もしも、 ヨウコと『夏のなごり』の涼子が知り合いだったら・・・(後編)
「私、父親に乱暴されたんです」
「え?」
ユキノの表情が変わった。
「それって……」
「ちょっと待って、お父さんに乱暴されたの?」
ユキノが聞く前にママが口を開いた。
「そうですよ。この前、ヨウコさんと三人で飲んだ時に、そう言ったじゃないですか」
「そういうことだったの。私、知らない人から乱暴されたのかと思ってたのよ」
「あ、もしかしたら、はっきりそう言わなかったかも」
「ああ、そうかもね。私には『父親に乱暴された』って言ったけど、ママがいる時は、『乱暴されたことがあって』としか言わなかったような気がする」
「……ショックだわ。恵子の、この子の母親の元旦那がそんなこと、するなんて」
「それも、ずっと強要されてたみたいよ。って言っていいよね。言っちゃったけど」
「はい、大丈夫です。ヨウコさん」
「ずっと?」
ユキノがヨウコを見た。
「言うこときかないなら、涼子ちゃんの妹に手を出すって言われたみたい」
「え、最低。そんな酷い父親なの?」
「……まぁ、そういうことになりますね」
涼子は淡々とした口調でそう言った。
ママはそれを聞くと涼子を抱きしめた。
「涼子ちゃん、辛かったね。ごめんね。助けてあげられなくて」
ママの目からは涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「ママ、ありがとう。でも、もういいんです」
と、ユキノが急に声を上げた。
「よくない!そのクソ親父、ここに連れてらっしゃい。私が説教してあげる!」
「もう死にました」
「え?」
「先月、入院先の病院で。末期の癌だったんです」
「あ、それは、一応、御愁傷様というべきなのかな?」
「いえ、あんなロクでもない父親、死んでせいせいしてます」
「亡くなったこと、恵子は知ってるの?」
ママが口を挟んだ。
「知らないわ。言う必要もないしね」
「そうね。でも、亡くなったことだけは私から恵子に知らせていい?」
「ママの好きにして。でも、私が乱暴されてたことは言わないでね」
「わかってる。そんなこと恵子に言ったら、半狂乱になってすっ飛んで帰ってくるわ」
「そうかな? もう私のことなんて忘れてるんじゃないかな。ずっと連絡くれないし」
「あ、これは、言わない約束だったけど、恵子からは『もし、涼子や柊子に何かあったら、助けてね』って言われてたの。恵子、ほんとはずっとあなたたちのこと、心配してたのよ。でも、別れる時に子供とは会わないって約束で離婚が成立してるから会いに行けないんだって泣きながら言ってた。それなのに、私、涼子ちゃんのこと、守れなかった」
ママはまた大粒の涙をこぼした。
「ママのせいじゃない。……そうだったんだ。私、ずっとお母さんは私に会いたくないんだって思ってた。そうじゃなかったんだ。……そうか。そうなんだ……」
「そうよ。ねえ、もう恵子に言っていいでしょ? お父さんが亡くなったんなら、いつだって会っていいわけよね? そうでしょ。ユキノさん」
「そうね。少なくとも、もう会えない理由はなくなったと思う」
「え、私、お母さんに会っていいの? いや、でも……」
「すぐに答えを出さなくていいんじゃない」
「え?」
「今はいろんな感情が渦巻いてるから、少し落ち着いて考えてから決めればいいわよ」
「……そっか。……そうだよね」
ユキノの言葉に涼子はゆっくり頷いた。
「それより……、私は彼氏のこと、聞きたかったんだけどな」
「え? あ、そっか。私、浩太のこと、しゃべろうと思って、この話始めたんだった」
と、ヨウコがユキノの腕をつついた。
「ユキノ、今日はもうやめときましょ。涼子ちゃん、今はお母さんのことで頭がいっぱいだと思うから」
「そうね。じゃ、ヨウコ、後でゆっくり教えて。言える範囲でいいから」
「うん、わかった。涼子ちゃん、それでいいよね?」
涼子は少し考えて、こう答えた。
「……いえ、大丈夫です。ユキノさんに聞いてもらいたいです。さっき、私のために怒ってくれたの、すごく嬉しかったから」
「そう、いいのね。じゃ、教えて」
涼子はヨウコに話したように浩太との間にあったことを話した。
「そう……。それで出てきちゃったの」
「はい」
「後悔してるって顔してるわね」
「はい。やっぱりそう見えますよね」
「違うの?」
「違わないです。違わないけど、……なんかほっとしてる気持ちもあって」
「どういうこと?」
「多分、あのまま浩太と居たら、いつか浩太も自分も責めてしまう気がしたんです。だから離れた今は、少しだけほっとしてる」
「……そう。私なら彼の元にいるけどな。まぁ、背負っているものがあるから、すぐには切り替えられないか。そうね、しばらく自分とゆっくり話してみた方がいいと思う」
と、ママが、
「そうよ。その間、ずっとここにいてくれたらいいからね。私たち夫婦には子どもいないし、涼子ちゃんのこと、実の娘だと思ってるんだから」
「ありがとう、ママ」
「いっそ、本当のママになりたい」
「そうそう、本当になっちゃいなさいよ。そもそもママって言われてるんだから」
ヨウコがそう言うと、涼子は泣き笑いの顔になった。
「皆さん、ありがとうございます」
「ありがとうはこっちのセリフよね。涼子ちゃんがここに居てくれたらまた女子会できるもん」
「ヨウコ、単にあんたが飲みたいだけでしょ」
「バレたか〜」
「もう、いい加減にしなさいよ。すぐそうやって茶化すんだから」
「いいじゃない。さっきからじめ〜っとした空気が漂ってて耐えられなかったのよ〜」
「ヨウコさん、ありがとね。あ、そうだ、ちょっと待ってて」
ママはそう言うと、厨房に入って、ワゴントレイを押しながら戻ってきた。
「これ、ワインの後のしめのリゾット風茶漬け。マスターが用意してくれたの」
「わ、美味しそう。ちょうど小腹が空いてきたところだったのよ。さすがマスター」
ヨウコが目を輝かせた。
「これ、アサリが入っていてね、コンソメ、チーズ、白ワインなんかで作った出汁のスープをかけて食べるの」
そう言うとママは、お椀にご飯をつぎ、アサリをのせて、その上からコンソメスープをかけた。
四人はマスターが用意した洋風のお茶漬けを食べ始めた。
「ああ、美味しい。なんか心がほっとする味」
「うん、美味しい」
涼子の言葉にユキノも頷いた。
ヨウコもママも頷きながらお茶漬けを口にした。
「ママ、マスターと結婚してよかったね」
「あら、ヨウコさん、そんなの当たり前じゃない。私が選んだ人ですよ。間違いありません」
「わー、めっちゃ惚気られた〜。ユキノ、私もそんな人が欲しい〜」
「私には崇がいるから」
「わ、こっちも惚気てる。涼子ちゃん、二人で傷を舐め合って生きていきましょうね」
「私には浩太がいますから」
「え〜、私だけ一人? 寂しい〜」
真夜中のオアシスに女子会の笑い声が響いた。




