未完成のオーケストラ
プレイボール。
大人たちの殺気は、中学生の拳士たちとは次元が違った。先頭打者がバッターボックスに立つ。元盗塁王のその男は、構えただけでバットの軌道が何通りも透けて見えるような、異様な威圧感を放っていた。
「……まずは一球目。右の指先、縫い目を、殺す」
拳士は右腕で風を斬った。父・茂治から受け継いだ、しかし父にはなかった「両投の理」。
右腕から放たれた白球は、打者の手元で鋭角に沈み込んだ。だが、元盗塁王は瞬時に重心を落とし、スイングの軌道を修正する。
──カキィン!!
快音とともに、打球は三遊間へと力強く転がった。抜ける、誰もがそう思った。
だが、その打球を弾いたのは、ミットでもグラブでもなかった。
……パシィ。
無造作に立っていたショート・源田の、素手。
一切の無駄のない、ただただ美しい動作。源田は打球の転がる先に「ただそこにいた」。捕球したボールを、まるで意志を持つ生き物のように、涼しい顔で一塁へ送る。
「……アウト」
球場が静まり返った。プロ上がりの大人たちが、思わず顔を見合わせる。今のは何だ? グラブではなく、素手で捕ったのか?
源田は事もなげにポケットに手を突っ込み、隣の宮﨑と何事か談笑している。
「……今の、見たか?」
マウンドの拳士は、獰猛に笑った。
不協和音だと思っていた守備陣。だが、個々の出力が極限まで高まれば、それは個人の能力を超えた「領域」を作り出す。
二番打者が打つ。内角を攻める。打球は二塁ベース付近へ。
暴走気味に突っ込んでくる大槻の足音。宮﨑の強引なハンドリング。源田の介入。
バラバラだった歯車が、打者から放たれる「殺気」という名の共通言語によって、強制的に噛み合わされていく。
「連携なんて必要ない! 俺たちがボールに反応するんじゃねぇ! ボールを俺たちの支配下に置くんだよ!」
拳士が叫ぶ。
三球三振。元一発屋が空を切る。拳士の未完成なスライダーは、大人たちの「経験値」というデータベースには存在しない軌道を描いていた。
マウンドに戻った元先発の男が、拳士のグラブを凝視する。
「小僧……お前、そのグラブはなんだ」
拳士はニヤリと笑い、右手を突き出し、瞬時に左手にグラブをはめ替えてみせた。
「プロの理屈は知らねぇよ。だが、あんたたちが捨てた『常識』の死体の上に、俺たちの新しい野球が建っているんだ。……二回表、お前らの番だ。根こそぎ刈り取ってやる」
かつての英雄たちは、震え始めた。
これは草野球ではない。十三歳の少年たちが仕掛ける、プロ野球界そのものを全否定する「革命」の、第一歩だった。




