星野凛子の宣戦布告
公式戦の朝は、不思議なほど静かだった。
スタンドの片隅で、深尾まきは膝の上に弁当箱を抱え、マウンドの拳士を静かに見守っている。隣には、茂治が遺した古い防具袋。何も言わず、ただそこにある。
対戦相手は、女子チーム『広島ヴァイオレットマリーンズ』。
「……女子チームか」
宮﨑が拍子抜けしたように呟くが、隣の源田は短く言い放った。
「なめんなよ、宮﨑」
先発投手・星野凛子。長身で、しなやかな投手体型。ウォームアップの風切り音が、鋭くスタジアムに響く。拳士は冷酷にその動きを観察した。
(腕の振り出しは遅い。だがリリースポイントが低い。打者からは……見えにくい)
プレイボール。
拳士の放つ左右の剛球に対し、ヴァイオレットマリーンズは沈着冷静に対処する。三回表、分析は完了していた。二番・榊が外角スライダーを弾き返し、三番が四球を選ぶ。
ノーアウト一塁二塁。四番・星野凛子が左打席に入る。
同い年とは思えない、冷静で研ぎ澄まされた目。おびえも敬意もない。ただ純粋に、拳士というシステムの「構造」を解析しようとする機械のような視線。
「インコース、右腕のシュート」
拳士が投げ込む。だが、星野のバットは軌道を完璧に読んでいた。踏み込んだ右足が、インコースの球に対して一歩前に出る。詰まらせるはずのシュートが、星野の手首の返しで三遊間を鋭く破った。
0対2。先制を許す。
「……チッ」
拳士はマウンドの土を踏みつける。マウンドへ歩み寄った健二が、メガネの奥で瞳を細めた。
「拳士、あの子──星野、ただものじゃない。左右の投げ分けに対する準備が、最初の打席から全部できてた。インコースのシュートを逆方向に打ち返す技術、中学生のものじゃないよ」
「分かってる」
拳士はグラブの中で指を組み直す。ベンチ前で、星野は淡々とスコアブックに書き込んでいた。
(俺のすべてを、データにしてやがる……。面白い)
拳士の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
世界のルールをハックする者と、その構造を解読する者。最高の「解析者」を前にして、実験はここからが本番だった。




