二冊目の文芸誌①
木枯らしが吹く季節はとっくに過ぎて、12月の頭。
猫柳は再び部室に缶詰になっていた。もちろん、冬のコミケに合わせた文芸誌の締め切りがもうそこまで迫っているからだ。
カタカタと鳴るキーボードの打鍵の音と、本のページを捲る音。まさに締め切り地獄の再来である。学習しない男、それが猫柳だ。
「武藤くん助けてぇ~」
「知らん」
締め切り前だけは、部員はみんな家のパソコンと格闘しているため、部室はとても静かになる。今もここにいるのは武藤と猫柳だけだ。武藤としては、部室で過ごすかどうかは自由だ。しかし、せっかくの静かな部室に過去の文芸誌がある。まったりとソファに座って読むのもまたオツなものである。
猫柳が締め切りから逃げないよう見張っている、という役目も無いこともない。放っておいたらすぐにサボる駄猫に、締め切りを守らせるため、共に籠城しているともいえる。
「なんで武藤くんって、読み専なの?」
「ん?……書きたいと思わないからな」
「だからなんで!?」
「そもそも、何をどう書けば良いか分からない」
「あれだけ読んでるのに!?」
「誰かのを読むのと、自分が書くのとでは、全く違う。ほら、手が止まってるぞ」
「ぐぅ……鬼の編集かよ……」
「まぁ、鬼でも何でもいい」
読み終わった本を閉じて立ち上がると、武藤は本棚にそれを戻し、しばらく吟味してからまた別の本を持って戻ってきた。ソファに座ると、ちょうどノートパソコンと睨み合っている猫柳と視線の高さが合う。武藤は、少しだけ意地悪に笑ってみせた。
「少なくとも、俺は、ぽんず先生の次回作を期待している、”読者”だからな?」
「……それ、ジャンプとかで打ち切りになった作品に書かれるやつじゃん!」
どうせ酷評されるに決まっているのに、期待してるなんて言われたら、頑張るしかないではないか。猫柳は悔しそうに唇を噛むと、またパソコンの画面に視線を戻したのだった。
猫柳がなんとか締め切りを乗り越えたところで、今回の文芸誌も無事に発行される運びとなった。届いた段ボールの封が開けられるのが待ち遠しい。あの真新しい
紙とインクの匂いにまた再会できるのだ。
そうして、また最初一冊を武藤は環から受け取った。前回の講評会で自分が述べた意見を気に入ってくれたらしく「次も期待してるよ~」と、眼鏡の奥の瞳がにやんと笑っている。責任重大だな…と感じながらも武藤は本を素直に受け取った。
そして、夏の時と同じように部室を出ようとして、ふと後ろを振り返った。猫柳も帰るのか、いそいそとカバンを手にして追いかけてきた。
「……まさか、お前」
「あ、違う違う!今日はバイトが入っててさ。武藤くんちにはその後に行くから!」
「ちょっと待て。どうして来る前提になってるんだ。バイトなんだったら、終わったら素直に家に帰ればいいだろう?」
「だってぇ、帰ったら暖房入ってないから寒いじゃん!武藤くんちに行けば、入ったらすぐ暖かい!はいこれファイナルアンサーね!」
「ね!じゃない。じゃあ、……お前が来てうるさくなる前に文芸誌も読んでしまっておくか……」
「うるさくなるってひどくない?せめて賑やかになるって言ってよ」
猫柳に言われて武藤は首を傾げる。たっぷり30秒はそうしてから、首を戻して武藤は言った。
「いや、うるさいで合ってる」
なんとなく駅前まで二人で話しながら歩き、そこで猫柳と別れ、武藤は家へと向かう。この日のために、バイトは休みを取っておいた。今日はもう家に帰って、やかましいのが来る前に早く文芸誌を読んでしまいたい。
道中、そのやかましいのからLINEが入ってきた。
【お惣菜買ってくから、ご飯炊いといてね】
『今日はパス。来るならコンビニ弁当で頼む』
【え?】
『俺は帰ったら読書タイムだ。鍵は開けておくから勝手に入ってこい』
【ちょっと】
『読書の邪魔したら殺す』
【鍵はしようよ!インターホン鳴らすから!】
『集中してたら気づかん』
そんなやり取りを歩きながらスマホで送りあっていると、もう武藤の家はすぐそこだった。
『家に着いた。もう連絡してくるなよ』
【分かったから、鍵!!】
『ポストに入れておくから勝手に開けて勝手に入れ。俺からは以上だ』
このままでは埒が明かないと判断した武藤は、家の鍵を開けたあと、すぐ横の郵便ポストに鍵を放り込んで、ちゃんと施錠をした。これなら猫柳も文句を言うまい。
しかし、武藤は気づいていなかった。そのポストの開閉口に、ダイヤル錠すらつけていなかったことを。武藤のザルな防犯意識に対して、猫柳からの説教が後で炸裂することになるのだが、今この場では割愛しておく。
なぜなら、これから武藤は、誰にも邪魔されない『読書の時間』に没入するからである。
武藤は基本的に本は頭から読む派である。通常の一冊で起承転結が決まる小説は当然だが、文芸誌のように、色んな作品が詰まった本に関しても同様である。
しかし今回、武藤はその特に決め事としていたわけではない『当たり前』を、初手から破った。目次を確認して、ぽんず……つまり、猫柳の作品を一番に読むことにしたのだ。もちろん他の作品も後でちゃんと読む前提で。
猫柳の作品は相変わらずどこか『ざらり』としていた。触れると心地の良いざらつき。他の作品にはない手触り。文章は夏と同じで上手くはないが、ところどころに見える感情の正体が分かってしまえば、どこか可愛らしくも思えた。これらの感情は、猫柳が持っているもの。ちょっと見えている猫の皮の下。
読み終わってから、ひとつ前の夏の本に載っているぽんずの作品を改めて読む。やっぱりそこにあるものは、全て猫柳の感情で。らしい、といえば『彼らしい』と言えた。
今日もらったばかりの本に戻ろうとして、ふと武藤はその手を止める。暫し考えて、本棚から取り出してきたのは、昔買った文芸誌。東雲朔夜の小説が載っているものたちだ。何度も読んでいたので、内容などはもう頭に入っている。それでもまた読みたいという欲求が生まれてくる、魅力あるもの。
そっと、栞を挟んであるページを開いた。これまでの文芸誌の東雲朔夜の小説には、全て栞が挟まれているので、すぐに読めるようになっている。それに目を通し、読み終われば次の本、そしてまた次の本、と進めている内に、武藤の中で違和感が生じる。
(……ぽんずの手触りと……似てる…)
一度だけなら偶然だ。ならば二度目は?冬の本に載っているぽんずの作品と、今まで読んできた東雲朔夜の作品、もし『似ている』のではなく『同じ』だとすれば…。
それは、夏に一度捨てた可能性だ。自分が東雲朔夜の作品に出会ったのは中2の頃。そこに猫柳の作品なんて混ざる余地もない。だって自分が中2なら、猫柳だって中2のはずなのだから。
(………だが……でも……間違いない……)
ずっと本を読んできた。フィクション小説だけなら誰にも負けないぐらいの数を。そんな自分が『間違いない』と断じる。
(……東雲朔夜は……猫柳…だ)
まさか、と自分でも思う。しかしそれ以外の可能性を、武藤は見つけることができなかった。だが、そうであるとするならば、自分が今まで抱えていた想いは…。
「いい。今は………考えるな」
そう独り言ちて、武藤はこの冬のコミケに合わせた文芸誌を、今度は最初のページから読み始めたのだった。
次回へ続く!!
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