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化ける猫と黒縁眼鏡  作者: 佐伯 みのる
<秋の章>
22/23

一緒に、食べよう

 家に帰って電気をつける。しん、と静まり返った空間。そろそろ緩く暖房をつけるべきだろうか。そう思いながら猫柳は玄関で立ち尽くしたままぼんやり考えていた。

 今日は少し疲れた。基本的にダブルブッキングにさえならなければ、猫柳は誰からの遊びの誘いも断らない。ただ今日は午前中、午後、夜と、全て違うグループだっただけ。しかし…その都度被る猫を変えなければならないのが、最近の猫柳の辛い部分でもあった。あの日、武藤の家で猫被りをやめて以降、どうにも自分を取り繕うのに疲れるのだ。

「……武藤くんち、行こうかなぁ……」

 あそこはもう、素の自分でいていい場所になっている。自分にとってオアシスのような場所でもあり……初めて”恋”をした相手の、住む場所だ。

 あの雨の日、武藤は何も聞かなかった。いや、本人は「聞いた」と言っていたが、あれは聞いていないも同然だろう。それでいて、温もりをくれ、安心をくれた。何も言わずにずっと隣にいてくれた。あれで惚れないわけがないだろう。

 そう考えたら、急に武藤に会いたくなった。


「よし、武藤くんちに行こう!」


 猫柳はそう独り言ちると、一応LINEで武藤に連絡だけ入れて、部屋の電気を消して玄関をもう一度出たのだった。

 ちなみにこのマンションは、各部屋の施錠はオートロック式だ。武藤は恐らく気が付いていないだろうが、知ったらさぞ羨ましがられることだろう。「高等遊民が!」という罵倒と共に。

 ところが、マンションを出て大通りに向かったところで、LINEの通知音が鳴った。どれどれと確認すると、武藤から『バイト中だ』というなんとも無慈悲なお返事。どうしようかな、と足を止めて考えていると、追加でポコンとメッセージが入ってきた。


『店まで来れるなら鍵渡してもいい。どうせあと1時間ぐらいで終わる』


 いやいやいや、あと1時間で終わるなら、普通どこかで待ってろとか言わない?と、猫柳の脳内は疑問符だらけになる。どこかズレているところがあるのだ、武藤という男は。あのアパートの外観からしても、危機管理能力の何かが欠如してる気がする。

 仕方ないなぁ、なんて心の中で苦笑して。猫柳は古書店の方へと足を向けたのだった。




「いらっしゃ……なんだ、お前か」

「え、何気にひどくない?武藤くんが来いって言ったんじゃん」

「来れるなら、とは言った。来いなんて言ってない」

 古書店に入った時に武藤が顔を上げ挨拶をしようとして、その言葉は中途半端に止まり、眉間に皺が寄った。ちょっとひどいと猫柳は思う。まぁ、いつものことなので、文句は言わないでおく。

「でも、先行ってていいんでしょ?」

「ああ。ほら」

 ポケットを探ってキーチェーンから鍵をはずすと、武藤は猫柳に差し出す。手を出しあぐねていると、武藤が不思議そうな顔をして猫柳を見上げた。

「どうした?これを取りにきたんだろう?」

「いや、まぁ……そうなんだけど。それにしたってあっさり渡しすぎじゃないかな?って」

「ほう、俺が誰にでも鍵を貸す人間だと?」

「いやいや!そういうことじゃなくって!!」

「……俺だって、ちゃんと相手は選んでいる」

「え……?」

「で、いるのか?いらないのか?」

「いるいる!いります!!なんなら合鍵でも、」

「それは断る。図々しい猫だな」

 鍵を受け取って、そのままの勢いで合鍵をプリーズしてみたが、それはすげなく却下されてしまった。そりゃそうだ。

「じゃあ、先行くね。武藤くんは夕飯これからでしょ?コンビニで何か弁当買っておくよ」

「お前の奢りだよな?」

「そうだよ!っていうか、そうじゃなかったら何食べるつもりだったの!?」

「買い置きでストックしてるカップ麺」

「はいボツ!お弁当買って行きまーす!!」

 相変わらず、しっかりしてるようで、頭が良さそうで、もちろん部屋も綺麗にしてるし、猫柳からしてみれば十分なのだが。


(なんで自分の飯だけは、ズボラなんだよ…!?)


 踵を返すと、猫柳は少し急ぎ足でコンビニへと向かった。




 武藤が家に帰ると、当然だが猫柳がいた。しかもソファに寝そべって。どこまで駄猫になるつもりなのかは分からないが、テーブルに置いてある弁当は武藤のためのものなのだろう。だが、ひとつしかないのが気になった。

「おい猫、お前の弁当は?」

「あー、俺もう外で食っちゃったんだよね。だから必要なーし」

「……そうか。だったらわざわざ弁当を頼むなんて悪いことをしたな」

「武藤くん、あのさ」

 コートを脱ぎながら武藤が言うと、猫柳はむっつりとした顔も隠さず、ソファの隣を空けて指差した。

「ここ、座んなさい」

「…俺の家の、俺のソファなんだが…?」

 思わずぽろりとツッコミが零れたが、猫柳の表情が少し怒っている気がして、武藤は大人しくそれに従った。

「ほとんど自炊しない俺が言うのもなんだけどさぁ」

「じゃあ言うな」

「駄目、聞きなさい。あのね、武藤くん。どうして君は食生活がこんなにダメダメなの?毎日コンビニ弁当を、なんてさすがに言わないよ?だけど、スーパーでお惣菜を買って、ご飯を炊いて、それだけでいいんだからさ。やろうよ。ね?」

「……お前はやってるのか?」

「俺は主に外食」

「じゃあお前に言われたくない」

 ムスっとした表情で武藤が答える。人の食生活など放っておいてほしいものだ。カップ麺をさっさと腹に入れて、読書の時間を確保する方が、自分にとっては大事なのだ。

「ほら、そこに炊飯器あるじゃん。最後に使ったのいつ?」

「………使ったことはない」

「はぁ!?」

 キッチンに置かれている3合炊きの炊飯器。まるで新品のように綺麗に見えたが、まさか本当に『新品』だったとは。

「いや!使おうよ武藤くん!!せっかくあるんだからさ?」

「じゃあお前だったら使うのか?」

「俺の家に炊飯器はありません~」

「……なんでこんな奴に、俺は説教されなきゃいけないんだ……」

 ガクリと肩を落としてため息を吐くと、武藤はコンビニ弁当を手にレンジへと向かった。さすがに温かいものが食べたい。

 ついでに猫柳にホットコーヒーを入れてやって、レンジが動いている間だけ、と決めて武藤は本音を吐いた。

「俺に、弟が二人いるっていうのは話したな?」

「うん」

「つまり、俺はこの春まで家族5人で飯を食っていたわけだ」

「そうなるね」

「………。一人での食事は…静かだ。もちろん、実家で一人で飯を食うことはあったが…でも、それは毎日じゃない。いつも、賑やかだった」

「………うん」

「こんなに静かだと、どうしていいか分からなくてな」

 チン、とレンジの音がなったので、武藤はそこでソファから腰を上げた。温められた弁当を取り出して、ソファへ戻るとテレビをつけた。面倒そうにザッピングをして、結局ニュース番組に収まる。そうしてから、いただきます、と手を合わせて弁当の蓋を取った。

「うちは、飯を食う時もテレビ禁止では無かった」

「そうなんだ」

「大体、弟たちがチャンネル争いをして、よく分からないバラエティー番組に落ち着くんだがな」

 もそもそと白米を食べながら、武藤がぼんやりとそんなことを言う。そこで猫柳はようやく思い至った。

「もしかして、寂しい?」

「さぁ…チャンネル争いをしなくていい分、気楽なのは間違いないが…、そうだな、お前の言う通りなのかもしれないな」

 淡々とニュースを読み上げるアナウンサーの姿。バラエティー特有の笑いも何もない。今まではきっと、バラエティー番組を見ながら、家族でわいわい話しながらの食卓だったのだろうということは、猫柳にも簡単に想像できた。

「そっか……あ、武藤くんお茶淹れてないじゃん。緑茶でいい?入れてきたげる」

「ん?忘れてたな。ありがとう」

「いえいえ~」

 小さなキッチンの方へ赴き、マグカップに緑茶のティーバッグを入れて、電子ケトルに入れた水が沸くのを待ちながら、何気なく猫柳は言った。

「あのさぁ」

「ん?」

「お惣菜買ってさぁ。ご飯、二人分炊いてさぁ。……一緒に食べない?もちろん、毎日じゃなくていい。時々でいいからさ」

「………。」

 猫柳の言葉に、武藤が暫し考え込む。確かに猫柳は一人でもそこそこ騒がしいが、話し相手として困ることは無い。あの雨の日以降、猫柳がこの家に訪れる頻度は目に見えて増えている。今さら断ったところで訪問頻度が下がるわけでもないだろう。となると、デメリットはあまり見えてこない。

「どう?」

 そう訊ねながら、猫柳がお茶の入ったマグカップを武藤の前に置き、武藤の顔を覗き込むように見てくる。食べ切って空になった弁当に蓋をして、武藤がお茶を啜りながら、ほぅ、と吐息を零した。


「………たまになら、いいぞ」


 武藤に答えに、猫柳は目を輝かせて笑う。自分が隣にいることで、武藤の寂しさが和らぐのであれば。むしろ猫柳自身の寂しさも和らいで一石二鳥だ。

「じゃあさ、いつでも夕飯の準備ができるように、やっぱり合鍵を、」

「それは断る。」

 家主不在の間に散らかされては困るからな。そう言って武藤はやんわりとお断りした。


次回へ続く!!

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