東雲朔夜③
図書館の出入り口の近くにある、レンガ造りの花壇。そこに腰かけて猫柳はぼんやりと中空を見つめていた。ひらりひらりと舞う雪の冷たさも、今はあまり感じない。ただ、鼻先に当たった雪が解けたときに、冷たい、とは思ったけれど。
そんな猫柳を、人影が覆った。ふと見上げると武藤が立っている。どこか困った表情をして。……いや、困らせているのはきっと自分だ。
すっと立ち上がり、武藤の横をすり抜けて去ろうとしたその背に、声がかかった。
「………東雲、朔夜。」
思わず立ち止まる。それが答えとなってしまった。
「やっぱり、本当は知っているんだな、猫柳」
「い、いやぁ……ちょっと心当たりないかなぁ……」
「誤魔化さなくていい。もう俺は分かっている」
「え…?」
振り向くと、真っ直ぐに射貫くような視線で武藤がこっちを見ている。今の言葉はどういう意味だろうか。言葉通りに受け取るなら……バレている、ということ。
「……どうして、気づいたの」
「ぽんずの小説を読めば分かる。どれだけ長いこと、お前の小説を繰り返し読んできたと思っているんだ」
「それって…」
「東雲朔夜でも、ぽんずでも、ペンネームに大した意味はない。歴史の長い、コアなファンなんだぞ、俺は。なにせ中学二年の時からだからな」
腕組みをして、武藤は少し得意げに胸を張った。
「ははっ……中学二年て……俺が書いたやつ、最初っから読んでたんだ…」
「そうだな。初めてお前の…東雲朔夜の小説に触れたときから、ずっとその作品に描かれている感情が好きだった」
「……そんな理由で?」
「普通、フィクションに作者の意図が入ることがあっても、感情は入らない。正直に言うと、小説としては下手な部類だ」
「うぐっ…」
「……だが、お前の作品に見え隠れしていた、お前の感情……悪くなかった。他にそんな作品は読んだ覚えがなくてな、これがお前の『作風』っていうやつだったのかな」
少し顔を俯かせて足元の砂を蹴りながら、武藤が静かに話す。そうして、次に顔を上げた時、武藤は東雲朔夜の小説を撫でていた時と同じ、『愛おしいもの』を見る目をしていた。
「俺が愛していたのは、初めからお前だったんだな。………猫柳。」
あまりにも衝撃大きすぎて、猫柳の口は何かを言おうと開けたり、でも言えずに閉じたり、それだけを繰り返していた。何をどう伝えればいいのか分からないのだ。
ただ、とくん、とくんと心臓は主張している。お前のことだぞ、と。今お前は、武藤の心からの言葉を受け取ったんだぞ、と。
(……つまり、俺が武藤くんに惚れる前から、武藤くんはずっと……?)
やはり言葉にならない。ずるずるとその場にしゃがみ込んで、猫柳は頭を抱えた。
「ダメ。頭がパンクしそう」
「俺はそんなに難しいことを言ったか?」
「言ってない。言ってないけど……もう、ずるいなぁ……」
顔が熱い。こんなのを武藤に見せたくなくて、しゃがんだ膝に顔を押し付けた。嬉しい。心がこんなに喜んでいる。でも、その表し方が分からない。ずっと猫を被ってきたからか、笑うのが正解なのか泣くのが正解なのかすら判断が付かないのだ。
「どうしよう……俺、武藤くんを逃がしてあげられなくなっちゃう」
「別に逃げたいと思ったことは無いが……」
ザッと地面を擦る靴の音がして、猫柳がちら、と視線だけで見上げる。穏やかな顔をした武藤が、しゃんと立て、とでも言うように手を差し出している。
「フィールドワークは全力で逃げるぞ」
「…あははっ、武藤くんがそう言うなら、」
武藤の手に掴まり、猫柳は勢いをつけて立ち上がった。
「全力で捕まえる。」
顔を近づけ、にんまりと笑う。次のフィールドワークも絶対に連れ出してやる。あっはっはと笑いながら、武藤に正面から抱きついた。
「何度も言うが、俺は法学部だ」
「そんなの知ってるよ。でも、そんなの別に関係ないよね?」
「あるに決まってるだろ、馬鹿猫!!」
ばしんと強く背中を叩かれて、猫柳は武藤を解放すると痛そうに背中をさすった。
「武藤くん、容赦ない…。惚れた相手にする仕打ち?」
「”そんなの別に関係ないよね”」
「棒読みやめて!!」
「ふっ……ははっ」
穏やかに、でも我慢できなかったように武藤が笑う。こんなにも猫柳の感情が分かりやすかったなんて、今さら気づくなんて、本当にどうかしている。
「帰ろうか、民俗猫」
「何それちょっと新しいね!?」
そして、それでも変わらない関係に、武藤は心から感謝した。
次回へ続く!!
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