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化ける猫と黒縁眼鏡  作者: 佐伯 みのる
<春の章>
11/30

猫柳の”猫”について

 村長の厚意で、風呂と一晩の宿まで世話になることになった。夕飯時にも関わらず、「材料ならあるから」と二人分の食事の追加と布団、それから風呂に着替え。濡れた服は洗濯して乾燥機に入れてくれるらしいので、明日には乾いているだろうとのことだ。いずれ、菓子折りでも持って礼に来るべきだろう。

 夕飯を村長と奥さんと共に囲み、猫柳は村長に神社の件で知っていることがあればと訊ね、真剣な顔で話を聞こうとしている。村長は酒が入っているからか、赤ら顔で上機嫌に古い言い伝えなどを話していた。

 そんな中で、奥さんの方が武藤に声をかけた。

「おかわりは大丈夫かい?」

「ああ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

「アンタもあの子と同じで民俗学部ってところかい?」

「……いえ。法学部です」

「あれま!どうして一緒に?」

「拉致されてきました」

「ちょっ、武藤くん!!」

 慌てて猫柳が訂正しようとするも、それは村長の大笑いによって遮られる。

「はっはっは!!仲が良くていいじゃないか、ワシの学生の頃はなぁ~」

「あらお父さん、ちょっと飲み過ぎよ!さっきの客間にお布団敷いてあるから、もう行っちゃいなさい。こうなるとお父さん長いのよ」

「あらら、お酌しすぎちゃいましたか…すいません」

「いいのよ~、お父さんも若い子と話せて楽しかったと思うから」

「では、ごちそうさまでした。おやすみなさい」

「はいはい、お粗末さま。ちゃんと寝るのよ」

 食卓をそのままお暇して、二人は先に案内されていた客間へと転がり込んだ。敷かれた布団にぽすんと大の字になって猫柳が声を上げる。

「さすがにくたびれた~」

「俺は帰りの想定を全くしていなかったお前に心底驚いている」

「えっ」

「本当にここまで馬鹿猫だったとはな…。お前は野宿でも何でもすればいい。だが俺までそれに付き合わされる所だったんだ。死ぬほど反省しろ」

「うっ……それは、ごめん」

「まぁ、俺にとっては恵みの雨ではあったな。おかげで食事と風呂に寝床までありつけた」

「だろ!?これって俺のコミュ力じゃんね!?」

「うるさい。これが無かったら俺は今頃家でのんびり読書でもしていたんだ。本当に反省しろ」

「……うん。ごめんなさい」

「よし」

「えっ?許すの!?」

「だって謝っただろう。お前の気が済まないなら、帰った時にもう一度飯を奢れ」

「うん……分かった」

 ころんとうつ伏せに寝返りを打って、猫柳は枕に顔をうずめた。線香のような匂いがする。祖父母の家もこんな匂いがしていたのを思い出し、少し懐かしく感じる。ついでに布団の中にも潜り込んで、猫柳はこの不思議な気分を紐解こうと考えてみた。




 ねこやなぎ、という苗字は嫌いではないが、5文字の名前は非常に呼びにくい。特に子供の頃はそれが顕著だ。大体あだ名をつけたがる。自分の場合はまさしく『猫』だった。呼びやすかったのだろう。ただそれだけのことだ。

 しかしどこかで不快感を感じていたのも事実。今では自分から”猫”と呼んでくれと言っているのは、その方がラクだからであって、イコール『その呼び名が好き』にはならない。

 小学校高学年ぐらいの頃だろうか。友達の声で「あ、猫だ!」という声がしたので思わず振り返ってしまったのだが、それは自分を呼んだのではなく。ブロック塀の上に寝そべっている、”動物の猫”を指していたのだ。

 その時に気づいてしまった。周りが自分を“猫”と呼ぶのは、動物の“猫”を呼ぶのと、何ら変わらない。気づいたときは幼な心に傷ついたが、猫柳はそれを顔には出さなかった。笑うのは得意だ。怒るのは苦手だ。だって、笑っている方が周りの空気を壊さない。その頃から猫柳には処世術として『猫被り』が身についていたのだ。

 ただ、人間というものは性格が千差万別で、『ただ笑えばいい』だけでは上手くいかないことを知ったのは中学生になった時だ。周りに合わせて、被る皮を変えるようになった。相手の性格に合わせて、より適切なものを。そうしている内に『本当の自分はどんな人間だったのか』が分からなくなってしまった。

 けれど、今回。武藤に呼ばれた”猫”は何かが違った。とはいえ、思い返せば「駄猫」だの「馬鹿猫」だの散々な呼ばれ方だったと思う。むしろ悪口じゃないのかと思うほどだ。だけど何故だか嫌だとは思わなかった。それが不思議で仕方なかった。

 みんなの『猫』と、武藤の『猫』。何が違うのだろうか。そんなことを考えているうちに、猫柳はうとうとと睡魔に呼ばれていく。すとんと意識が落ちる直前、「寝るならちゃんと布団を被れ。本当に駄目猫だな」と、猫柳の掛け布団を直しながら言う武藤の柔らかな声を聞いて、ああそうか、となんとなく理解できたような気がした。





 翌朝、朝食までお世話になって、猫柳と武藤は二人、深々と頭を下げていた。村長は畑仕事に行ってしまったらしく、奥さんの方に何度も礼を述べて、二人は村長宅を後にした。バス停まで送ろうか?という言葉には、ありがたく思いつつも遠慮する。少し武藤と二人で歩いてみたいと思ったからだ。


「ほら行くぞ、猫」


 やっぱり仲良しねぇ、と朗らかに笑う村長夫人に、武藤がこっちを見ていないのを確認してから、猫柳は小さく頷いてみせたのだった。


次回へ続く!!

☆面白かったときは評価や感想、レビューなどお待ちしています☆

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