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化ける猫と黒縁眼鏡  作者: 佐伯 みのる
<翌春の章>
28/30

黒縁眼鏡①

 まだまだ寒い1月終盤。文芸サークルには最後の一冊が待っている。卒業する四年生のために作る、最後の文芸誌。これをもって、四年は引退となる。柿原らがそうだ。そして新しく部長に任命されたのは、環であった。



「ねぇ武藤くん~」

「なんだ馬鹿」

「ちょ、猫は!?猫はつけよう!?」

「また締め切りに追い詰まってるお前が悪いんだろう」

 今回は、猫柳の追い詰まり方がまた一段とやばいらしい。なんとなくプロットはできているが、それ以外何も、一文字も、書けていないというのだ。スランプなのだろうかと思って聞いてみたが、どうやらそういうわけでもないようだ。

「ねぇ武藤くん~」

「だからなんだ」

「主人公の名前が思いつかなくてさぁ」

「じゃあ適当でいいんじゃないか?山田太郎とか」

「武藤くん、ぜったいロープレのゲームの名前、『ああああ』でやるタイプでしょ」

「ああ、よく分かったな」

「今ので分からない方がおかしいよ。……そうだ、武藤って名前、借りていい?」

「……は?」

「了解してくれたら、書き始められる!!今からなら間に合う!!」

「いいぞ。だから絶対に間に合わせろ」

 それで新しい『ぽんず』の作品が読めるのなら、自分の名ぐらいどうってことはない。それに今回は。

「……次の本は、引退する先輩に向けての本だからな。俺も参加した」

「参加した?………え、『読み専の武藤』が、書いたの!?」

「誰だ、そのムカつく通り名みたいなのを考えた奴は!」

「環センパイ」

「………。」

 有り得る。そう考えて武藤は苦い顔をしながら、眼鏡のブリッジを指で軽く上げた。




 カタカタとなるキーボード、そして時折ぱらりとページを捲られる文芸誌。今までは気にしていなかったが、もしかして今までずっと『東雲朔夜の小説』を読んでくれていたのだろうか。今となっては、それも嫉妬ではなく歓喜になる。そうだったら嬉しいと、猫柳は思ってしまう。

 そして、ふと気になったことを聞いてみた。

「武藤くん、書いたって言ったけど……もしかして、」

「書き終わって、とっくに提出済みだが?」

「ウソぉ…」

「まぁ、俺は素人もいい所だし、お前みたいに『小説』という形で何ページも書かなかったからな。比べても仕方がない。それよりお前だ。原稿を落とすなんて絶対に許さんからな」

「えー……武藤くん、俺の小説読みたすぎでしょ…」

「………悪いか」

 そっぽを向いてそう言う武藤の耳が少し赤くなっていたのに気づき、猫柳が俄然やる気を出した。猫も目の前にちゅ~るをぶら下げられると走るらしい。

 スピードを上げた打鍵音に、武藤がくすりと小さく笑った。





「柿原部長、西木さん。お疲れさまでした」

 刷り上がってきた文芸誌を、環はまず最初に四年の2人に手渡した。これをもってこの2人は文芸サークルを引退となる。部員全員が拍手する中を、柿原と西木は頭を何度も下げながら、部室を出て行った。

 そして環の視線は武藤に移った。またか、と武藤は引きつった笑みを見せる。

「じゃあ、次はまた武藤くんから…」

「もーらいっ!」

「えっ?」

 差し出された本を武藤が受け取る前に、横から伸びてきた手がひょいと取り上げた。環が慌てて横をみると猫柳がにまっと悪戯っぽく笑ってみせた。

「ちょ、ちょっと猫くん!!物には順序ってもんがあるの!!」

「いいじゃん。今回の、武藤くんも寄稿してるって聞いたよ?そんなの読みたいに決まってるじゃない?俺も講評しなきゃじゃん?」

「そ、そうだけど……」

「環先輩。本、いただけますか」

「あ、うん!……うわ」

 慌てて段ボール箱からもう一冊取り出して、武藤に差し出そうとし、環が思わず声を出した。

「武藤くん……目が据わってるよ……怒ってるの?」

「違いますよ、先輩」

「違うの?」

「はい。駄猫の作品を普段以上にがっつり酷評するために読み込みます」

「…絶対怒ってんじゃん…」

 はは、と苦笑を零しながら、環は武藤にも本を渡す。受け取った武藤は、いつものようにカバンに入れると、帰宅するために部室を出た。慌てて猫柳がその後に続く。

「え?本当に怒っちゃった?」

「別に」

「……ああ、拗ねてるのかぁ」

 その言葉に、武藤が猫柳の背中を渾身の力で殴った。「痛い!!」という悲鳴もお構いなしだ。連打してやろうかと思ったが、思ったより拳が痛かったので、一発だけで止めておくことにする。

「武藤くん、今回も家で読む?」

「ああ」

「じゃあ、俺も行っていい?」

「別にいいぞ」

「やったぁ」

 さっさと歩きながらの返事に、猫柳はにこにこと笑いながら、武藤の後ろを追いかけていった。




 お互いにコンビニで飲み物だけを買って、二人は武藤の家へと帰ってきた。猫柳に関しては”帰ってきた”と表すには語弊があるかもしれないが、普段の入り浸り具合を考えると『帰ってきた』で正しいような気がする。

 武藤が部屋のリビングの暖房を入れて、カバンを置きに自室へ引っ込む。猫柳はいつものようにソファへ。飲み物だけをテーブルに置いて、貰ったばかりの文芸誌を取り出した。さて読むか、と気合いを入れたところで、珍しく本を手に武藤がリビングに出てくる。そうして武藤も飲み物をテーブルに置いて、猫柳の隣に座った。

「……珍しいね?」

「そうか?……そうかもな」

「いつも読書は部屋だと思ってたんだけど」

「お前がいない時は、ここでも読むぞ」

「ありゃりゃ、俺お邪魔だった?」

「違う。なんとなく、今回は此処で読もうという気になっただけだ」

「ふぅん、なんとなく……ねぇ」

「えらく含んだ物言いだな」

「そんなことないよ。隣に武藤くんがいるのが嬉しいだけ。で、武藤くんのはどれ?」

「そのぐらい自分で探せ」

「えー!俺、武藤くんのペンネーム知らないよ!?」

「すぐに分かる」

 ふっと小さく笑みを零すと、武藤は目次から『ぽんず』の名前を探して、そのページを開いた。同じようにして猫柳が目次を見る。並ぶ名前は夏も冬も文芸誌の中で見たものばかり。しかしそこに1人、見慣れない名があった。

「もしかして……『シュレディンガーの猫』……?」

「ほら、すぐに分かったろう?」

「でも……タイトルがないね」

「小説じゃないからな。1ページ分だけ出して、好きなところに挟んでくれと頼んだんだ。随分ありがたがられたんだが……なんだったんだ?」

「ああ……右ページ始まりがいいか、左ページ始まりがいいか、書く人によってはこだわりがあるんだよ。そういう時に1ページものがあると、すごく助かるらしいよ」

「そうなのか…?」

「坂本ちゃんはエッセイか詩でしょ?エッセイはともかく、詩だと1ページごとに収まりよく書いてくれるから、バラして載せるのにすごく助かるって環センパイが言ってたよ」

「そんなものなのか…。読み専だとそういう苦労を知らずに読んでいるからな。大変なんだな、編集も」

「武藤くんも、書かなくていいから編集だけでも手伝ってみれば?」

「検討しておこう。とりあえず今はお前を酷評するために、ぽんずの作品を読むとしようか」

「酷評前提!?そこは変わんないの!?」

「もちろんだ」

「武藤くんが塩対応すぎる……」

 しくしくと泣きまねをして、チラっと横目で猫柳は隣の武藤を見る。武藤の方も横目で猫柳を見ていて、自然にふと笑みがこぼれた。

「さ、読んでみよっと」

「そうだな…」


 そうして、二人は文芸誌を開いたのだった。


次回へ続く!!

☆面白かったときは評価や感想、レビューなどお待ちしています☆

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