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化ける猫と黒縁眼鏡  作者: 佐伯 みのる
<秋の章>
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文化祭②

 何だか疲れを感じた武藤は、癒しを求めて文芸サークルの部室に行った。さすが文化祭なだけあって、今日は誰一人いない。癒しといえば、そう、東雲朔夜の小説である。

 武藤は部室の棚から東雲朔夜の小説が載っている文芸誌をまとめて出してくると、彼の小説だけゆっくりと、そっと手で触れるように、静かに目を通した。どの話もざらりとした感触で楽しませてくる。普段はそれで満足するのだが、今日は少しだけ心持ちが違った。ふいに思い出す、猫柳の視線。猫被りの猫柳が、隠さずに真っすぐこちらにぶつけてきたもの。それの正体が気になって仕方なくて。

 ひととおり東雲朔夜の小説を読んだ後、この夏の文芸誌を取ってきて、武藤はくたびれたようにソファに寝そべると、ぽんずの小説のページを開いた。確かに感じたぽんずのざらり、これがきっと、猫柳の皮の下にずっとあったもの。そして、まだ自分が『理解しきっていない』もの。東雲朔夜の小説にしたってそうだ。感情が見え隠れしている感触を楽しんでいただけで、その中の本質に踏み入ったことはない。

 ぽんずの小説を改めて読む。読みながら思い出す。いけ好かない猫被り、ずぶ濡れでも楽しそうだったフィールドワーク。レポートに泣きつかれ……この小説も、すぐそこにあるパソコンで締め切りに追われながら書いていたっけ。それから、雨の日に雨に降られた捨て猫のような顔でやってきて……。

 ふと、武藤の中で思考が過ぎった。あの雨の日以降、猫柳は妙に自分に懐いていたような気がする。気がする……が、もしかしたら気のせいでは無かったのかもしれない。だとすれば…猫柳は。

「…………ああ、そうか」

 ふ、と武藤の表情が綻んだ。これはとても簡単な問いかけだったのだ。

 『武藤くん、気づいて』という、猫柳からの。


「あいつ………俺が好きなのか」


 普通なら、とんだ自意識過剰な考えだと思う。だが、武藤は猫柳に関してだけは、妙な自信があった。間違いない、と。


(まぁな……普通は言えないよなぁ…。言葉にして拒絶なんてされたら、猫…死ぬしかないもんなぁ……でも、)


 例えば本当にそんな時がきたとして。果たして自分はどうするのだろうか。そんな事を考えながら、ぽんずの小説を愛おしそうに撫でる。このざらつきは嫌いじゃないのだ。取り留めなくあれこれと考えていたが、疲れによる眠気には勝てず、そのまま寝入ってしまった。ぱさり、と手に持っていた文芸誌が床に落ちる。

 武藤が眠って5分ほどした頃、やってきたのは「つかれたぁ~」と大きく伸びをする猫柳であった。




 誰もいないと思ったから部室に来たというのに、先客がいるとは。しかもそれが武藤だとは。猫柳の思考が一瞬停止して、だがすぐに動き出す。テーブルに投げ出されている何冊もの文芸誌。これだけは武藤が持つ悪い癖だ。読みたいところだけ読んだら次の本へ。恐らくサークルの文芸誌だけなんだろうが、武藤はよくそうやって次から次へと読み耽っていた。

 そういえば、武藤がそうやって本を読んでいるのを見たことはあったが、何を読んでいるかを聞いたことが無かった。そこに思い至って、猫柳はうつ伏せにされていた文芸誌の一冊を手に取る。

「――――― 東雲…朔夜……」

 ぱら、とページを捲ると次の作家の小説が始まる。本当に東雲朔夜の小説だけを読んでいたのだろう。そうなると他の文芸誌も気になってしまう。開いてあるページを確認していくと、それらは全て『東雲朔夜』の小説だった。

 つまり、武藤はここでずっと、悪い癖を出しながらも読んでいたのは、ずっと。

「東雲朔夜……か」

 最後の一冊を閉じて、猫柳はソファに転がっている武藤へと目を向けた。

 全部、そうだった。全てが、東雲朔夜だった。

「そっか……武藤くんは東雲朔夜が好きなのかぁ……」

 少しだけ泣きそうに表情を歪ませたが、猫柳はすぐに武藤の傍に近づいて、武藤の顔を覗き込む。すうすうと小さく繰り返される寝息に、ふと心に小さく沸いたのは、嫉妬という感情。自分はこんなに好きなのに、といった、独りよがりの感情。

「……あーあ、まぁいいや。俺も寝よっと」

 それらを振り切るように頭を振ってから、猫柳はそう呟くと武藤が寝ているソファの奥側、せまっ苦しいスペースへと身を横たえさせた。そうして、武藤を抱き枕にするかのように腕を回す。武藤の体温が猫柳に移り、すぐに猫柳も眠りへと落ちていった。

 終ぞ、ソファの下に落ちていた、ぽんずの小説には気づかないまま。




「あー、終わった終わった~」

「明日もあるんだからなー。楽しむのもいいけど、本を捌くぞ!売り捌くぞー」

「そして次回の印刷代だね」

「まぁ、そういうこった」

 がやがやと部室に近づいてくる話し声で、武藤は眠りの淵から覚めた。どうやら今日の文化祭は終了したらしい。身体を起こそうとして、武藤は漸く身動き一つ取れないことに気づいた。

 腕が、足が、自分の身体に回されているのだ。完全に抱き枕だ。ふと視線を上げてその正体に脱力する。また駄猫が惰眠を貪っている。いや、寝ていたのは自分もなのだが。

 何とか抜け出そうともがいていると、猫柳も目を覚ましたようだった。

「ふぁ~……武藤くんおはよう、良く寝てたね?」

「疲れていたからな。離せ」

「あはは、俺も疲れてたから、つられて寝ちゃったよ~」

「お前のは『遊び疲れた』んだろうが。いいから離せ」

「え~、抱き枕にちょうど良かったのに…」

「身長か?それは身長のことか!?」

「そんな事言ってないよ~。この小柄な感じがピッタリでさぁ」

「殺したい。今すぐ誰かコイツの頭を撃ち抜いてほしい」

 わあわあと言い合ってるところで、部室のドアががちゃりと開く。そこに立っているのは柿原や環をはじめ、もちろん部員の面々であって。


「あー……我が部では、不純同性交遊は……」

「違います!!」

「ええ~、いいじゃないですか部長!これはこれで、次の冬コミのネタに…」

「環……そういえばお前、このサークルとは別にスペース取ってるよな…?」

「えへへへ」

「マジっすか!もっとネタ捧げましょうか!?ほら武藤くん、こっち向いて!!」

「いや、もう、ほんと……死んでくれ。頼むから」


 なんとか猫柳の拘束から逃れると、武藤は足元に落ちていた文芸誌を拾って、テーブルの上に置いたのだった。


次回へ続く!!

☆面白かったときは評価や感想、レビューなどお待ちしています☆

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