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杉谷拳士物語  作者: 水前寺鯉太郎
中学生編

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ダイヤモンドの支配者

 ビシィィィィン!!!

 夕暮れの第二グラウンド。マウンドで吠える拳士の左腕から放たれた白球が、宮﨑の顔をかすめるように突き刺さる。

 勧誘から数日。宮﨑の条件は『俺から三振を奪え』というものだった。拳士は魂を削るようにして、元主砲の肉体をねじ伏せにかかっていた。

 だが、その熱狂の中に、司令塔であるはずの城島健二の姿はない。

 健二は一人、自校から数キロ離れた隣の中学校の校門前に立っていた。内野の最重要拠点、「ショート」を埋めるために。

 ターゲットは、健二の従兄であり、野球未経験の帰宅部・源田。

 かつて小学生だった源田が、不規則に跳ねるテニスボールを素手で、あまりに滑らかに捕球してみせたあの光景。その異常なハンドリングの美しさは、スカウトたちを戦慄させたが、本人は「泥だらけになるのは性に合わない」と全てを断っていた。

 放課後の校門。源田は眠たげな目で健二を認めた。

「あれ、健二じゃん。どうしたの」

「源田の兄ちゃん。お願いがあるんだ。僕たちのチームで、ショートを守ってほしい」

 源田は苦笑し、ポケットに手を突っ込んだ。

「また野球の勧誘? 前も言ったけど、ルールもよく知らないし、泥にまみれるのは性に合わないんだよね」

「泥にはまみれさせない。……兄ちゃんになら、ダイヤモンドの土すら触れさせない」

 内気だった健二の言葉に、源田が眉を上げた。健二はメガネの奥の鋭い瞳で、源田の指先を見つめる。

「僕たちのピッチャーは杉谷拳士。世界をハックするようなエグい球を投げるバケモノだ。だけど、世界をバグらせるためには、ダイヤモンドの真ん中に絶対に打球を通さない『完璧な防波堤』が必要なんだ」

 健二は源田に、硬式球をそっと差し出した。

「兄ちゃんの捕球センスは、神様が配った最高のカードだよ。僕たちのチームに来て、ベースボールの常識を、その綺麗な手で終わらせてよ」

 源田は白球を見つめ、それから自分の細く、器用な指先を見た。泥臭い根性論は大嫌いだった。だが、健二の瞳の奥にある狂気的な熱量が、源田の眠れる本能を刺激した。

「……泥まみれにさせないって言葉、忘れないでよ、健二」

 源田が不敵に微笑み、白球を受け取った。

 これで、九人。

 盤面は整った。杉谷拳士の実験場が、ここから幕を開ける。

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