「王女様が急に城を出てはいけませんよ。供の者が大変です」
「へいきよ! みんな、いってらっしゃいっていったもの!」
そう言った皆の顔は、ひどく疲れていたんだろうなあ。ロジンは城の同僚達のことを思い馳せた。
「それでも、いけません。王女様は城から出てはいけません。ララに会いたいなら、ララを城に呼びつければいいのです」
あ、今ララ様がすごい顔でスコポラミン様のことを見た。
「だって、わたしがいったほうが、はやいのよ」
「それでもです。外は危険です。魔物が襲ってくるかもしれない。王女様にはまだ早い」
あ、ララ様がまたすごい顔をしている。背後のオーラから判断するに『私は危なくないのか? 魔物に襲われてもいいってのか? え? 兄ちゃん。え?』だな。恐い。この子ども恐い。目を合わせないようにしよう。
「わたし、まものなんかに負けないわ!」
「その発想が子どもだと言ってるんです」
はっそう? はっそうってなに? と王女様は目の前の虎に聞いた。いやあ、虎は答えられないでしょう、王女様。虎は無反応だ。ちなみにスコポラミン様と会話している王女様だが、目はずっと虎を見つめたままだ。スコポラミン様とは一度も視線を合わせていない。
「それがお分かり頂けるまでは城を出てはいけません。わかりましたか?」
「……」
「王女様?」
「……ええ」
おおお! 王女様がついに折れた! このロジン、長く王城に勤めて参りましたが、王女が大人しく言うことを聞くところを初めてみました! すごい! スコポラミン様、すごい!!――と、ロジンは心の中だけで拍手喝采した。実際行動に移すには、ララの目が余りにも恐すぎたので、自重した。何なんだろうこの家。もう帰りたい。
そして、ふと思い付いたようにスコポラミンが言った。
「そういえばララ、その虎の名前何ていうんだ?」
スコポラミン様の言葉に一番反応したのは虎だった。がばりと起き上がって、尻尾を振りつつララ様を期待の眼差しで見つめている。振り回した尻尾の先は全部王女様に当たって、かなりいい音を立てている。――ここが王城でなくて良かった。――ロジンは視界に映る侍女の今にも卒倒しそうな顔色の悪さを見て心底思った。
「ララ! わたしがきめてあげるわ! カスよ! こいつのなまえは、カスできまりよ!」
「いや、からあげというのはどうかな。ララ好きだし」
「ははは、からあげが好きなのはララじゃなくてスコポラミンだろう? そうだなあ。アントキノイノキ8世ていうのはどうかな」
「お父様、それこそお父様の歴代の愛馬の名前ではありませんか。前から思ってましたがお父様はネーミングセンスが無さすぎです」
「え? それをスコポラミンが言うの? うーんじゃあそうだな、ロドリゲス15号というのはどうだろう?」
「最悪です。それはお父様が今まで仕留めてきた魔族の名前です」
「ちょっと! そんなかっこいいなまえいらないわ! カスできまりだってば! カスじゃいやなら、フンね!」
「……ララ、やっぱり俺のからあげが一番いいと思う。もしくはそうだな……ヤキトリかな」
「スコポラミンはお腹が空いてるのかい?」
どれも最悪だよ、ってララ様のお顔が言っております。お三方。
結局名前はララ様が自分でお決めになって、サキと名付けられた。意味はさっぱりだが候補に上がっていたどの名前よりも素晴らしいと思う。虎本人も満足そうだ。
サキというのはララの前世での名前です。よくある名前にしようと思って友達の中で被ってる名前を参考にしました。ちなみに5人くらい?被ってます




