泥をすするバケモノ
「おいおい拳士、随分と大きくなったのう。……じゃが、マウンドの厳しさはまだ何も知らんようじゃな」
草野球チームの先発マウンドに立つ男は、元ライジングドラゴンズの絶対的エース。亡き父・茂治の信頼した先輩であり、拳士にとってはかつての「おじちゃん」だ。
だが、その背中から放たれる圧倒的な守護神のオーラは、現役の一軍投手と何ら遜色はない。
試合は三回を終え、拳士たちは大人の「経験値」という見えない壁に圧殺されかけていた。
四回裏。先頭打者として拳士が打席に立つ。前夜の投げ込みで両腕は限界に近い。だが、瞳は冷酷に尖っている。
「茂治から聞いておるぞ。お前が両方で投げて打つ異形になったと。じゃが、プロはそんなハッタリが通じるほど甘くないぞ!」
放たれた第一球は、獰猛なインコースへのシュート。高校生でも腰が引けるプロの勝負球。
だが、拳士の思考はその恐怖の弾道すらハックしていた。
(ハッタリ? ──上等だ。俺は綺麗に勝つために、両手にはめた訳じゃねえ)
カツン。
豪快な快音ではない。バットを水平に寝かせ、ボールの勢いを殺して一塁線へ転がした、極上のセーフティバント。
「なにっ……!?」
大右腕が猛然とチャージする。それはかつて茂治が守護神をパニックに陥れた、ドラゴンズ伝統の執念の再現だった。
「走れ、大槻!!」
怒号よりも速く、ファーストベースから「光」が弾け飛んだ。野生児・大槻祐太朗だ。
送球よりも、駆け抜ける拳士の突進速度と、二塁へ向かう大槻のトップスピードが遥かに上回る。
「セーフ!!」
泥だらけになった拳士は、マウンドを獰猛に睨みつけた。
「エースのプライドなんて、俺にはない。……泥をすすってでも、あんたを引きずり下ろす!」
その瞬間、バラバラだった第二チームの歯車が、一斉に噛み合った。中一の小僧が、元プロのエースの懐を抉った。その事実は、怪物たちに「大人は倒せる」という共通言語を植え付けた。
「……やるのう、茂治の倅」
大右腕が帽子を取り、不敵に笑う。その瞳には、本物のプロの闘志が再燃していた。




