見えない目で、白球を聴く
試合が終わった夜、ライジングスタジアムのサブグラウンドに、一人残る少年がいた。
ライトの定位置に立つ、佐野賢也。彼は目を細め、夜風の中に何かを聴くように顔を傾けていた。
佐野は、生まれつき光を知らなかった。
「危ないから」「無理だから」。周囲の好意に包まれるたび、佐野の世界は狭まっていった。彼にとって、世界は「目」ではなく「音」で描かれる場所だ。人の足音で人物を特定し、風の音で天候を読み、打球の音で軌道を悟る。
彼にとって、音は色だった。
メープルスの練習初日、郭コーチは言った。
「佐野、打球の音を聴け。当たった瞬間、何が聴こえる」
「音の質……鋭ければライナー、くぐもっていればフライ」
「それだけ聴こえれば、守れる」
翌朝。拳士は一人、ライトの定位置に立つ佐野の横へ歩み寄った。
「お前に一つ聞く。昨日の九回、進藤のライト前。捕球する前に、なぜ一歩目を切った」
佐野は顔を向けた。
「聴こえたんだ。バットの音の角度……少しだけスライスがかかる音だったから、ライトに落ちるとわかった」
拳士は黙り込み、白球を佐野の胸元へ投げた。佐野は音を聴き、迷いなくその白球を捕球する。
「お前の耳は、ゾーンの中にある。ずっとだ」
拳士はそれだけ言い捨て、マウンドへ戻った。
佐野の手の中で、白球が震えている。怒りでも悲しみでもない。自分の「欠陥」だと信じていたものが、初めて誰かに「武器」と呼ばれたことへの震えだった。
スタンドの入口で、深尾まきがその光景を見守っていた。弁当箱を抱え、彼女は静かに深く息を吐く。
怪物たちは、拳士というシステムの枠を突き抜け、それぞれの武器を研ぎ澄ませ始めていた。




