義足のスプリングマジシャン
神里和樹が、グラウンドの外周を走っていた。
左足が地面を蹴るたびに、かすかに金属的な反響音が混じる。義足だと気づくのは、たいてい三周目以降のことだった。それほどまでに、神里の走りは自然だった。
小学二年の頃から、走ることは神里にとって「言語」だった。
将来を嘱望された神里の足が奪われたのは、中学一年の秋。信号無視のトラックとの接触。次に目覚めたとき、左膝から下はなかった。
母親が泣き崩れ、父親が壁を殴った。だが、神里はただ窓の外を見ていた。
(走れなくなった、それだけだ)
一年後、炭素繊維でできた競技用ブレードを装着して初めて地面を蹴ったとき、神里の身体は前に飛んだ。
推進力。地面を蹴った反発が、膝から腰へと突き抜ける。
(走れる)
郭コーチに誘われ、野球の道を選んだのは、その一言に尽きる。
「野球で、存分に走れるか」
「走れる」
チームが集まるグラウンド。神里は毎朝の儀式のように、左足のブレードを指先で一度叩く。乾いた音が返ってくる。
拳士は、その様子を横目で見ていた。
(神里の足は、まだ本当の使い方を知らない。あのバネは、フィールドを狂わせるためにある)
健二が黒板に次の相手のデータを書き込む中、佐野賢也が目を細めて空気の揺らぎを感じ取っていた。
「少し、風が出てきた」
「分かった」
神里がブレードで地面を蹴る。跳ね返る反発を足首で受け止め、加速のタイミングを測る。
二人の間に、それ以上の言葉は不要だった。
まきがスタンドで静かに座る。彼女の持ってきた弁当の匂いと、朝の冷たい空気が混ざり合う。
グラウンドに白球が転がる。神里はそれを拾い、高く空へ投げた。
白球が落ちてくる。神里は、その弧の先にある未来を夢見ていた。




