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杉谷拳士物語  作者: 水前寺鯉太郎
中学生編

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19/56

声なき男の、声

 5対5。最終回。マウンドには新しい投手、ヴァイオレットマリーンズの永川が上がっていた。

 小柄だが、異様なほど足腰の据わった右サイドスロー。

「……右のサイドスロー。シュートとシンカーが主体。星野とは全く違うタイプだ」

 健二の分析に、拳士が頷く。

「星野のデータは全部捨てろ。一から読み直す」

 打順は七番、石井拓郎。

 石井は、小学五年の春から世界から隔絶されていた。教室の笑い声も、給食の時間も、何もかもが自分には関係のない世界のことだった。

 そんな彼が、河川敷の少年野球チームで初めて手にしたバット。

「ナイスバッティング」「ドンマイ」「次いけるぞ」。

 グラウンドで誰よりも声を張り上げ、石井は生まれて初めて「世界の内側」に立っていた。教室では一言も発せない少年が、野球という物語の中では誰よりも雄弁に叫んでいたのだ。

 永川が投じる鋭いシュート。石井のバットがコンパクトに反応する。惜しくもゴロに終わったが、石井の目から陰りは消えていた。

「ドンマイ! 次いける次!」

 ベンチから大槻の声が飛ぶ。石井がいつも飛ばしていた言葉を、今は仲間が返してくれる。

 試合は膠着し、二死一三塁。打者は源田亮輔。

 飄々とした面持ちで打席に入った源田は、永川のシュートを当てるようなバッティングでショートへ転がした。榊が確実に処理し、三アウト。

 5対5。試合は、拳士たちが守る最終回へ。

「ゼロで抑えろ! 絶対いける!!」

 石井の叫びが球場に響く。それは、誰かの真似ではなく、彼が野球を通じて掴み取った「自分の声」だった。

 拳士はマウンドへ向かう。振り返らず、ただ六本指のグラブをパチンと叩く。

 このチームは、もう拳士個人のシステムではない。バラバラだった九つの孤独が、野球という絆で編み上げられた、一つの巨大な「意志」だ。

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