声なき男の、声
5対5。最終回。マウンドには新しい投手、ヴァイオレットマリーンズの永川が上がっていた。
小柄だが、異様なほど足腰の据わった右サイドスロー。
「……右のサイドスロー。シュートとシンカーが主体。星野とは全く違うタイプだ」
健二の分析に、拳士が頷く。
「星野のデータは全部捨てろ。一から読み直す」
打順は七番、石井拓郎。
石井は、小学五年の春から世界から隔絶されていた。教室の笑い声も、給食の時間も、何もかもが自分には関係のない世界のことだった。
そんな彼が、河川敷の少年野球チームで初めて手にしたバット。
「ナイスバッティング」「ドンマイ」「次いけるぞ」。
グラウンドで誰よりも声を張り上げ、石井は生まれて初めて「世界の内側」に立っていた。教室では一言も発せない少年が、野球という物語の中では誰よりも雄弁に叫んでいたのだ。
永川が投じる鋭いシュート。石井のバットがコンパクトに反応する。惜しくもゴロに終わったが、石井の目から陰りは消えていた。
「ドンマイ! 次いける次!」
ベンチから大槻の声が飛ぶ。石井がいつも飛ばしていた言葉を、今は仲間が返してくれる。
試合は膠着し、二死一三塁。打者は源田亮輔。
飄々とした面持ちで打席に入った源田は、永川のシュートを当てるようなバッティングでショートへ転がした。榊が確実に処理し、三アウト。
5対5。試合は、拳士たちが守る最終回へ。
「ゼロで抑えろ! 絶対いける!!」
石井の叫びが球場に響く。それは、誰かの真似ではなく、彼が野球を通じて掴み取った「自分の声」だった。
拳士はマウンドへ向かう。振り返らず、ただ六本指のグラブをパチンと叩く。
このチームは、もう拳士個人のシステムではない。バラバラだった九つの孤独が、野球という絆で編み上げられた、一つの巨大な「意志」だ。




