解析の先
三回表の攻撃を完璧な「サイレンス・ハック」によって三者凡退に抑え込まれた本川中学校。東広島ボーイズが誇る自己進化型のデータ・システムは、宮﨑の野生すらも檻の中に閉じ込めようとしていた。
重苦しい沈黙が支配するベンチの最前列で、城島健二がスコアブックを書き換えながら、静かに、しかし冷徹な声を絞り出した。
「……修正されたのは、僕たちの攻撃データだけじゃない。一回の裏、一番の西田に打たれたあのレフト前ヒット。あれは偶然じゃないんだ」
マウンドへ向かおうとする杉谷拳士の足が止まる。
健二のメガネの奥の瞳は、一回裏の東広島ボーイズの真の打順を冷たく見つめていた。
「敵のオーダーは、一回表に僕たちが戦ったあの布陣じゃない。あれは、僕たちの虚を突くためのダミーだ。東広島の真の攻撃シフトはこれだ」
【東広島ボーイズ・真の打順】
一番(CF):西田竜馬
二番(1B):野々村健二郎
三番(RF):鈴木悟
四番(3B):ブラウンJr
五番(LF):ロサリオJr
六番(2B):矢野修司
七番(SS):梵裕太郎
八番(P):前田健太郎
九番(C):藍沢翼
「一番・西田、二番・野々村、三番・鈴木……。完全に、拳士の『左右の投げ分け』を物理的・確率的に潰しにきている」
ベンチに座る石原卓人が、ユニフォームの膝を強く握りしめた。
「東広島のマニュアルは、拳士のフォームを『右か左かの二択』として処理していない。拳士がセットポジションに入った瞬間の、右足の親指の噛み込み、左肩のわずかな下がりの違い──その『生体ノイズ』を、西田の目は最初からハックしていたんだ」
一回の裏、プレイボールの瞬間に時計の針が戻る。
マウンドの拳士は右腕を選び、地を這うような重心から郭コーチ直伝の高速スライダーを放った。手元で直角に消えるはずの魔球。
だが、一番・西田竜馬のバットは、球が曲がる「前」から、その軌道の終着点へと最短距離で動き出していた。
(右腕のとき、杉谷の左足のスパイクは、外側に三ミリ開く──)
西田は、曲がる白球を見ることなく、拳士の肉体が発した「癖」のデータを脳内で線へと変換し、完璧にバットを合わせてみせた。
──カキィン!
詰まりながらも、確信に満ちた打球がレフト前へと綺麗に転がっていく。ノーアウト一塁。
驚きも、焦りもない。ただ、計算通りの数式を出力しただけのような顔で、西田が一塁ベース上で泥を払った。
三回裏。スコアは0対0。
電光掲示板に表示された東広島の真の打順を見上げながら、拳士はマウンドの上で、右手の指先を激しく押し潰した。爪が皮膚を割り、かすかな血の滲むような感覚が、拳士の脳を極限までクリアにする。
「……お前たちのマニュアルが、俺の肉体を全部読み切っているというなら」
拳士は左腕にグラブをはめ直し、二番・野々村健二郎を冷酷に見据えた。
システムに全てを暴かれた怪物が、その檻の鉄格子を力づくでへし折るための、本当のハックが始まろうとしていた。




