紙一重のカード
九回裏、二死二塁。スコアは4対3。
拳士は父・茂治が遺したカーボンバットを握りしめ、マウンドの「かつての優しいおじちゃん」を睨みつけた。
(親父、見ててくれ。俺は、あんたの背中を超えていく)
拳士はあえて「右打席」を選択した。父の右腕が壊れ、命を奪われた、あの呪われた軌道。その不条理を、自分の肉体でハックするために。
「いくぞ、拳士!!」
大右腕が雄叫びを上げ、渾身の高速スライダーを投じる。打者の手元で直角に消える魔球。
──バチィィィィン!!!
芯を外されながらも、拳士の爆発的なリストターンが球威を弾き返した。
放たれた打球は緋色の夜空を描き、ライトフェンスの最深部へと伸びていく。逆転サヨナラ。誰もが劇的な結末を確信した、その瞬間だった。
ライトの定位置から、一本の影が疾走する。
元・鉄壁の守備職人。男は重力を無視するように跳ね上がり、フェンス際で打球を吸い込んだ。
ドンッ!!!
背中からフェンスに激突する音。砂煙が舞う中、男のグラブには白球が収まっていた。
「アウト……! ゲームセット!!」
4対3。メープルス第二チームの初陣は、敗北で幕を閉じた。
拳士は打席の砂を叩き、悔しさに震える。神様は、最後の最後で勝利のカードを配ってはくれなかった。
しかし、拳士の肩を、マウンドから降りてきた大右腕ががっしりと掴んだ。その手からは、懐かしい湿布の匂いがした。
「見事じゃった。拳士、お前は間違いなく茂治を超えたバケモノじゃ。……次は、プロのマウンドで待っとるぞ」
拳士はハッと息を呑む。
隣を見れば、健二も、大槻も、源田たちも、誰も目を伏せていない。敗北の悔しさよりも、頂点を極めた者たちを極限まで追い詰めたという「確信」が、彼らの瞳を射抜くように輝いていた。
負けた。だが、俺たちのシステムは、確実に世界をバグらせた。
拳士は涙を袖で拭い、六本指のグラブを強く握りしめた。
敗北の味は、鉄錆のような血の味に似ている。それは、かつて河川敷で一人、両手を燃やしたあの日と同じ――俺を怪物にするための、甘美な毒だ。




