荒れ地に咲く、一発
延長十一回、同点のまま迎えた本川中の攻撃。
打席には九番、高木豊が入る。
彼は小学四年の冬に両親が離婚し、夜の街へ消える母親、家を出た姉という環境の中で、居場所を求めて彷徨う少年だった。補導され、補導員に名前を聞かれても欠伸をするような、無気力な日々。
すべてを変えたのは、あの日、ライジングスタジアムで見た三番・杉谷茂治のアーチだった。あの光景に電流を打たれ、高木はグラウンドの金網越しに、野球という「夢」を眺め続けた。
現在、マウンドの永川は限界を迎えていた。百球を超えた右腕から放たれる球は、八回までの鋭さを失っている。
高木は深く呼吸する。これまでの三打席、永川は必ず初球にインコースを突いてきた。
永川が振りかぶる。初球、インコースへのシュート。しかし、甘く入った。
──ドゴォォォォン!!!!
グラウンドに轟いた地鳴りのような音。白球はライナーで右中間を切り裂いた。
高木が走る。一塁を蹴り、二塁を回る。フェンスを直撃する打球音が、今の高木の鼓動と重なる。三塁コーチの拳士が腕を回した。
「ホームへ帰れ!!」
捕手の送球よりも早く、高木の身体がホームベースへ滑り込む。
「セーフ!!」
ベンチが崩壊した。
石井が飛び上がり、源田が空を見上げ、宮﨑が静かに拳を握る。それぞれの孤独を抱えた少年たちが、野球という「内側の世界」でひとつになった瞬間だった。
高木はホームベースを踏みしめ、その場に膝をついた。
脳裏には、あの日見た茂治の背中と、今マウンドの端で自分を見つめる拳士の視線が重なる。
「高木」
拳士の声がした。
「お前が決めた」
高木はヘルメットを脱ぎ、スタンドのまきへ向かって一礼する。まきは穏やかに微笑んだ。
スタンドの隅で、茂治の古い防具袋が夜風に揺れている。
6対5。サヨナラ勝ち。
広島の片隅で始まった、怪物たちの最初の戦いが、ここに完結した。




