佐賀の大砲、解き放たれる
宮﨑の世界から、余分なものがすべて剥がれ落ちた。
コツン、コツン、コツン。
バットが呼吸するように揺れる。意識的な動作ではない。佐賀のグラウンドで、極限の集中に入る直前にいつも繰り返した、魂のリズム。
(来い)
一死一二塁。百十球を超えた星野の球は、わずかにコースが甘くなっていた。
三球目、外角へのスライダー。ほんの十センチの狂い。
宮﨑のバットが止まった瞬間に、爆発した。
──ドゴォォォォン!!!!
グラウンドに轟いたのは、重く、恐ろしい地響きだった。
白球は夜空を突き破り、バックスクリーンを越え、スタジアムの外壁すらも越えて消えた。場外弾。
「……佐賀に、置いてきたつもりだったんだがな」
宮﨑は誰にも聞こえない声で呟き、淡々とホームベースを踏んだ。5対5。
マウンドの星野は動かない。手にしたペンは、スコアブックの上で止まったままだった。
(データにない。計算の外側にある……純粋な暴力だ)
星野の両目に、初めて熱いものが込み上げる。それは怒りでも悔しさでもなく、自分というシステムが完全に破壊されたことへの「畏怖」だった。
ヴァイオレットマリーンズの監督がマウンドへ向かう。
「凛子、ここまでだ。よく投げた」
星野は一度だけ深く頷き、マウンドを降りた。
その背中を、拳士たちは黙って見送った。勝利への歓喜よりも、この戦いそのものに対する重たい敬意が、ベンチを支配していた。
スタンドでは、まきが胸の前で両手を重ね、静かに祈りを捧げている。
5対5。同点。
試合は、運命の最終回へ。




