グリコピロレート公爵令嬢と王女の従者
貴族の階級は王族を筆頭に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続いていく。アルバ魔法王国ではこの爵位が実に頻繁に変わる。跡継ぎや当主が死没してお家断絶、戦争で貢献して爵位が上がったりなど。基本的に下がることはあまりない。下がるような羽目に陥った貴族は、その前に断絶してしまうからである。庶民が貴族に成り上がることも多い。この国での貴族とは、即ち、戦争で使える人間を多く産み出すことの出来る見込みのある有望な血族と定義されているので、二代か三代に渡り優秀な人間が続けば直ぐ様男爵になれるのだ。
「アオイ家?」
非常に不本意なことに、来るのが恒例となってしまったユウリカ・アホバカマヌケオタンコナス・王女様の部屋にて、唐突にヤツに聞かれた。相変わらずこの部屋には誰も居ないので思う存分ヤツを苛めている。しかしヤツにはまっっったく効いてないのでとても悔しい。サキ! もっと頑張って! 睨み合うだけじゃなくってヤツに傷を負わせてやってよ! しかしさっきから二人は睨みあったままぐるぐる回るだけで、一触即発のピリピリした空気さえ慣れてしまえば平和なものである。
「そう、アオイけ」
「確か武勲で貴族入りした男爵だったと思うけど。何か化け物かってぐらい強いって」
何だっていきなりアオイ男爵家の話が出るんだ? 何かしたのならともかく、ただの会話に出る程の爵位じゃない。
「アオイけが、わたしのじゅうしゃになるのですって! きょう、くるのよ!」
「ああん?」
ちょっとちょっとちょっと! 私聞いてねーよ! 来るっていつだよ! 何であたし呼んだんだよいらなくない!?
「ちょっと、それいつ来るのよ」
「うーんと、あのはりがうえにいくとき!」
「後30分もないじゃん!!」
こいつの部屋には誰も近寄らないからって私は随分好き勝手している。ソファーに寝ころび、本を広げながら用意されたお菓子を自分一人で貪っている。こんなところを他人に見られようものなら不敬罪で取っ捕まってしまう! 慌ててサキを自分の元に戻し、机を片付けた。
「ララ、何してるのー?」
「うっさい! あんたも手伝いな!」
「いいよー」
「本日はお日柄もよく、ユウリカ王女様に出会えたこと、誠に嬉しく存じ上げます」
そう口上をあげる男の横に10歳くらいの髪の短い女の子がいた。なんだ、従者っていうからてっきり男だと思ってたら女の子なの。愛らしい容姿の女の子だ。ピンクがよく似合いそうで、従者の肩書きがすごく不釣り合い。家の中で裁縫とかしてる方がよっぽど似合う。
その子がちらと私の方を向いたので、にっこりとほほ笑んだ。ようこそ地獄へ。逃がさないわよ、同士よ。──この怨念が伝わったのか、生贄(仮)はすぐに視線をそらした。なんだ、照れ屋か?
代わってユウリカは爛々と好奇心に目を輝かせ、今にも乗り出して行きそうだ。それを少女は真っ直ぐに受け止めている。──自分が初めてこいつに会った時のことを思いだし憂鬱になる。私はこいつのオーラに圧倒されたっていうのに、少女はまるで平気そうだ。年上だからとかそんな言い訳を自分につくつもりはない。ただ悔しい。──ララは自分より5つも6つも年の離れた存在に一方的に敵意を抱いた。
「我が息子の名前はゴシポール。ユウリカ王女様に誠心誠意仕えるよう、今日まで教育してまいりました。必ずや殿下のお役に立ってみせましょう」
うん? 今、おかしな言葉が聞こえなかったかな? 何か、ムスコとか何とか?
父親に促され頭を下げるゴシポールは様になっている。どこからどうみても、可憐な、女従者だ。国王が偉そうに頷いた。
「ゴシポール、そなたをユウリカとララの従者に命じる。己の命よりも二人の命を最優先に考え、行動するように」
「はい、国王陛下」
ほら、声だって可愛い透き通る声じゃないか! 若干低いけど。ソプラノじゃなくてアルトだけど。まさか、ないないないない。こいつが男だなんて、可愛らしさで言ったら私よりちょっと、ほんのすこーーーしだけ上かもしれないこいつが、まさか、そんなことあるわけがない!
ララが葛藤している中、ゴシポールはユウリカに近付き、目の前で膝を折った。ユウリカの隣にいるララにも必然的に近くなり、近くで見るゴシポールの可憐さに更に困惑する。真っ直ぐに視線を合わせたまま口を開く。
「初めまして、ユウリカ姫様、ララ姫様。私はゴシポールと申します。これからは私が貴女様方の手となり足となり、誠心誠意努めさせて頂きます。何でもお申し付けください」
ゴシポールはララの方を向いた時、視線を合わせなかった。ララは自分の思考に夢中になっているため気付くことはなかったが。
「はじめまして、ゴシポール。ねえ、あなた、おとこなの? おんななの?」
余りの直球な質問にララは絶句してユウリカを凝視した。何も声をあげなかったのは奇跡だ。
苦笑したのはゴシポールの父親である。国王や実は隣席していたグリコピロレート公爵なども気になっていたのか、ゴシポールに注目している。彼は年齢には相応しくない、特殊な笑みを浮かべた。けして目上の人間に向けるべきではない笑顔だ。ララはまたもや驚いて、今度は小さく悲鳴をあげた。
「ヒッ」
「勿論、男でございます。ユウリカ姫様」
「なあんだ、そうなの。ララも、すごくきれいなんだけど、あなたも、すごくきれいだから、わからなかったの」
「ありがとうございます、ユウリカ姫様」
その笑みは相変わらず笑っているのに、笑っていない。
なに、なになになになんなのこの笑顔の押収は!? 父様とスコポラミン兄様がたまにしているような空気の重さなんだけど!? ちょっとお前分を弁えろよ!
「ねえ、ゴシ」
「………………何でございましょう?」
「おとことおんなって、なにがちがうの?」
おおーっとゴシポール選手、顔が固まっております! 国王、我が父上、アオイ男爵、顔が引きつっております! 二次成長してない子どもに性差を教えるなんて無謀だよね! さあどうするゴシポール! 大人三人は既にレースから離脱しているぞ!
「かっこいいのが男、可愛いのが女でございます」
「それじゃあゴシは、おんなじゃないの?」
「いいえ、男です」
「だってあなた、かっこよくないわ」
子どもって時に素直すぎて残酷な言葉を吐くよね。試合はユウリカ・鈍感・王女様のKO勝ちでした。ゴシポール選手は顔を悔しげに赤く染め、何故かチラチラと私の方を見てくる。
え? 何? フォローしろって?
「ユウリカ、ゴシポールはおおきくなったら、とてもかっこよくなるのよ」
多分とはつけないであげた。ゴシポールは弾かれたように私を見つめたので、自称仏の笑みを浮かべておく。大丈夫ヨー私は分かってるヨーだからさあ私の信者にナリナサーイそして私をユウリカから守りナサーイ
仏の笑みを見たゴシポールが更に顔を赤くさせようという頃、何かを理解したユウリカがうんうんと頷いた仕草で喋った。
「ゴシはおおきくなったら、おんなからおとこにかわるのね!」
「……男から女になったりはしないのよ」
「だって、いまはおんなじゃない」
「子どものうちは皆可愛いものなの」
「じゃあララも、かっこよくなるの?」
「私はずっと可愛いわよ!」
ピシャリと言い捨てて、固まったユウリカを見てさーっと顔が青くなる。うわあ、やっちゃったんですケドー! お、王様の前で、素、出しちゃったんですケドー!! だから子どもの相手は嫌なんだよ! 何するか分っかんない!
ちらと王様の様子を伺えば、とても穏やかな目で私達を見ていた。王様が眉間に皺を寄せてない瞬間なんてあるんだ。
ていうか、この場、どうやって収集つけよう。困った。非常に困った!───焦る私を落ち着かせるように、サキ(虎)が私の頬をべろんっと舐めた。くすぐったい!
「なっ、虎!?」
ゴシポールが飛び退いて、何処に隠していたのか細長い剣を構える。私はそれを見てぽかんとしてしまった。いやいやいや、何今初めて気付きました! って反応してるんですか。最初から私の後ろに居たよ、この子。
「離れて下さい、ララ様、ユウリカ様! 危険です」
「あ、しょうかい、するわね、ゴシ。こいつ、サキっていうの。ララのつかいまで、わたしのてきよ!」
ユウリカはサキに指をつきつけ、睨みながら言った。そんなユウリカをサキは鼻で笑う。険悪ムードが漂い始めた一人と一匹を、ゴシポールは目を見開いて見た。
「これが例の、」
「ララの使い魔だ。サキは基本的にララを最優先に助けようと行動する。だから危険が起きた時、ララのことは多少放っておいて平気だ。ララの意識がなくなったらサキも消えるから、そこだけ注意してくれ」
「……承知致しました。失礼しました」
おい父様後でちょっと話があるから裏庭な。いやあ、ゴシポールって注意力散漫なの? そんな子が従者なんて大丈夫なの? 武芸に明るい家だと噂になってたけど、華奢で、とてもそんな風には見えないよ? 窓際でレースでも編んでる方が絶対似合ってるって。確かにさっきの剣裁きは様になってたけど、これ絶対ユウリカとサキの方が強いよ?
失態を犯し悔しそうにしているゴシポールを、ララは猜疑の目で見ていた。
…………
「ああ、彼は護衛じゃないしね」
謁見の時に感じた不満を家に帰ってからお父様にぶつけてみたら、そんな回答が返ってきた。
「どういうことです?」
「彼は従者。護衛するわけじゃないから、別に強くなくていいんだよ。そもそも彼、ユウリカ王女様程ではないけどとても強いよ?」
「ごじょうだんを! あんな細腕でいったい何が出来るっていうんです? ゴシポールが護衛じゃないとしたら、他に護衛がつくってことですか?」
「いや、つかないよ。君達に護衛なんていらないだろう?」
ちょっと奥様聞きまして!? この方、今、護衛なんていらないと仰いました!? ええ、ええ、聞きましたとも! この男、自分の可愛い可愛い愛娘に、護衛なんかいらないって! そう言いましたですのことよ!?
「君にはサキがついてるんだよ? 『あの』ユウリカ王女様と喧嘩が出来るサキだよ? 魔族がいきなり襲ってきても返り討ちに出来そうだね」
いやいやいや、魔族どんなんか知らねーし!! そう私が主張しても、父親であるグリコピロレート公爵は武勇で知られる名将、先の戦で、小競り合いで、何匹もの魔族を葬り去っている。
「魔族もピンキリだからねー。私たちにちょっかいかけてくるような小物程度なら、十分君たちで対処できるよ」
「で、でも、すぐ寝てしまいます、わたし」
「その時間も段々元通りになってきたよね。そのうち寝てる間もサキを出せるようになるんじゃないかな。まあ、そんなわけでゴシポールは二人の護衛じゃない。むしろ教育係に近いかな」
「教育係!? なら、専門の方をお付けして下さればいいじゃないですか! 何でわざわざ男爵家の少年連れて来たんですか!」
「そういう『教育』じゃないんだなー、彼は。それに言っておくけど、彼はあの年でもう立派な専門家だよ」
グリコピロレート公爵はそれはそれは楽しそうな目で笑った。ララはその笑顔に呑まれ一瞬怯む。そんなララの頭を公爵は撫でた。
「ララはお利口さんだけど、時々とてもお馬鹿さんだね。可愛いなあ」
「なッ、わたし、馬鹿じゃないわ!」
「いやあ、馬鹿だね。スコポラミンに似なくて良かった良かった」
「あれは腹黒というんです! わたし、馬鹿じゃないもん!!」
馬鹿じゃないと主張するララに公爵が頷くことは終ぞなかった。




